第16話 人生の先輩兼バイトの後輩からのアドバイス
「いや、まじでありがとうサク。助かった」
出勤するなり、スタッフルームで僕は金沢さんにきちっと頭を下げられお礼を言われる。
「田村に春江の面倒見させるのも不安だったけど、春江すらいないってなると単純にマンパワーが足りないから夜番が崩壊するところだった。神、救世主、サク様」
言葉遣いは少々軽いところはあるけど、仁義はきっちり通す人だから、なかなか憎めない人なんだ、金沢さんは。まあ、このブラックな労働環境を憂いてこっそり転職活動始めかけているのも僕は知っているけど。
「何か用事とかなかったのか? 当日の朝の連絡だったけど」
スタッフルームで制服に着替える僕に、心配そうに金沢さんは尋ねてくる。男しかいない時間帯とかなら、更衣室の外で着替えてしまうこともちょくちょく。
「あー、えーっと、野々市さんと、ちょっと」
「……リア充は爆発すればいいと思うんだけどさ俺。どう思う? サク」
が、その話の流れで野々市さんの名前を出した瞬間、敬いすらされていた金沢さんの僕への扱いが急に冷たくなる。
「シフト休みの日に女とデートする奴だとは思わなかったよサク。お前春江っていう幼馴染もいるくせに、あーあいいよな大学生は、デートとかし放題で、俺なんか残業まみれで出会いなんかどこにも落ちてないし、拾うのはパチンコ台の下に落ちている玉だけだしよ、もうなんなんだろうな、俺の人生」
「ちっ、ちっ、違いますよ金沢さん、僕と野々市さんはそういう関係じゃないです。それに、陽葵とだって、別にどうこうあるわけじゃ」
「……だと思うと逆に可哀そうだなサク」
「真顔でそれ言われるといくら僕でも多少傷つきますよ」
「じゃあ俺と傷の舐めあいっこするか?」
なんだその一定方向に需要がありそうな絵面は。僕は絶対にしないけど。
「……さ、馬鹿話してないで仕事しませんか?」
「それもそうだな」
と、適当すぎる昼礼が終わると、僕はすぐ売り場に出る。休日となると、日中から売り場は賑わうから、これがなかなかに忙しい。買取も山のように来るし、レジだってひっきりなしにやって来る。
そんなふうに働き続けていると、気がつくといつもの出勤時間になるわけだ。
「……あ、サクくん、ありがとうね、今日休みなのに来てくれて」
例によって覇気の全くない田村さんが、青白い顔色のまま売り場に現れては僕にそう挨拶してきた。
「……どうしたんですか、顔色真っ青じゃないですか」
「いや、高月さんの話聞いて、もしかしたら春江さんのトレーニング一日だけでも俺が担当するかもしれないって思うと、すごく緊張して。……ほら、春江さんって可愛い系の女の子でしょ? 俺の直近の元カノも、顔の雰囲気としては近いものがあるから、つい……」
どれだけその元カノさんには悩まされたんだ、田村さんは。顔の雰囲気が似ているだけの陽葵でそうなるなんて。もし本人と再会なんてしようものなら、卒倒してしまうんじゃないだろうか。
「……でも、春江さんは具合悪いんだって? 心配だね。サクくん、幼馴染で仲良いなら、家知ってたりするのかな。お見舞いとか、行ってあげたら喜ぶと思うよ?」
ああ、ただこういうナチュラルに異性を気遣える田村さんだからこそ、彼女ができるところまではいっているのかもしれない。僕が言えた義理ではないけど。あと、女性の運もなさすぎるのも置いておく。
「俺、長いことひとり暮らししてるからさ、インフルとかかかったときまじでしんどかったよ。何するにしても、自分でしないといけないのが、怠くてきつくて。一時間でも、誰かに面倒見てもらえるだけでも、精神的に助かるんだよね」
「そ、そういうものなんですね」
「聞いたけど、春江さん、ひとり暮らしなんだよね? さすがに俺みたいななんでもない奴が急にひとり暮らしの女の子の家に上がったら下心しかないけどさ? 幼馴染なら、セーフみたいな部分もあるだろうし」
そう、陽葵の両親は陽葵が大学入学する時期に合わせて札幌に帰ってきた。また転勤がかかったとかなんとかで。結局、今は陽葵だけが東京に残っている形だそうで。
「行けるなら、行ってあげたほうがいいと思うよ、俺は」
そんな、田村さんからアドバイスを貰った翌朝。僕は無表情のまま陽葵とのトーク画面を開いては、送るメッセージの文面に悩んでいた。
……いや、多少なりとも陽葵が風邪を拗らせたのは、お店に置き傘があることを伝えなかった僕にも責任の一端はあるだろうから。
ポーズだけでも、心配したほうがいいだろう、と思ってのことだ。
三十分くらい悩んだ末に「具合はどうですか、あれだったらお見舞い行こうと思うけど」と簡素なものを送ると、
割と間髪置かずに、陽葵から自宅の住所のラインが送られてきた。
……本当に、僕の家から徒歩数分の場所にあった。
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