第18話 ごちゃ混ぜの感情

 〇


 はわわわわっ! 私の馬鹿馬鹿馬鹿! 配信機材とかお仕事の台本とかその手に関係するものは全部押し入れに隠したと思ったのに!


 一番見られたらいけないもの見られちゃったよおお!

 朔くんが指さしたのは、つまり朔くんに雰囲気が似ている主人公が出てくる成年向け恋愛ADVのパッケージ。


「へぇ、守備範囲広くなったんだね」

 どうしよう、ゲーム自体は純愛寄りのものだから、パッケージにえっちな絵は描いてない。でも、がっつりキャスト欄に芸名は印刷されてるし、成年向けとも印字されてる。もし手に取られたら、身バレしてしまうかもしれない。


「そ、そうかもね、あはは……」

 でも、それ以前に、朔くんにいやらしい子って思われるかもしれないのが、ものすごく恥ずかしい。


 ここで朔くんが見つけたゲームのパッケージをひったくって布団のなかに隠してしまえば、少なからずそのどちらも回避できるのかもしれない。かもしれないけど、それはあまりにも感じが悪すぎる、悪すぎるし……。


「はは、ははは……」

 ただでさえ具合が悪いのにあれこれ頭を使ったものだから、なんか意識がクラクラしてきた気がする。

 上半身だけ起こして朔くんと話していた私は、しかしここで熱にやられてしまったのか、パタンとじっとりした布団に倒れてしまう。


「え? 陽葵? 陽葵、おーいっ」

 それに気づいた朔くんは、慌ててコンロの火を止めて、ベッドの私のもとに駆け寄る。


「だっ、大丈夫? 無理させ過ぎちゃった? よ、横になってていいからね?」

 朔くんの声が遠のいていくなか、私はゲームを隠すこともできずに意識を飛ばしてしまった。


 次に目が覚めたのは、何時間後のことだろう。そもそも朔くんが何時に家に来たのかすら覚えていないから、そもそも今が何時かなんて感覚でわかるはずもないんだけど。


「……せっかく来てくれたのに、朔くんに悪いことにしたなあ……」

 ぼんやりとした視界のなか、そんなことを呟いて汗ばむ体を半分だけ起こすと、

「……え?」

 もう帰ったと思っていた朔くんは、ベッドの脇に体育座りをしながら、文庫本片手にうたた寝していた。


 テーブルには、ラップにかけられたおかゆがあるし、溜まっていた食器の洗い物も、まとめられてなかったゴミも、片付けてくれていた。

「……い、いてくれたの?」

 静かに寝息を立てている彼の姿を認めた瞬間、私の心の隅っこが、ポッと温かくなった気がした。


 昔と同じような関係に戻ることに、朔くんは芳しい反応を見せなかった。

 もう、あのときと同じ「幼馴染」でいることすら、私は壊してしまったんじゃないか、そう思っていた。


 いや、その事実は変わらないのかもしれない。朔くんは、幼馴染ではなく、バイトの先輩として心配して家に来てくれたのかもしれない。

 でも、そんなことはもはやどっちでも構わない。


 私はただ、朔くんが昔と変わらず、気づかれないところで誰かに、私に、優しさを向けてくれたことが、嬉しかった。

 すぐそばで眠っている彼の頬が、目に入る。


 ……触りたい。

 不意に私は、そんな欲求を朔くんに抱いてしまった。熱に浮かされたせいなのか、心細くて優しくされたことが本当に嬉しかったのか。

 フラフラと伸ばしかけた右手が、朔くんの頬に届きかけた瞬間。


「……で、でも」

 私の手は、その動きを止めた。

 そんな朔くんを、傷つけたのは私だ。


「なのに、こんなことしたら……勝手すぎる、よね」

 寸前のところまで来ていた手は、指先から萎れていっては、へなへなと布団の上に勢いなく落ちていく。


「……陽葵? あ、やべ、寝ちゃってた? ごめんごめん、寝るつもりはなかったんだけど」

 物音のせいか、ひとりごとのせいか、眠っていた朔くんはぱちりと目を覚まして、のそのそと体を起こす。


「どうする? おかゆ、食べるなら温めなおすけど」

「……う、うん」

 申し訳なさと、やるせなさが混ざった感情は、なかなか消えてくれなかった。

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