第9話 可哀そうの向こう側
さて、バレンタインの話をしたところで、ブックターミナル中野店にいる可哀そうなスタッフの話もしておきたいと思う。
高月さんにバレンタインの話を擦られた翌日。この日も僕はシフトに入っていて、あとは高月さんと、件の可哀そうなスタッフこと
高月さんがカウンター、補充は僕と田村さんという配置で迎えた休憩後、ふたり並んでゲームソフトの補充をしているとき。
「……今年も、女性陣のみなさんチョコ作ってくれるみたいだね、サクくん」
作荷台の上でスイッチのソフトをジャンル別に仕分ける田村さんは、あまり嬉しくなさそうな声音で僕に話しかけてきた。
田村健太郎さん、勤続二年目の現在二七歳。田村さんをひとことで表現するなら「薄幸」という言葉がぴったりだと思う。
「もうちょっとソワソワしたほうがいいですよ。高月さん曰く、バレンタイン前の年頃の男の子はソワソワするものらしいですから」
「ああ……それ以外は成年雑誌を女性のレジに持ってくるとき、とか言ったんでしょ」
「……昨日出勤してましたっけ」
「わかるよ、俺だってもう二年目だし、彼女の言いそうなことは大体」
覇気のない雰囲気のまま、田村さんは仕分け終わったソフトを次々と棚に差し込んでいき、一緒に値段の更新がかかっていないか(一物二価が発生していないか)をチェックしていく。
田村さんの経歴を簡単に説明するなら、大卒で入った会社で僻地の営業所に配属され、地元ルールが多い環境と社内の人間関係に病んで退職。二社目に入ったところは社長が多額の借金を抱えたことで倒産。直近三社目はテレビでニュースになるほどのいわゆる「やばい」会社で、命からがら逃げだして、今フリーターとして働いている。らしい。
「ソワソワね……いや……俺バレンタインにも、あまりいい思い出……ないからつい」
そして、薄幸なのは仕事関係だけでなく、女性面においても可哀そうの向こう側に渡っている。
大学卒業時に付き合っていた彼女とは、僻地配属になったことで遠距離になり、あげく同じ会社の東京勤務になった同期にバレンタインに寝取られたらしく、二社目のときの彼女にはATMにしか思われておらず二月に会社が傾いた瞬間に捨てられたそうで、三社目のときの彼女はメンヘラを拗らせていたみたいで、田村さん自身が手に負えなくなって、バレンタイン直後に家を引っ越してまで逃げたそう。
これほどまでに「バレンタインにいい思い出がない」に説得力がある人、全国探し回ってもそうそういないんじゃないだろうか。
そんな田村さんだが、僕みたいに初恋を拗らせて生身の人間に恋愛感情を抱けなくなることはなく、きっちり次の恋を見つけているみたいで。
ここまで話せば察しもつくかもしれないけど、その宛先が高月さん、というわけだ。
「高月さんも、チョコ作るみたいですよ」
カウンター内で鼻歌を奏でながらウキウキした顔でソフトの加工をしていく高月さん、を売り場から眺める僕と田村さん。
「……純粋な気持ちで作ってもらえるだけ、俺からしたらありがたいんだけどさ、明らかに義理チョコです、って感じで渡されると、やっぱり脈ないのかなって改めて現実を突きつけられる気しかしなくて」
他人の恋バナ大好きな高月さんは、ちなみにだけど田村さんの一方通行の片想いに全くと言っていいほど気づいていない。
作荷台のソフトが大体棚に吸い込まれた頃合い、カウンターから呼び鈴がチーンと鳴る音が響いた。それに反応した僕らふたりがカウンターに戻ると、
「ごめんごめん、ちょっと大口の買取来ちゃったから、どっちかお願いしていい?」
なるほど、買取カウンターの上には、段ボールのなかに山積みされたCDやDVDが。これは時間がかかりそうだ。
僕と田村さんが顔を見合わせると、
「じゃあ、俺がやりますよ」
何も打ち合わせたわけじゃないけど、自然に田村さんがカウンター内に残るように仕向ける。
ふたりのところを邪魔するのも悪いと思って、僕はすぐに売り場に出ようとするけど、
「あ、そうだ、せっかく男子ふたりが揃ってることだし」
補充に戻る僕を高月さんは呼び止める。
「何かありましたか?」
「んー、今新作の同人漫画描いているんだけどね? 年頃の男の子ふたりから感想をいただきたいんだよー」
高月さんの言葉に、にたび僕と田村さんは顔を見合わせる。
「……あの、もしかしなくても」
「うん、十八禁」
不憫だ。不憫すぎる。片想いの相手から自分の作ったエロ漫画の感想を求められるのが、あまりにも不憫すぎる。
「……い、いいですよ。後でデータ送ってください……」
声を絞り出す田村さん。これを、可哀そうと言わずしてなんと言えばいいんだ。
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