愛される小説、というのは読者との共感性が高い。
にも関わらず、この柊圭介という作家はいつも、ごく一般的な日本人が共感するのにはちょっとハードルが高いところを舞台に選ぶ。それは19世紀のフランスだったり、帰国子女だったり、同性愛だったり。
それでもこの作家がこれだけの人気を得るのには理由がある。
テーマに読者が共感するからだ。
今回、柊氏が選んだ主人公はフランスの移民二世のカリム。この設定だけを見せられて、カリムに共感を覚える日本人が一体何人いるだろうか。
それほど多くはないだろう。
けれど、一度この小説を読み始めると、カリムの抱える悩みや彼を取り巻く人々が人種や国境を超えて、他人事とは思えなくなってくる。
作者がそういうテーマを選んでいるからだ。
兄や友人のアントワーヌは、是非は別としても、自分でその悩みを解決して歩き出しているかに見える。
カリムは果たしてどんな答えを見つけるのか。
もしかしたらカリムの悩みが葛藤が、あなたのとなりで悩む誰かに救いをもたらすかもしれない。
パリに住むアラブ系移民二世の少年、カリムが主人公です。
彼にはピアノの才能があり、音楽院に通うことに両親が深い理解を示しています。
しかし世界情勢が不安定ということもあり、アラブ系の人々の肩身は狭い。善良な人であっても、民族の名前は生涯ついてまわる。一部の過激な人々の行為によって色眼鏡で見られる。
その中で、芸術分野で成功するというのは非常に難しいものがあります。
カリムは将来に対し、卑屈になります。
そんなカリムに、友人のアントワーヌが二重奏の共演を持ちかけます。
アントワーヌはフランス人で、音楽一家。恵まれた環境にあります。
でも、思うのです。
恵まれない環境の中で才能を伸ばせるカリムってすごいんじゃないかと。彼に足りないのはチャンスと自信。
たとえ恵まれた環境、恵まれた才能があっても、人と比較すれば、多くの人が卑屈を感じるもの。
そうしたときに、闇落ちせず、光の差すほうに歩いていけるかは自分次第。
カリムが光の差す方へいけるのかは、ぜひ読んで確かめてください。
音楽をベースにして移民感情を丁寧に紡いだこの作品は、短編であっても読み応え十分。
そんなの気にしなくていいよ、なんて気軽に言えない複雑な問題を絡めながらも、読後に感動をもたらすのは、作者の温かい眼差しによるものでしょう。
文章も洗練されていて、心が洗われます。
ソロではなく、伴奏者。
違った楽器だからこそ奥行きのある音色が成立するように、異なる人種だからこそ奏でられる美しいハーモニーが世界中に響き渡りますように。
人の世は、不合理である。スタートラインも違えばルールも違う。当然、持っている武器だってぜんぜん違う。自己の当たり前は、他者の当たり前ではない。みるべき夢だって、色彩から異なろう。
だが。我々は皆、与えられた。
与えられたことを知ったとき。ひとは、自らもまた与えることができると知る。
自らに光が宿ることを知ったとき。光に向かって歩けることを知るだろう。
この美しい物語は、不合理な世界にあっても響き渡るシンフォニーがあることを伝えてくれる。
薄汚れた町の上にも、満点の星空のあることを思い出させてくれる。
――光を、求めよ――
そう語らってくれている。
最高の物語ですっ!!超絶オススメ!!
本当に素晴らしい作品でした。
まず驚かされるのは、我々日本人にとって馴染みの薄い「人種間格差」「移民問題」のあるフランス社会の空気感がリアルに伝わってくる筆致です。
アラブ移民2世でありながらピアニストを目指す、主人公カリムの抱えた儘ならなさに、胸を締め付けられました。
そんな折、フランス人の友人から頼まれた伴奏者としての役目。
はじめは彼に対して引け目を感じていたカリムですが、背中を押してくれたのは意外な人たちで——
クライマックスの演奏のシーンは圧巻で、思わず涙が溢れました。
冒頭とラストでどちらもエッフェル塔を眺めるシーンが出てくるのですが、その景色の感じ方の違いを、ぜひ多くの人に味わってほしいです。
プロの音楽家に憧れながらも、アラブ系移民の息子という立場に引け目を感じている少年カリム。
区立音楽院のピアノ科に通う彼に、チェリストである友人のアントワーヌから、二重奏で共演することを持ちかけられます。
まるで映画を観ているような冒頭の美しいシーンから、カリムの住む低所得者向けの公営住宅へと切り替わり、彼の現実の生活を見せつけられます。
光の差すところへ行きたい──
光と影に翻弄されるカリムの心情が痛いほど伝わってきます。
恵まれた環境のアントワーヌに対する引け目や、ソロから伴奏にまわされたことへの不安、病気の父や厄介な兄の存在。
様々なことに押しつぶされそうになるカリムでしたが、最後に背中を押してくれたのも家族でした。
少年の葛藤を描いた珠玉の名作。お薦めです。
パリに産まれパリで育った主人公のカリム。
プロの舞台に立つ事が夢で、幼い頃から16歳の今までピアノの練習を欠かした事がなく、才能に溢れている。
しかし、アラブ系移民の息子という境遇だけのせいで、彼は一生光の差すところには行けないのだろうか?
「どうあがいてもフランス人にはなれない」
カリムの家族、幼なじみの親友、音楽の先生との関わりの中で、味わう挫折と与えてもらう希望の光。
単なる青春ドラマではなく、わずか一万字という作品の中に詰め込まれた大切なもの。社会の闇の部分をも考えさせられる。
チェロとピアノの深い深い輪舞曲(ロンド)の演奏がいつまでも心の中に残るような作品です。