第10話 魔法使いと魔法少女
それから、退勤後にスマホを確認するときっちり高月さんから新作エロ漫画の原稿が送られてきていた。
ロッカーから荷物を取り出している田村さんもそれに気づいたみたいで、なんとも言えない渋い顔を浮かべている。
「……なんだろうね。異性として見られてはいるんだろうけど、恋愛対象じゃなくて観察対象なんじゃないかって思わされるのは」
「あ、こまつんもたむけんさんも、どこで燃えたとかここは萎えたとかあったら、遠慮なく教えてねー」
更衣室で制服から私服に着替えている高月さんのそんな声が、ロッカーの前に突っ立っている僕らの耳に飛び込む。本日三度目の視線と視線のバッティングを交わした僕らは、互いに無言で首を横に振って肩に手を置く。
何が困るって、高月さんの描くエロ漫画、実用性が高すぎるのが困るんだよこれが。
「田村さん、限りなく最低なことを興味本位で聞いてみてもいいですか」
「……? 質問によるけど」
「高月さんの漫画、読んだことはあると思いますけど使ったことはありますか」
「すごいこと聞いてくるね」
「男子高校生たるもの、クラスの女子だったり好きな子で妄想してあれやこれやするわけじゃないですか」
「……否定はしないけど」
「……田村さん的に、(好きな人である)高月さんが描いた漫画を使うっていうのは……」
僕がそこまで口にすると、どこか悟りを開いたように優しい顔をした田村さんは再び頭を振って否定の意を伝える。
「越えちゃいけない一線、っていうのが、誰にでも高かれ低かれあると俺思うんだよね。俺は多分、そのハードルが厳しめに設定されてるんだよ、きっと。……もちろん、感想求められたら応えるけど。……楽しそうに漫画描いている姿に、俺は惹かれているわけだし」
聖人だ、ここに聖人がいる。誰か、早く田村さんを幸せにしてあげてください。
「さっきからふたりで何ひそひそ話してるのー? 面白そうだし高月も混ぜておくれよー」
四度目が合う。僕たちはあれか、目が合うたびにバトルを仕掛けないといけない〇ケモントレーナーなのだろうか。
「……高月さん、いい加減自分の恋バナにも興味持ちませんか?」
「えー、だってこんなエロ同人漫画描いている気持ち悪い二四歳処女のオタクなんて、誰が好きになるのさー、私そんな夢見がちじゃないってー。あと六年もすれば魔法少女になる予定なんだからー」
ああ、顔を両手て覆っている田村さんがますます不憫になる。可哀そう、可哀そうが過ぎるよ本当に。
っていうか、三十歳まで童貞守ると魔法使いになるらしいっていう言説は見たことあるけど、波及して魔法少女になるっていうネタは初めて聞きましたよ僕。どういう理論なんですか。三十歳は少女なんですか(あ、すみません東京湾には沈めないでください)。
「……と、とりあえず。そろそろ帰りませんか。高月さんと田村さん、そろそろ終電危ないですよね」
「およ? もうそんな時間? そっかそっか、そういうことなら帰ろっかーふたりとも」
終始田村さんが不憫なまま、僕ら三人はお店を後にして、そのまま中野駅に向かう。
冷たい夜風吹き抜ける深夜の中野駅前を、三人並んで歩いていく。
「あ、そうそうこまつん。いっこ聞いてもいい?」
「……何ですか高月さん」
頭上を電車が走り抜けていくなか、ふと思い出したかのように高月さんは僕に尋ねる。
「春江さんって、えっちな漫画見せられても大丈夫な人?」
「ぶっっっっ! なっ、何言ってるんですか急にっ」
「んー、だってこの間、ちょっとピュアっぽい一面も見えたけど、その割にはそういうことに興味もありそうな雰囲気してたから、実はむっつりさんなのかなーって思って。でもほら、えっちなもの、苦手な人は苦手でしょ?」
「……僕や田村さんが苦手じゃないという可能性は考慮しなかったんですか?」
「苦手な人は古本屋で長くバイトしないと思うんだー私」
ぐうの音も出ない正論で僕は何も言い返せない。アダルト商材も多く取り扱うこの仕事、確かに苦手な人が向いているバイトではないと思う。
「……し、知りませんよ。僕が陽葵と過ごしていたのは、中三までなんですから」
「えー? 中三なんてもう性に目覚めてるってー、男女問わずー」
「……ぼ、僕がどうこう言うことでもないですし。高月さんが陽葵から感想聞きたいなら、見せればいいんじゃないですか」
「おっけー、こまつんからのお墨付き貰ったし、今度春江さんにも見せてみるよー。あ、ドン引きされたらこまつん高月慰めてね」
「ドン引きされるの怖いなら見せなきゃいいじゃないですか……」
「だって女性向けも描くなら女性からの意見も欲しいじゃんー、普通。私だけの感性で描いたら偏っちゃうしー」
……そうだった、高月さん、男性向け女性向けどっちも行けるクチの人だった。
高月さんの才能の活かしかた、ぶっ飛びすぎなのでは……。
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