第15話 社畜からバ畜へのお礼
「……ち、ちなみに。入るとしたら何時になりますか」
「いいことを聞いてくれたなサク。今日高月はBCで入る予定だった。なので高月の欠勤によって朝・中番にもデカい影響が出ている」
BCってことは……つまり十二時から閉店まで。
あ、余裕で野々市さんの約束アウトなパターンだ。
「ほんとは十二時から来てくれたらありがたいことこの上ないけど、
うああああ、ブラックな労働環境で僕の同情を誘わないでくださいよおお金沢さあああああああん!
「……び、BCでもいいですよ」
バ畜の僕は、社畜の金沢さんに、震える声でそう伝えた。無理、こんなこと言われて一七時(D)から出ますなんて言えない。
「神。サクになら抱かれてもいい」
「いや、えっと……そういうのは……ちょっと困るっていうか」
「ああ、そっか。サクには春江がいるもんな、悪い悪い」
なんか要らぬ方向に会話が進んだ気がするけど、ちょうどよく陽葵の名前が出た。
「あっ、あの。ついでにもういっこ連絡しないといけないことがあって。春江さんなんですけど、風邪拗らせたみたいで、今日は休みたいって」
なので、僕も本題の内容を簡潔に金沢さんに話す。
「……あ。俺もしかして、社員ピッチの電話番号春江に教えてなかった?」
「みたいですね」
「悪い悪い。今度春江出てきたときに教えるわ。……にしても、欠勤の連絡もサクにするあたり、よほど仲良いんだな、お前ら」
「……な、仲が良いっていうか」
気兼ねなく連絡できる相手が僕しかいなかっただけなんじゃないでしょうか。
「あー、そうそう。じゃあ突発受けてくれたお礼にサクにひとついいこと教えるよ。住所まるまる言うのはコンプラ的にやばいからしないけど、春江の家、サクの近所だから。暇ならお見舞いでも行ってあげるといいと思うぜ。幼馴染さん」
「……余計なお世話ありがとうございます」
「それじゃあ、申し訳ないけど今日は頼むわ。ほんとありがとう。助かった」
そうして金沢さんとの通話は終わった。
陽葵の家、僕の家の近所なのか。っていうことは、今こうして僕がいるすぐ近くのどこかの家で、陽葵は風邪にうなされているっていうわけで。
「いやいや、今は陽葵の心配よりも、野々市さんだ」
しかし僕はすぐに頭の思考回路を切り替えて、野々市さんに電話を掛ける。謝罪は早いうちのほうがいい。っていうか、謝って済むのだろうか……。
「もしもし、野々市です、さっくん先輩、どうかしましたか?」
野々市さんも既に起きて支度をしていたのか、すぐに電話に応答してくれた。
「……悪いニュースがあるんだけど、どっちを先に聞きたい?」
「それ、先も何もないじゃないですか。……どうかしたんですか?」
「端的に言うと、高月さんの親御さんが救急車で運ばれたみたいで、高月さんがバイトを休んだから、その穴埋めを僕がすることになりましたっていう報告でした」
「……え」
当然、電話口の野々市さんは固まってしまう。そりゃそうだろう、当日朝のドタキャンなんて、驚かないほうがどうかしている。
「ほ、本当に申し訳ないと思っているんだけど、金沢さんに頼まれたら断れなくて……!」
「じゃ、じゃあ、今日のパンケーキは……」
「い、行けないです」
「……あー、はい。えーっと……そ、そうなんですね。あはは、し、シフトに穴開いちゃったなら仕方ないですね。むしろありがとうございます、突発受けてくださって、もしさっくん先輩断ってたら、次私に電話かかってたでしょうし」
ああ……大人の反応が今は心に染みる。「仕事とパンケーキどっちが大事なんですか」とか言われたらもう心が押しつぶされるところだったよ……。
「そういうことなら、気にしないでください。パンケーキは、私ひとりで食べに行くんで」
「ほんと、申し訳ないです……」
「いえいえ、謝らないでください。それじゃあ、お仕事、頑張ってくださいね、では」
「……うん、ありがとう」
これは今度、何か埋め合わせが必要かもなあ……。
「……とりあえず」
バイトの準備しなきゃ……。ロングで働くことになったからお昼ご飯どうするかも考えないといけなくなったし……。
とぼとぼとした足取りで、僕は部屋干ししていたバイト先の制服のポロシャツをひったくって、トートバックのなかに放り込んだ。
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