第14話 仕事を取るか? 約束を取るか?

 さて、遥さんの配信がストップしてしまって迎えた野々市さんとの約束前日。


のっち:明日は十時にJR原宿駅待ち合わせでお願いしますm(__)m

こまつ:おっけーです


 そんなやりとりを交わして、僕はごろり右手にスマホを持ってベッドに寝転がる。


「……今日も体調不良でおやすみか、結構拗らせてるのかなあ……」


 遥さんのSNSのアカウントを見ると、彼女を模したイラストのキャラクターが深々と頭を下げるイラストとともに「今日の定期配信もおやすみさせていただきます、申し訳ありません」と、いつも通りの丁寧な文面な呟きが画面に踊る。


「何も聴かずに寝ると耳寂しいんだよなあ……。仕方ない、何か適当にアーカイブでも聴いて寝るか」


 時刻は二三時。大学生が寝るにしては少し早いかもしれないけど、明日は野々市さんと約束があるし、寝坊は禁物だ。早めに寝るに越したことはないだろう、ということで、部屋の照明も落とし、イヤホンを両耳に突っ込んで遥さんの配信アーカイブを睡眠誘導剤にうとうとしだす。


 優しく包み込むように柔らかな彼女の声は、聴いている僕をあっという間に眠気の渦に巻き込んでいって、気がつけば外れたイヤホンの隙間から朝の鳥のさえずりが耳に入ってきていた。


 目覚めたのは午前七時過ぎ。およそ一般的な長期休み中の大学生が起きる時間とは思えないほど健康的な時間に起床している。いや、普通なら朝七時は徹夜でゲームしたりサッカー見たりしてから就寝する時間だろうから。


「んん……朝ごはん食べるかあ……」


 ベッドの上で軽く伸びをして、まだ半分寝ている目をこすりながらキッチンに向かって菓子パンをつかみ取りに行こうとすると、枕元に置いていた僕のスマホがライン通話の着信を知らせた。


「……こんな早朝に? 誰だろ、野々市さんか……?」


 予定に変更でもかかったのだろうか、なんて予想を立てながら着信画面を見ると、そもそも野々市さんからの電話ではなかった。


「……陽葵? 急に、どうしたんだ?」


 いつぶりかわからないくらい、久しぶりにかかってきた陽葵からの電話に僕は生唾をごくりと飲み込んだ。


「もしもし、小松だけど。どうかした?」

 数コール着信音が鳴り響いたのち、僕が通話に出ると、


「……けほっ、けほっ……。ご、ごめんね朔くん朝早くから」

 明らかに咳込んで具合悪そうにしている陽葵が、そう言葉を漏らした。


「風邪? ずいぶんしんどそうにしているけど」

「……う、うん。この間、雨降っているのに傘差さないで帰ったのがいけなかったみたいで……ここ数日ずっと」


「さいですか」

「……それで、実は、今日シフトのはずだったんだけど……どこに電話すればいいかわからなくて、とりあえず連絡先わかっている朔くんに、電話したんだよね……」


「え? 金沢さんに社員ピッチの電話番号教えてもらってないの?」

 なるほど、僕に電話をかけてきた用件は理解した。連絡は早いほうがいいだろうし、早朝にかけてくる事情もわかる。


「……う、うん」

「おっけー、わかった。お店には僕のほうから連絡しておくから、ゆっくり休みな」

「あ、ありがとう……。……ひとりで、心細かったから、助かるよ」


 か細い、か弱い声で呟く陽葵。そんな大人しい声音に、中学生の頃がフラッシュバックするも、僕は慌ててそれを打ち消す。


「全然。気にしなくていいよ。それじゃあ、お大事に」

 ただ、問題はここからだった。陽葵との電話を切って、次に僕がかけたのは店長・金沢さんの携帯電話。


「あ、お疲れ様です、朝早くからすみません、小松です」

「おーサク。ちょうどいいところに」

「え? どうかしたんですか?」


「いやー、今日の夜のシフト、高月と田村と春江の予定だったんだけど、高月がなんでも親御さんが救急車で運ばれたとかなんとかで、付き添わないといけないみたいで。さすがに田村に春江の面倒見させて店守らせるのは危ういし、サク、今日出勤できたりするか?」


 ……まじか、まじなんですか、その展開。


「あー、えーっとですね……実は、春江さんも風邪で今日休みたいみたいで」

 うわあ……、これ、断れるのか? 断れるのかなあ……。


「ちなみに、僕が断るとどうなりますか?」

「……田村に潰れてもらうことになる。俺も今日はどうしても閉店まではいれなくて」


 ワンオペなんてよほどじゃないとさせない。誰かが穴を埋めないといけないのだけど。

 こ、これは……断れないよおお……。

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