中学生のときに振られた幼馴染と、バイト先で再会した件~推しの中の人が幼馴染であることを僕は知らない~
白石 幸知
第1話 桜の髪留めの女の子
中学三年生の修学旅行の最終日、僕──
秋田、青森、函館と回って札幌へと帰る特急列車の指定席、最後の修学旅行のひとときを満喫しようとしているクラスメイトをよそに、僕は窓側にちょこんと小さく座って、桜の髪留めを咲かせていた彼女に、自分の想いを告げた。
今にして思えば、車内の喧噪のなかで告白しようとすることそのものにムードがないし、センスの欠片も見つけ出すことはできないだろうし、僕がこのタイミングで告白することで彼女の修学旅行の思い出が「僕の告白」で上書きされてしまう恐れがある。
要は、これっぽっちも陽葵のことを考えていない告白だったわけで。
そんな自己満足と浅はかな期待で満たされた思春期の衝動は、僕の言葉を聞いてからしばらくして、困ったように眉をㇵの字にして作り笑いを作った陽葵の表情ひとつで、見事に撃沈した。
「……ご、ごめんなさい、朔くん。で、でも──」
瞬間、陽葵の隣に座っていることが恥ずかしくなったのか、陽葵の言葉の続きを聞くことなく僕はトイレへと逃げ出し、意味もなく個室に立てこもるという傍迷惑なことを札幌駅に到着するまでの約三〇分続けた。
その日以降、今まで一般的な幼馴染の関係だった僕たちは、当然だけど気まずい仲へと変貌してしまい、まともに言葉を交わすことさえもなくなってしまった。
それが原因かどうかはわからない。いや、そう思うことさえも自意識過剰なのかもしれないけど、中学卒業を機に、陽葵は親の転勤と一緒に札幌から東京の高校へと進学した。
こうして、僕の初恋は綺麗に砕け散った、というわけだ。
さて、そんな僕が大学二年生になって、果たして次の恋を探しているかと聞かれると、答えはノーだ。大学だって意味もなく陽葵の後を追って東京の学校に進学してしまった。
不真面目なひとり暮らしの文系大学生よろしく、そこそこに授業をサボり、そこそこに単位も回収して、バイトに励み、趣味のサッカー観戦やアニメ視聴に時間を割く日々。
陽葵のことを諦めこそしたものの、新たに誰かを好きになるということはなかった。
後期の期末試験も終わり、春と呼ぶには気が早い時期に大学生の春休みが始まった一月中旬のある日のこと。
「みなさんこんはるですー、
休みなのをいいことに、昼間から家でゴロゴロと推しの配信者さんの配信を眺める僕。
「普通にやってもあまり面白くないので、悲鳴を一回あげるごとに、リスナーさんが読み上げて欲しい台詞のリクエストにひとつ応える、っていうルールでやっていきますね。あ。あまりにもえっちな台詞は駄目ですからね」
今僕が聞いているのは、遥ひなという同人で活動している声優さんの配信。彼女は主にシチュエーションドラマだったり、耳かき系のASMRだったりを中心に配信していて、たまにこうしてゲーム配信もしたりする。
……とりあえず投げ銭でも放っておくか。
ポチポチとスマホを操作して、それほど多くないバイト代から捻出しているスパチャを送る僕。
「あ、さっくーさん。早速スパチャありがとうございます、ナイスパです」
高校二年のときから推し続けている声優さんに名前を読み上げられ、一瞬だけ心の片隅がむず痒くなる。
でも、それだけで十分だ。
誰かに対する恋愛感情が、その人の重荷、あるいは迷惑になることを、身をもって知ってしまった僕に、生身の誰かを好きになれる、そんな自信はもうどこにも残っていない。
結局、バイトに出かける時間が来るまで、僕はただただ彼女の配信を聞いていた。
「お疲れ様です」
その日の夕方。僕はいつも通りの時間帯にバイト先に出勤していた。
「あ、さっくん先輩、お疲れ様ですっ」
ブックターミナル中野店。本、ソフト、ゲーム機を取り扱うチェーンの古本屋が、僕の働くアルバイト先。
そして、人懐っこい笑みとともに僕を出迎えたのは、後輩の
ロッカーに荷物を放り込み、更衣室で制服に着替えて休憩室に入ると、スマホ片手に野々市さんが早速僕の真横に近寄ってくる。
「今、ミーティングルームでざわわさんが面接中みたいで」
「面接? 新人さん採るんだ」
「らしいですよっ。とうとう私にも後輩ができるかもしれないですねっ」
ざわわさんとは、中野店の店長、
後輩ができるかもしれないという事実に胸を躍らせている野々市さんは、目を輝かせつつも面接中と思しきミーティングルームをチラチラ見やっている。
「どんな人が来てるかって知ってるの?」
「いえ、私も朝番の人から聞いただけなので。どんな人なんだろう、気になるなあ」
「ま、まあ、まだ採用されるって決まったわけでもないから」
至近距離にいる野々市さんからほのかに漂う甘い香りに鼻腔をくすぐられていると、ガチャリとミーティングルームの扉が開けられた。
「それじゃあ、採用する場合のみ、今日から三日以内にお電話を差し上げますので。今日はありがとうございました」
「わ、わかりました。こちらこそ、ありがとうございました」
まず先に見知った顔の店長・金沢さんが出てくる。さて、次に出てくる面接の子はどんな人なのだろうと、興味本位にチラッと横目で確認しようとすると、
「……え? さ、朔くん?」
面接の子からふと、懐かしい名前で僕を呼ぶ声が聞こえた。
その呼びかたで僕を呼ぶのは、記憶の限りひとりしかいない。
恐る恐る僕は声の主である面接の子に視線を向けると──
「……ひ、陽葵?」
僕と頭ひとつぶんくらい差がある小さな体躯に、薄茶色のツインテール。自分の居場所はここでいいのだろうかと不安そうに揺れるか細い声と、見覚えしかない桜の髪留め。
「なっ、……んで、ここに」
間違いない。今目の前にいるのは、春江陽葵だ。同姓同名なんかじゃなく、僕の初恋相手にして僕が振られた、春江陽葵だ。
「なんだ、サクと知り合いだったのか。地元同じだし年も同じだしもしかしたらなんて思ってたけど、そんな偶然もあるんだ。よし、じゃあ話は早いや。夜番のエースのサクの知り合いなら安心だし春江さん、採用で。研修も見知った人がついたほうが気分も楽だろうし、サクについてもらうようにするよ」
「えっ? えっ、あっ、は、はい。あ、ありがとうございます……?」
小松朔、二十歳の春休み。まだ春の便りも遠い季節に、僕は終わったはずの初恋相手との再会を果たしてしまった。もう、僕は綺麗さっぱり陽葵への想いは諦めている。諦めているんだけど。
この再会が一過性のものに終わるのなら、世界にラブコメなんてジャンルは消えてしまっていることだろう。
つまりこれは、そんな終わった恋を巡る、ラブコメってわけだ。
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