第17話 男子中学生みたいなリアクション

 送られた住所をもとに、陽葵の住むアパートに到着したのは、午前の十時。

「……まあ、この時間ならそんなに迷惑でもないか」


 陽葵の部屋のインターホンを鳴らすと、なるほど、一度目は反応がない。念のため、もう一度押してみると「……は、はーい。ちょっと待ってください」という、もう完全に具合の悪そうな陽葵の声がドア越しに聞こえてきた。


 風邪薬やポカリ、果物などが入ったレジ袋を揺らして、陽葵がドアを開けてくれるのを待つ。と、


「……はい、どちら様……って、さ、朔くんっ?」


 ピンクのパジャマ姿に真っ赤な顔色、見るからに病人です、という様子の陽葵が出てきたかと思うと。


「な、なななな、なんでここにっ?」

「……ひとり暮らしで風邪拗らせて、大変かなって思って。住所聞いたら教えてくれたから、来てもいいのかなって……」


「はわわわわ、じ、住所っ? い、いつの間に、私……って、そ、そうじゃなくてっ。ちょ、ちょっと今部屋見せられないレベルで汚いから待っててっ!」


 いきなりの僕の出現に泡を食ったのか、陽葵はドタバタと玄関から見てもそんなに汚くなさそうに見える部屋の掃除に取り掛かった。

 まあ、色々あるんだろう、僕にはわからない何かが。


 五分かそこらして、息を切らせた陽葵がようやく「お、お待たせしましたっ……」と、真っ赤な顔をさらに赤くさせて僕を部屋にあげてくれた。


「……お、お邪魔しまーす」

 十畳ワンルームの陽葵の部屋は、チラッと見えた通りそんなに物も多くなく、小奇麗な空間だった。白色のカーペットの上に置かれた小さなテーブルには、風邪を拗らせている途中に飲んでいた思しき瓶入りの風邪薬と、飲みかけのスポーツドリンクが。


 陽葵は客人である僕に何か出そうとしていたけど、

「ああ、いいよいいよ、お構いなく。いきなり押しかけたの僕だし、休んでて」

 やんわりと制止。陽葵はコクンと頷いては、フラフラとした足取りで水色のベッドに潜り込んだ。


「気休め程度にしかならないだろうけど、冷えピタ使う? 持ってきてるんだけど」

 仰向けで横たわる彼女の額に、僕は持って来た冷えピタをあてがう。


「……うん」

 若干荒れている陽葵の息遣いを間近に、あてがっていた冷えピタの剥離部分を剥がして熱い額に貼りつける。瞬間、


「……ぁぁ」

 相当気持ち良かったのか、陽葵からそんな声が漏れ出た。


「風邪長引いているけど、何か食べれてる? あれだったら、レトルトのおかゆも買ってきたんだけど」

「……た、食べる」


 こういうときに、料理ができればスマートなんだろうけど、あいにく他人に食べてもらうような料理を僕は普段からしていない。文明の利器を頼らせてもらおう。


「お鍋、借りるよ?」

 ベッドからすぐ近くに位置するキッチンで、僕はレトルトのおかゆの湯煎を始める。


「……ごめんね、なんか、お見舞い催促したような形になって」

 そんななか、後ろから申し訳なさそうに陽葵がそう謝ってくる。


「別に。お店に傘あること言わなかった僕も悪いし、住所聞いたのは僕のほうだし」

「……心、細かったから、すごく嬉しかった。……ありがとう、朔くん」

「……何も。ただ、家押しかけただけだから」

「……中学生のときも、こんなこと、あったよね」


 するとふと、陽葵は思い出したかのように、昔のことをそっと呟く。

 確かに、中三の春のとき、陽葵の両親がどっちも家を空けているときにタイミング悪く陽葵が風邪を拗らせたことがあった。


 そのときも僕は陽葵のもとに向かった。純粋に心配する気持ち五割、下心五割で。

 今は、一〇対〇だ。期待なんて、これっぽっちもしていない。


「昔のことだから。……っていうか、陽葵、ノベルゲームとかもするようになったんだ」

 あまり過去のことを掘られたくなかった僕は、ふと、キッチンから視界の端に映った本棚の隅に並んでいる、ソフト類に視線が行く。


「……へ?」

「いや、だってアニメとかは見てたけど、女性向けとかが中心だったじゃん、昔は。でも、見た感じゲームのジャンル、ギャルゲーっぽいし」


「……ふぇ?」

「……陽葵?」


 反応の要領を得ない陽葵。が、一小節タイミングが空いたとき、

「っっっっっ! そっ、そう、だよ……? さ、最近男性向けのノベルゲームとかも、触れる機会があってね……?」


 どうしたって、やましいものが親に見つかりかけた男子中学生みたいなリアクションを、陽葵は僕にした。

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