第4話 解きたい誤解

 陽葵が切り出したふたりきりの休憩時間。スタッフルームには僕と陽葵しかおらず、込み入った話をするにはある程度都合はいい。


「……何、かな」


 コンビニで買っていたコーヒー牛乳を口に含み、僕は陽葵の話の続きを待つ。


「え、えっとね。……中学生のとき、のお話なんだけど」


 それを聞いてやはりか、と身構える僕。僕の黒歴史と言ってもいいあの修学旅行の出来事をほじくり返されるのはキツいものがあるけど、悪いのは全部僕なので甘んじて受け入れるしかない。


「あ、あのね。修学旅行の帰りの電車で、朔くん、私に告白してくれた、よね?」

「……そう、だね」

「ごっ、誤解をっ。誤解を、解きたくてっ……」

「誤解?」


 が、僕の予想に反して陽葵が紡いだ言葉は思いのほか優しいもので、僕は不意に隣に座る陽葵の顔を二度見してしまう。

 両手を膝の上に乗せたまま視線を斜め下の机に貼りつかせ、どう聞いても緊張しているうわずった声で話す陽葵。


「ほっ、本当はっ……嬉しかったんだよ? さ、朔くんに好きって言ってもらえて」


 う、嬉しかった? 何を言っているんだ陽葵は。


「いや、あ、あのとき陽葵はごめんなさいって」


「それはっ……! もう、あのときには次の春に東京に引っ越すこと私知ってたから……! 私が朔くんの告白受けたら、高校の間、もしかしたらそれ以上、ずーっと遠距離で縛り続けることになると思って……。あの『ごめんなさい』は、そういう意味のつもりで言ってて」

「な、なんだよそれ……」


 途端に、身構えていた体勢に力が抜ける。へなへなと、伸びていた背筋がよれていく。


「……だって、朔くん、私の話聞かずにトイレに籠っちゃったから。……あの日以降も、まともに口利けなくて、東京の高校進学することさえなかなか言い出せなくて」


 陽葵は僕に視線を向けた後、申し訳なさそうに目を伏せる。そんな陽葵のいじらしい仕草に、僕の脈が少しだけ早くなった気がした。


「ひ、酷いことしたって思ってるよ? 何も言わずに東京の高校進学したのは。で、でもこんな大事な話をラインだけで済ませるのも違う気がして、なかなか謝れなくて。……だから、こうしてまた朔くんと会えて嬉しいって思っているのは、本当だよ? あとは、解かないといけない誤解を晴らせれば……私はそれで」


 結局のところ、僕はずっとひとり相撲を取っていた、そういうことになるのだろうか。

 勝手に告白して、勝手に振られたと思って、勝手に口を利かなくなって。思春期の黒歴史は、そこまで恥を上塗りしないといけないのか。


「……だっ、だから。今更『よろしくお願いします』なんて言えないのはわかってるけど、せめて、昔と同じように、仲良くしてくれると、嬉しい……なぁ、って」


 萎んだ言葉尻に、陽葵の大人しい性格が覗く。結局、大学生になっても、僕らは変わらないままだった。


「昔と同じって言ったって。もう、僕らは元の関係には」

「わっ、私もっ……!」


 ガタン、と勢いよく立ち上がる陽葵。パイプ椅子が思い切り床にひっくり返り、陽葵は両手をテーブルについて僕のほうに身を乗り出そうとする。


「私もっ……本当はっ……朔くんのことっ」

 が、手が滑ったのか、体勢が崩れたのかはわからないけど、陽葵はそのまま僕の体にダイブする形で倒れ込んでしまう。


「ひゃっ!」

「おわっ」


 カランカラン。僕が座っていた椅子も床に転がる乾いた音がスタッフルームに鳴り響く。

 チカチカする目をこすると、なるほど僕の体の上にうつ伏せで倒れている陽葵の姿が目に入る。


 次の瞬間、柔らかな陽葵の身体の感触が走り、ほのかに甘いシャンプーの香りが僕の鼻をくすぐる。制服のポロシャツの隙間からは、陽葵の真っ白な肌と鎖骨が映り込んだ。


「ごっ、ごめんっ、わっ、私っ……」


 いきなりの出来事に、陽葵は顔を発火させる。いや、恐らく僕の顔も真っ赤になっていたと思う。


「……わくわく、わくわく」


 ただ、そんなくんずほぐれつの僕らの様子を生温かい目で見つめる人がいるのに僕は気づいた。


「……高月さん。何してるんですか」

「えっ、たっ、高月さん?」


「いやー、ちょっと漫画の未加工の在庫を取りに戻ったら、こまつんと春江さんが絡み合ってたから、高月つい……。あっ、高月は気にせず続けていいから、っていうかもっと見せて」

「きっ、気にしないわけないじゃないですか」


 陽葵との話はそこでぶつ切りになってしまった。

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