第19話 一難去ってまた一難

 〇


「その節は多大なるご迷惑をおかけしました」

「わっ、私からも、すみませんでしたっ」


 件の騒動がひと段落して、シフトに僕・陽葵・野々市さんが揃った日。

 出勤前のひとときを使って、僕と陽葵は野々市さんに並んで頭を下げていた。


「いっ、いや全然気にしないでいいんで、不可抗力ですし」

「でっ、でも、私のせいで予定とかぐちゃぐちゃになったんじゃ……」

「あー、それは、そ、そうなんだけど……とっ、とにかく頭を上げてくださいっ」

 野々市さんの声で、おろおろと頭を上げる僕と陽葵。


「……そ、そういえば、パンケーキは……どうなったの?」

「ひとりで……食べましたよ? せっかくの休みの日でしたし、何もしないのはもったいないかなって思って」

「ほんと、ごめんね、約束してたのに……」


「いいんですいいんです、ちゃんと連絡もらえましたし、悪意があったわけじゃないですし。誰だって、体調不良くらい起こしちゃいますよ」

 とにかく謝り倒した僕は、しかし野々市さんが寛大な心で許してくれたこともあり、ひとまずこの件についてのいざこざは起こらずに済んで解決したみたいだ。


 風邪で陽葵はしばらくシフトを休んでいた、ということもあって、久しぶりの出勤だ。忘れていることもあるかもしれないし、復帰初日の今日は新しいことは教えないことにした。

 売り場でふたり並んで文庫本の補充をしていると、


「朔くんも……改めてだけど、ごめんね。迷惑かけて」

 ふと陽葵は、済まなそうな顔で僕に謝罪の言葉をかけてきた。

「野々市さんと約束あったのに。私のせいだよね、反故になったのは」


 あー、それに関しては誤解が起きている。僕が埋めたのは陽葵の穴ではなく、高月さんの穴だ。だから、野々市さん云々に関して、陽葵は何も負い目を感じる必要はない。


「いや、そこは別に陽葵は何も悪くないよ。高月さんが急遽お休みすることになって、それが野々市さんの約束とバッティングしただけだから。ほんとに、陽葵が気に病むことはない」


「……それは、そうなのかもしれないけど。朔くんの時間だって、奪ったわけだし」

「……お見舞いの件に関しては、僕がやりたいからやっただけ。むしろ、迷惑じゃなかった? 風邪で弱っているところ、僕に見られて」


「……ううん。全然。むしろひとりで心細くて、ものすごく助かった。あのままひとりのだったら、もうちょっと長引いてたかもしれないし」

 穏やかな様子で、淡々と話しながらも、本を正確に補充していく陽葵。


 しばらく仕事から離れていたけど、きっちり間違いなく補充できるなら、仕事をしっかり覚えている証だろう。この様子なら、最後の買取に移ってもいいかもしれない。


「……ねえ、朔くん。変なこと、聞くかもしれないけど」

「何?」

 手持ちの最後の本を棚に差し込むと、ほんの少しだけ頬を赤く染めた陽葵は、声を上ずらせながら、恐る恐る僕に尋ねる。


「……そ、その。私の部屋で、変なもの、見つけたり、見たりしてない……?」

「いや、何も見てない、けど。女の子の部屋、勝手に物色するのは悪いし、陽葵が寝ている間は僕もずっと本読んでたし」

「ほ、ほんとに……?」

「う、嘘なんてつかないよ」


 実際、僕は陽葵の部屋で勝手に何かを見た覚えはない。せいぜい、たまたま目に入ったギャルゲーのパッケージくらいだけど、あまり触れて欲しくなさそうだったから、掘ることはしなかったし。

 僕も、自分の本棚漁られたら嫌なものは嫌だし、自分がやられて嫌なことを陽葵にするつもりもない。


「そ、そっか……そ、それなら、いいんだ」

 僕の答えに安心したのは、陽葵はホッと胸を撫で下ろしては、売り場のカートから補充物のおかわりを持ってくる。


 ……多分、見られたくないものがあったんだろうなあ、部屋に。やっぱりいきなりお見舞いに押しかけたの、あまりよくなかったかもしれない。


 反省しよう、と心のうちでひとり言を呟いていると、ひとりの女性客が僕の真横の位置にしゃがんできた。何か用事でもあるのだろうかと、頭のなかを接客モードに切り替えて、


「ど、どうかなさいましたか、お客……様」

 隣の女性に視線を向けると。

「……こまつん、どうしよう」

 いたのはお客様ではなく、私服姿の高月さんだった。しかも、ちょっと様子がおかしい。


「このままだと、実家に帰らされちゃうかもしれないよお」

「……はい? 今、なんて」

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