第2話 他称:リア充

「さっくん先輩、春江さんとは知り合いなんですか?」


 陽葵と衝撃的な再会を果たしてしまった日の勤務時間。閉店一時間前でお客さんも少なくなって暇なる時間帯に、僕と野々市さんはカウンターのなかでふたり並んで漫画本に値札貼り作業(加工って言ったりする)をしていた。


「……しかも、ただの知り合いって感じでもなさそうでしたけど」


 作業台の上に積み上げた漫画のバーコードを軽やかに通しながら、横でジト目を浮かべる野々市さん。


「いわくつきだったり、するんですか?」


 野々市さんはグイ、グイとスキャナー片手に僕に詰め寄る。おかげで赤い光が目に当たって眩しいったらありゃしない。


「……中学までの幼馴染」

「え? お。幼馴染?」


 ペタ、ペタと僕は野々市さんが印刷したラベルを無心で本に張りつけてカートに乗せていく。


「はっ、初耳ですよ私。恋バナとは無縁のさっくん先輩にそんな浮いた話があるなんて」

「別に野々市さんが想像するような関係じゃないよ。……ただ、僕が中学生のときに告白して、振られた。それだけの関係」


「告っ……ふっ、振られた……?」

「そう。振られてからは特に口を利くこともなくなって、陽葵は東京の高校に進学してから離れ離れ。連絡だって取ってなかった。以上、これが僕と陽葵の関係。他に何か質問ある?」


「えっ、えらく冷たいですね。さっくん先輩らしからぬというか」

「……そう思う割にはなんか嬉しそうな表情してるけど」


 さっきまでジト目だった野々市さんの顔は、心なしか目は見開いていて口元が緩んでいる。


「あっ、えっ、そっ、そんな嬉しそうにしてましたか私っ、あっ、あはは、す、すみません」


 僕がそう言うと野々市さんはまずいと思ったのか慌てて口元を左手で隠す。


「まあ、別にもう陽葵のことは気にしていないからいいんだけどね」


 何か変な気を使わせてしまったかもしれない、自分語りもほどほどにしないと、と僕は心のなかで反省する。


「そっか、そうだったんですねー、てっきりさっくん先輩にその手の話が浮かばないの、他に好きな人がいるからとか思っちゃってたので。安心しましたー」

「……いやいや、まさか。僕なんかに好かれたら、好かれた人が迷惑でしょ」


 だから、逃げるように確実に手の届かない存在に僕は現を抜かしているんだ。

 万が一のことが起きない偶像に疑似恋愛をしていれば、自分が少しはマシでいられる気がするから。


「あー、そうやって自分を極端に卑下するのさっくん先輩の悪いところですよー? そんなこと言うと、本当にさっくん先輩を好きな人に失礼になりますからねー」


 肘で僕の脇腹をちょんちょんと突く野々市さんは、若干悪戯っぽい笑みを見せている。


「……そんな人、いるわけ」

「さあ、どうでしょうね? 世界中探し回ったら、ひとりくらいはどこかにいるんじゃないんですかー?」


 僕のリアクションを見て、野々市さんがさらに脇腹を突く肘の動きを激しくさせるものだから、


「わ、わかったわかった。そういうことでいいから」


 彼女の言葉に同意させられてしまう。

 折りたたみコンテナに入っていた漫画本全てのラベル出しが終了したので、野々市さんも一緒にラベル貼りに加わる。


「あっ、そうださっくん先輩。今度また一緒にパンケーキ食べに行きましょうよっ。半年くらい前に行ったお店、リニューアルオープンしたみたいで、また食べてみたいんですよねっ」


 そんな折に、ふと野々市さんはまたなんでもないように、僕を遊びに誘う。


「……そ、それはデートの下見ということで?」

「はっ、はい。そうですっ、下見ですっ」

「僕は構わないけど、野々市さんは大丈夫なの? 結構な頻度で僕下見に付き合っているけど、彼氏さんに誤解されたりしない?」


 別に、野々市さんに遊びに誘われるのはこれが初めてじゃない。これまでも何回も、デートの下見という体で野々市さんと色々なところに出かけてきた。そのたびに、本当に野々市さんのほうは大丈夫なのだろうかという疑問が湧きでる。


「へ、へーきです、へーき。誤解なんかされるわけないじゃないですかっ。私とさっくん先輩の仲ですよ?」

「……ごめんね、僕といても勘違いされるわけないか、自意識過剰だった」

「だああああ、そういうことじゃないですってえええ」


 ポカポカと今度は肩のあたりを何往復か優しく僕は叩かれる。

 これも野々市さんとのいつも通りのコミュニケーション。


 陽葵との再会で揺らいでいた僕の心も、野々市さんと話しているうちに少しは落ち着いてきたみたい。

 そんなことを、ひとり思っていた。

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