第7話 売り場からラブコメの香りがしたから
その日の勤務時間。高月さんが休憩に入っている間、売り場は僕と野々市さんのふたりだけに。一応、カウンターは僕で補充は野々市さん、という配置にしていたのだけど……、
「……さ、さっくん先輩、あれ、どういうことなんですかっ」
文庫本の補充の途中の野々市さんは、小脇に本の山を抱えながら頬に風船を溜めて僕のもとに詰め寄って来た。
「ど、どういうことって言われても……じ、事故としか言いようが」
「じ、事故って言ったって……。さっくん先輩は、本当にもう春江さんのこと何とも思ってないんですよねっ?」
「な、何とも思ってないよ。た、ただの幼馴染……以下だよ」
「高月さんの絵だと、妙にさっくん先輩デレデレしているように見えたのは」
「ちょっと待て写真とイラストを混同しないでそれは絶対に高月さんの誇張表現だ絶対に」
だってあの人はエロ同人作家なんだから、表情の節々がそれっぽくなるのは当然の帰結なわけで、
「ほんとのほんとですか? 嘘ついてたりしませんよね?」
「なっ、なんで僕が野々市さんに嘘をつく必要が……」
ただ、そこまで言うと、瞬間、僕の脳裏に先日の出来事がフラッシュバックする。主に、陽葵の柔らかい身体の感触と、チラリと覗いた肌色が。
陽葵の肌色なんて、一緒にお風呂に入っていた小学校の低学年以来だったし、そのときなんてまだ男女の違いなんて意識するわけもないし。
じゃあ、この間はどうだったのかと言われてしまえば、
「っっっっ……」
二十歳になった陽葵は、より女性らしくなっていました、としか脳内ではコメントできないわけで。
「……さっくん先輩の嘘つき。意識してるんじゃないですか」
言葉に詰まって悶える僕に、冷ややかな目を差し向ける野々市さんは、手早く抱えていた文庫本にハンドラベラーで110円のラベルを貼りなおしては、カウンターに立つ僕の真横にくっつくようにしてごそごそと備品を漁る。おかげで僕の腰付近に野々市さんの手がさわさわと動いでどこかこそばゆい。
「の、野々市さん?」
「気にしないでください、ただラベルの交換をしているだけですから」
「そっ、それはわかるんだけど、ち、近くないかな?」
「別に。さっくん先輩が女性慣れしてないせいだと思いますよ。これくらい普通です普通」
ふ、普通のバイトの先輩後輩は備品を取るためだけに身体と身体が触れ合う距離まで詰めないと思うんです僕。
「……だって、春江さんばっかりずるいじゃないですか」
「え? 野々市さん、何か言った?」
「聞こえてないならいいです」
「え、ええ……?」
ラベルの交換が終わると、野々市さんはカシャカシャと空打ちをして、ラベルの見栄えが良くなるように整える。
「あ、そういえばこの間約束したパンケーキの件ですけど、来週の土曜日なんてどうですか? 私もさっくん先輩もシフト入っていないですし」
ようやく常識的なソーシャルディスタンスを取ってくれた野々市さんは、そう尋ねながらニコリと口の端を緩める。
「ぼ、僕は構わないけど」
「了解です。でしたら、一日まるっと付き合ってくださいっ。色々行きたいところできたので」
ふんわりとラベラーを持つ手とは反対の手で僕に敬礼を向けた彼女は、嬉しそうに鼻歌を紡ぎながら売り場へと出ていく。
すると、ふと僕は後ろからジーっと誰かに見られているような気がした。恐る恐る、バッグヤードを振り返ってみると、
「じーーー」
やはりというかなんというか、キラキラした瞳で僕らを観察している高月さんが。
「うんうん、なかなか素直になれないのっちといい感じに鈍いこまつん、いい組み合わせだと思うよ。それに幼馴染の春江さんも加わったら……、はぅ、駄目だよ、そんな三角関係見せられたら、高月興奮しちゃうよっ」
「……何言っているんですか、高月さん」
「いやー、売り場からラブコメの香りがしてきたからー、つい見入っちゃったよー。あ、またなんか絵のインスピレーション湧いたから今の様子イラストにしていい? こまつん」
「駄目です」
「えー、いいじゃんこまつんー。高月の滾る右手を押さえつけないでおくれよー」
ちなみに後日。予想はしていたけどこの僕らの様子をまたまた高月さんは(誇張も込みで)イラストにして、あろうことか陽葵に見せた。陽葵のリアクションはというと、
「……そ、そっか。野々市さんと、仲良いんだね、朔くん」
ほんの少しだけ、悲しそうに目を伏せていた。
ますます、陽葵に対する感情は迷路に迷い込んでいった。そんな気がした。
***
ここまでお読みいただきありがとうございます。これからも朔たちのラブコメを頑張って描いていきます。もしよければ、☆評価だったり、作品フォローしていただけると僕が泣いて喜びます。
これからもよろしくお願いします。
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