第20話 恋はするものじゃなくて見るもの描くもの
漫画の補充の手を止めることなく、僕は横にしゃがむ高月さんとの話を続ける。
「高月の親、倒れたって話は聞いてるでしょ? あ、シフト代わってくれてありがとねこまつん」
「いえいえ、全然全然。はい、その話は聞いてますね」
「……入院するだけで済んだんだけど、そのときに高月の話になっちゃってさ」
すると、高月さんはちょんちょんと棚に差さっている漫画の背表紙をか細い人差し指で突いて見せる。タイトルを見ると、よくある結婚をテーマにした漫画だった。
「ほら、高月もうアラサーじゃん? 来年で二五歳だし。同級生も大体就職してバリバリ働いてるんだけど」
「まあ、それはそう、でしょうね」
「チラホラ仲良かった友達が結婚し始めてねー? なんだったらママになっている子もいて、高月時代の流れを感じたわけなのさ」
「でも、そんなんで焦る性格じゃないですよね、高月さん」
所在なさげに本棚の漫画をツンツンと突く高月さんは、複雑そうな面持ちを浮かべたまま、話を続ける。
「うん、高月は全然気にしてないんだけどさ。そもそも恋はするものじゃなくて見るもの描くものだし」
あ、今この場にいないけど田村さんにダメージ入った気がする。
「……別に先がないわけでもないんだけどさ、高月のお母さんが、死ぬまでに高月の花嫁姿見たいって言いだしちゃってね? 今いい人いないのってしつこくて」
「それで、どうして実家に帰るって話に……?」
「いい人いないなら、お母さんが探してあげるから地元帰ってきなさいって、言われちゃって」
「ああ……まあ、なんかよく聞く話ではありますよね」
それがまさか自分の近い人に起きるとは思いもしないですけど。
高月さんは心底困ったというように頭を振っては、僕の顔をじっと見つめてくる。
「高月が東京出るときにお母さんには無理言ったし、同人で絵を描くことも反対しないでくれたから、あんまり無下にもしたくないんだけど、かといって地元帰ると即売会とか色々諦めないといけないこと多すぎて今すぐは嫌だし、もうどうしようって。ねえこまつん、何かいい方法ないかなあ」
ものすごく簡単な方法がひとつあるんですけど、それは相談する相手が僕じゃなくて田村さんなのでここでは提案しないでおこう。
「……彼氏作ればいいんじゃないですか? 今すぐに」
なので、至極真っ当な正論を、棚の下にあるストッカーの中身とにらめっこしながら僕は高月さんにぶつける。
「もー、言ったじゃんこまつん。恋はするものじゃなくて見るもの描くものって。そもそも高月みたいな魔法少女予備軍なんて誰が好きになるのさー。いないいないって、そんな都合いい人」
……いるんだけど、いるんだけど、ここでそれを明かすと田村さんが「都合いい人」に成り下がってしまうのが不憫すぎてとてもじゃないけど僕からは言えない。あと魔法少女ネタ気に入っているんですかいじりにくくて僕としては困るんですけど。
「あっ、そうだこまつん。ちょっとの間だけでいいからさ、高月の彼氏のフリしてよ」
「絶対嫌です」
そこ、軽いノリでとんでもないこと頼まないでください。両手合わせたって無駄です。
「えー、お願いだよーこまつん。引き受けてくれたらこまつんのためにこまつんの性癖に寄り添ったえっちなイラスト描いてあげるからさー。好きな体位とかシチュある? 言ってくれたら描いちゃうよ?」
「なんつー報酬チラつかせてるんですか、嫌なものは嫌ですって。そもそも結婚前提の話ですよね? それなのに二十歳そこそこの大学生を偽彼氏にしたって意味ないじゃないですか、逆にお母様から心配されるんじゃないですか」
……この先輩すーぐそういうのを取引材料にしようとする。
「言われてみれば確かに。東京で年下の男の子誑かす悪い女になったって思われるのも嫌だなあ」
そんな話をしていると手持ちの補充が終わった陽葵が、チラッと僕の様子を窺ってきた。
「あ、あれ……高月さん? いらっしゃったんですか?」
当然、陽葵も高月さんの存在に気づくわけで。陽葵の姿を認めた高月さんは、
「うわーん、はるえっちー、高月の彼氏のフリしておくれよー」
とち狂ったのか、立ち止まった陽葵の胸元に飛び込んではギューッと体を抱きしめた。
「えっ、あっ、たっ、高月さん……? か、彼氏……?」
「お客様―、スタッフの業務の妨害しないでもらっていいですかー」
やんわりと陽葵から高月さんを引き剝がして、僕は出口を指さす。
「とりあえず、もうちょっとで閉店なんで、それから話をしましょう? 僕らとしても、高月さんが地元に帰るってなると、シフト面でも色々困りますし。なので、近くのファミレスにでも待っててください」
「うえええん、ありがとうこまつーん」
……大丈夫なのか、この二四歳児は。なんか幼児退行してませんか?
中学生のときに振られた幼馴染と、バイト先で再会した件~推しの中の人が幼馴染であることを僕は知らない~ 白石 幸知 @shiroishi_tomo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。中学生のときに振られた幼馴染と、バイト先で再会した件~推しの中の人が幼馴染であることを僕は知らない~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます