第12話 逆身バレの危機

「コミックの補充は、作者名順になるように棚に入れてね。もし、原作と作画とかでふたり以上いるときは、作画の人の名前で決めちゃっていいから」


 最近教えてもらい始めた補充のやりかたを、朔くんに教わる。

 朔くんの仕事の教えかたは、実際の業務を進める順番で教えてくれるから、凄くわかりやすかった。……高月さんから聞いたけど、野々市さんのトレーニングも朔くんが担当したみたいで、それで慣れているのかなあ……。


「もし、棚がいっぱいで入りきらないってなったら、ワン〇ースしか入っていない棚を想像してみて。棚に一冊も入っていないのが一番良くなくて、じゃあ、一巻だけ百冊並んでいたらそれでいいかって言われたら違うよね? 抜け巻がないに越したことはない、で、さらに焼けとか汚れがある本より、綺麗な状態の本があるほうがお客さんは嬉しい、っていうふうな考えかたで、どれをストッカーに入れたり値下げしたりするか決めるといいよ」


「な、なるほど」

「これが、マニュアルに書いてあった補充の原則を平たく説明したものだから」


 朔くんの話すことを、メモに走り書きしていく。私が書き終えたのを確認すると、


「それじゃ、早速カウンター横にあるカートから、コミックだけでいいから、補充してこっか。あ、陽葵が補充したってわかるように、横向きに入れていって。あとで僕確認してくから」


 次の指示だけして、朔くんは小脇に抱えていた映像ソフトの補充に向かっていった。


 ……やっぱり、どこか距離置かれてる……気がするなあ。

 呼びかたや口調は昔と変わらないけど、一線引かれている、そんな空気を感じてしまう。


「仕方、ないんだろうけど、さ」


 朔くんの指示通り、私はカウンター横のカートから、加工したばかりのコミックの補充物を両手に持つ。すると、


「ねえねえはるえっち、ひとつ聞いてもいい?」


 ニコニコ顔で加工の作業をしていた高月さんに話しかけられた。


「は、はい。なんでしょう……?」

「高月、はるえっちの声どこかで聞いたことあると思うんだけどさ、どこかで会ったことあったっけ?」


 その瞬間、私の体に雷が打たれたように電流が走り抜ける。錆びたブリキみたいに、首だけをひねって高月さんを振り返る。


「こ、声ですか……?」


 え、嘘。声ってことは、私が配信活動しているのもしかして知ってる……? で、でもまだバイト先の人には誰にも言ってないし、身バレするルートなんてどこにも……。


「んー、ちょっと前にとある配信者さんから、ASMR配信に使うサムネイルのイラストの依頼受けて、かきおろしたことあるんだけど、そのとき打ち合わせで通話したときの声と、はるえっちの声が似てるなあって思って」


 そっ、そんなところから身バレ? あれ、っていうか、身バレって配信者とかの中の人がバレることであって、中の人が配信者であるっていうバレかたは身バレって言うのかな? ぎゃ、逆身バレ?


「はるえっち、遥ひなってASMR系の動画投稿者さん知ってる?」


 って、そんなどうでもいいこと考えている場合じゃないよ! 嘘、あのときのイラスト受注してくれた作家さんって、高月さんだったの? そんな偶然って……! まずいまずい、高月さん、私のチャンネルを把握してる。このままじゃ、気づかれるのも時間の問題、何か、何か考えなきゃ……!


 必死にこの場を誤魔化す方便を考えるのも束の間、次に高月さんが言い放った言葉に、私の思考回路の全てが焼き払われた。


「こまつんがめちゃくちゃ推してる配信者さんなんだけどさー? もー、あの普段から死んだ目をしているこまつんが活き活きとして話す数少ないことが、その遥ひなさんか、サッカーなんだけど」


 ……え? さ、朔くんが、私を、推している……?

 ゆっくりと、私は視線を売り場で仕事を続けている男の子に移す。


「配信のたびにスパチャも投げてるって話らしいよ? 多くないバイト代はたいてって。なんでも、声聞いていると癒されるし、話しかたの雰囲気とか優しくて好きって」


 配信のたびに……スパチャ……。

 頭に浮かぶのは「さっくー」という名前のアカウント名。さっくーさんは、配信始めたての高校生のときから追っかけてくれているリスナーさんのひとり。


「……えっ、いやっ」


 いけない。思わず、何かがこみあげてきそうになる。色々な感情が、胸のうちから溢れてきて、意味のない言葉だけが、表に飛び出す。


「……しっ、知らない……ですっ。そ、そんな人」


 高月さんには、そう言って否定するのでやっとだった。



「……陽葵、どうしたの? 顔、トマトみたいに赤くなってるけど。具合でも悪いの?」

「そそそっ、そういうわけじゃっ、ないよ?」


 売り場に戻ってからも、溢れる気持ちは留まることを知らなかった。嬉しさと、恥ずかしさと、そして、朔くんを騙している申し訳なさとが混ざり合って、朔くんの顔を、この日は直視することができなかった。

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