第13話 精一杯のごまかし
〇
「なーんか雨降ってきたみたいだねー」
営業時間が終わり、カウンター内で三人揃って閉店作業をしていると、窓先から雨粒が地面を叩き続ける様子が目に見えており、高月さんがため息をつきながら僕らに呟いた。
「……ところで、高月さん。僕がいないところで陽葵に何か吹き込みました?」
飄々とした様子でレジ閉めをしている高月さんに向かって、僕はディスクのキズを取る研磨機の掃除をしながらひとつ尋ねる。
だって、途中から陽葵の様子が明らかにおかしかった。顔は風邪でも引いたのかってくらい真っ赤だし、どうかしたのって聞いてもしどろもどろだし。
……また、僕が変なことでも言ったのか心配になるレベルで、おかしい。
いや、修学旅行の前科があるから、僕の知らないうちに陽葵を傷つけていたと言われたら自信持って否定はできないけど。
「んー? 特に何かを吹き込んだわけじゃないけどー? ただ、こまつんの推しの配信者さんの話をしただけだよ?」
「推しって、遥さん?」
「そうそう」
「なんでまた急に」
すると、ひとりせっせと今日出たゴミをまとめたりソフトの中身抜きの塩《エン
「いやー、なんていうか、はるえっちの声と──」
「ささささっ、朔くんっ、こっ、この水色の塩ビ札はどこにしまえばいいですか?」
かと思えば、高月さんの話を遮って、閉店作業のわからないことを僕に聞いてくる。
「水色のやつはね、今はもう使っていないから、
「あっ、出たなー、こまつんのプチ方言。もっと北海道弁出してくれていいのにー」
「……意図的には出さないですよ。あまりいいものでもないですし」
陽葵の質問も解決し、研磨機の掃除が終わり僕もレジ閉めを手伝おうとすると、
「それで、話戻すんだけどねー?」
「はうっ!」
後ろでゴミを運んでいた陽葵が盛大にずっこけてしまった。さらに運の悪いことに、袋の口の縛りが甘かったみたいで、ゴミが床に散乱してしまう始末。
「おろろ、はるえっち今日はやけにドジっ子アピールするね。大丈夫?」
「……すっ、すみません、すみませんっ……」
散らかったゴミを涙目で拾い集める陽葵を、見かねた高月さんが手伝いに入る。
「高月、はるえっち手伝うから、こまつん後のレジ閉めよろしくー」
「はっ、はい」
その後、陽葵と高月さんはバックヤードに下がって閉店作業の続きを行い、僕は僕でひとり売り場に残ってレジのお金を袋に回収していた。
全ての閉店作業が終わる頃になると、雨脚はついさっきよりも強くなっていて、
「こんなに降るなんて聞いてないよー」
お店の出入り口で高月さんが恨めしそうに夜の雨空を見上げた。
僕も今日は傘を持ってきていないし、こりゃお店に置いてある誰の忘れ物かわからないビニール傘を拝借していくしかないかな、と内心考えていると、
「それで、さっきの話の続きなんだけどねこまつん。はるえっちの声と、は──」
空気を読んでか読まないでか、高月さんは売り場で折れた話の腰を持ち直そうとした。その途端、
「わわ、わっ、私っ、ちょっと急いで家帰らないといけないので、先帰りますっ。お疲れ様でしたっ」
「え? は、はるえっち? 傘は?」
高月さんの問いに答えもせず、陽葵は僕らにペコリと頭をひとつ下げてから、逃げるように中野駅の方角へと走り去ってしまった。
「か、風邪引いちゃうよー? …………。行っちゃった。んー、はるえっちいじり過ぎちゃったかなあ、悪いことしたかなあ……高月」
「……何したんですか、一体」
雨のなかに消えていった陽葵の後ろ姿を見送りつつ、僕と高月さんはスタッフルームに保管している忘れ物の傘をそれぞれ拝借して、駅への道を歩き出す。
「漫画見せて感想教えてって」
「ほんとにやったんですか」
「だってー、のっちは漫画興味ない子だし、同性でどうしても感想聞きたかったから」
「……別に高月さんの活動を否定する気はないですけど、嫌な人は嫌って思うものなんで、無理やり読ませたりするのは良くないと思いますよ」
「……んー、はるえっちが今日ドジっ子になったの、それが原因じゃないと思うんだけどなあ、高月」
予報外れの雨は数日に渡って降り続けた。僕はシフトが入っていない日が続いたから、家に引きこもっていたのだけど、楽しみにしていた遥さんの生配信は、体調が良くないということで、急遽中止になっていた。
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