第3話 恋愛ROM専の自家養殖栽培家
陽葵と再会してから三日経った木曜日。この日も僕はシフトに入っていて、メンバーは僕と高月さんという女性の先輩スタッフ、そして陽葵の三人だった。
「……お疲れ様です」
あの日から陽葵と顔を合わせるのは初めてということもあり、多少の緊張を抱きつつ僕はスタッフルームに入ると、
「おっ、お疲れ様ですっ、さ、朔くん……。で、いいかな?」
既に制服のポロシャツに着替えていた陽葵が、真っ先に僕のもとにやって来てはペコリと頭を下げて挨拶をしてきた。
「……呼びやすいように呼んでくれていいよ。そこらへんぎこちなくなると、仕事にも支障出るから。陽葵」
「うん、わかった。前と同じように朔くんって呼ぶね」
中学生のときのように、そっと日陰に隠れて咲く花みたいに穏やかに微笑む陽葵。そんな昔と変わらない幼馴染の様子に、少しだけ僕は胸が痛くなるのを感じる。
……っていうか、陽葵は僕のことを振ったんだよな? なのに、どうして以前と何も変わらず僕と接しているのだろう。
正直、僕は気まずくて仕方がない。
振られて以降、恥ずかしさのあまり陽葵と関わることすらできなかったし、今さらどのツラを下げて陽葵と接しろと言うのか。
僕も制服に着替えて適当な椅子につくと、おずおずと陽葵は僕の隣にやって来ては、なんてことない雑談を振り始める。
「さ、朔くん東京に来てたんだね。びっくりしちゃったよ、私、何も聞いてなかったから」
何も言わなかったのは、陽葵も同じじゃん。
などと、口走りそうになるのを堪える。今更何を言っても、事実は変わらない。
「……東京の大学、進学したから」
「で、でも、こんな偶然あるんだね。まさか、バイト先が同じになるなんて……」
プチ、プチと心が針のむしろになっていると、
「おっつおっつー、あっ、こまつんに春江さん、お疲れ様―」
売り場からスタッフルームにひとりの女性が現れた。
「今日も楽しく働きましょー、って、どったのこまつん。そんな死んだ魚みたいな目して」
黒髪ボブのショートヘアーに、黒縁眼鏡をキラりと光らせたこの人が、勤続六年目の大ベテラン、
「……お疲れ様です、高月さん。逆に聞きたいんですけど、僕が活き活きした目でここに来たことありますか?」
「んー、ないんじゃない? いや、てっきり昔振られた幼馴染の春江さんと再会を果たして気まずくなってるのかと思ってさー」
が、たった今登場した高月さんは、信じられないことを口にした。
「……はい? 今、なんて」
「振られた相手と再会して気まずいのかなーって」
な、なんでそれを高月さんがもう知っているんだ……?
「どうして高月が知っているって顔してるねーこまつん。昨日
ここのバイト先にプライバシーは存在しないのだろうか。……いや、どうせ高月さんが野々市さんにせびったんだろう。教えて教えて教えてよーって。高月さん、「他人の」恋バナとか浮いた話が大好物だから。
「まーまー、気まずくなるのもわかるけどさ? 中学生のときの話でしょ? あまり拗らせないのが大人の対応だと思うけどなー高月は」
高月さんの言葉に、僕と陽葵は目を見合わせる。昔の話題を切り出されて居心地が悪いのは陽葵も同じみたいで、さっきまで穏やかな微笑みを携えていたのが、途端に唇をギュッと噛みしめている。
「あっ、拗らせるなら拗らせるでいいけど、そのときは高月の同人誌のネタにさせてもらうからねっ」
「さー陽葵っ。初日は高月さんに仕事教えてもらったんだよね? 何教わったのか聞いてもいいかな」
それは絶対に嫌だ。僕のこっぱずかしい過去が人気エロ同人漫画作家の高月さんの手によって日本全国に広まるのは御免被る。
「はっ、はい。えーっと、ぜ、前回はレジ打ちと本の加工をちょこっと教えてもらって……」
「よし、おっけー。今日もレジ打ちの続きと、本格的に加工を教えていくからそのつもりでいてね」
「わっ、わかりましたっ」
半ば無理矢理ではあるものの、僕と陽葵の気まずい雰囲気は解消された。高月さんも満足そうに後方彼氏面を浮かべている。……いや、あなたのせいで気まずくなったんですからね。何自分の手柄みたいに頷いているんですか。
そんな、出だしから大荒れで始まった今日の勤務。スタートがこれだと後が思いやられるのだけど、この気まずい関係を先に変えたがったのは、陽葵のほうだった。
「……朔くん、ちょっとお話、いいかな?」
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