第32話

「わー!すごい!!」


駅のすぐ近くの公園は地元ではイルミネーションが有名で、クリスマスイブの今日、たくさんの人でにぎわっていた。


私の歓声にさっちゃんも大きく頷く。いつもは下ろすだけか1つに縛っている髪の毛は今日はハーフアップにまとめられていて。マフラーに顔をうずめてイルミネーションを上目遣いで眺める姿がたまりません、ああ可愛い、こんな彼女が欲しい。


「秋山怖い。」

「えっえっ声に出てた?」

「出てないけど視線が怖かった。」


ジトッとした瞳で春原くんに諭される。さっちゃんにも睨まれて塚田くんは呆れ顔。え、私の思考ってそんなに読みやすいですか。皆さんの方が怖いです。


クリスマスイブ、結局私たちは4人で夜ご飯を食べて、駅前のイルミネーションを見に来ていた。


食べ放題の焼肉屋さんで欲張ってしまいさっきまで瀕死状態だったが、少し休んでなんとか回復。どうしても食べ放題での調節が出来ないのは昔からだ。腹八分目で止められる人を心底尊敬する。


公園内のイルミネーションは有名なだけあって人も多く、時々順番待ちをしながらゆっくり園内を巡る。

キラキラしたイルミネーションを見ているとなんだか自分の心の中までキラキラになる気がする。幼い頃に戻った感じだ。


一通り回り終えたところで、公園内のベンチに座って本日のメインイベント!のプレゼント交換が始まった。ベンチに座った私とさっちゃん、塚田くんと春原くんは正面の芝生にそのまま腰かける。

音楽を流して、くるくる回す。私のプレゼントはどこに行くかな~なんてワクワクしながら、流れるクリスマスソングにもテンションが上がる。


「あ!手袋だ!」


音楽が止まって、一番最初にプレゼントを開封したさっちゃんが嬉しそうに声を上げる。さっちゃん手元にあったのは茶色の手袋。何を隠そう私からのプレゼントである。


ちょうど新しいの欲しかったんだよね、ありがとう、なんて笑うさっちゃんがやっぱり可愛くて、恋しそう(こら)。


塚田くんが開けたラッピング袋にはいたのは小さなヒヨコの人形で、何これ可愛い、と思わず笑ってしまう。塚田くんも同じような反応をして私の方を見る。


「これ選んだの秋山じゃないの?」

「違うよ。私手袋だってば。」

「そうだよな。分かってるのに絶対秋山のセンスだと思った。」


これは褒められているのか・・・?

私のじゃない、とさっちゃんも首を振る。・・・という事は?


「それ、俺。」


おずおずと手を挙げたのはまさかまさかの春原くん。以外なチョイスに驚けば、春原くんは塚田くんが持つひよこを指さして。


「なんか、秋山に似てるなって。」

「え、それは・・・いい意味で?」

「いい意味も悪い意味もなくないか?」


確かに。塚田くんの言葉に納得。どうやら私に似ているからという理由でひよこが選ばれたらしい。なんだよそれ、と塚田くんが何やらお父さんのような笑顔で呟いて、ひよこを眺める。


手元に回ってきた赤い箱をドキドキしながら開封する。見えてきたのはえんじ色のブックカバー。右下には小さなクマがついていて。


「わ!可愛い!!」

「あ、それ私だ。」

「すっごいタイプ!嬉しい!さっちゃんありがとう!!」


少し照れたようにさっちゃんが笑う。


「結構悩んだんだけど結依も春原も本好きだからいいかなって。」

「え、俺は?」

「塚田には当たりませんように、て願ってた。」

「なにそれ。涙出るわ。」


いいじゃない実際当たらなかったんだから、なんて冷たいさっちゃん。私のがさっちゃんに、さっちゃんのが私に、という事は。


「・・・ハンドクリームだ。」

「一番何とも言えない結果になったな。」


塚田くんの選んだハンドクリームが春原くんに渡り、2人同士の物々交換みたいになってしまった。でもいっか。それもいい思い出だ。


「まあそれもいい思い出だね。」


同じタイミングでさっちゃんがそう言うから、大きく頷く。


家族連れ、恋人、夫婦、友達、ペットとのお散歩、そこには様々な人がいて、でもみんなその顔は幸せそうで。ああなんか、いいなあ。寒いけどその分澄んでいる空気も、ずっと流れている皆が口ずさめるクリスマスソングも、キラキラと輝くイルミネーションも、全部が素敵で。





「なんか結依のプレゼントが普通でびっくり。」

「え、私って普通だとびっくりされるの?」

「もっと個性的なものが来るのかと。」


少し冷えたから、と塚田くんと春原くんが温かい飲み物を買いに行ってくれていて、さっちゃんと2人でイルミネーションに目を向ける。


確かに色々なものと迷った。1メートル20センチのテディベアのぬいぐるみ、騒音レベルの音が出るという噂の目覚まし時計、ヘビの形をしたマフラーとか。でも最終的に、シンプルなブラウンの手袋に目が行った。

なんでだろう、と思って、あ、と理由が思い当たる。


「・・・春原くん、」

「春原?」

「うん。寒がりなのにいつも手袋はしてないから。それが頭に残ってたのかも。」


今自分がしている黒色の手袋に目を落とす。この手袋ももう2年くらい使ってるなあ、なんて思いつつ、さっちゃんの相槌が消えたことに気づいて。


「・・・さっちゃん?」


不思議に思って隣に座るさっちゃんを見上げれば、彼女はまるでお母さんのような顔をして。


「・・・あんたねえ。」

「ちょっ!なにするの!」


マザーシラカワの顔のまま、私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

なになに、と聞こうとしたタイミングで春原くんたちが帰宅する。買ってきてくれた温かいココアを一口。・・・ああ、幸せ。


その後も4人でのんびりと話し、気づけば私もさっちゃんもベンチから芝生に移動していた。楽しい時間はあっという間で、そろそろ帰るかと皆で立ち上がる。


「じゃあ、また明日・・・じゃなくて、もう冬休みなのか。」

「ね。次は年明けかあ。」


そうだ、もう冬休みに入っていたんだった。短い休みのくせして、課題の量はやけに多い。

ここからだと家の方角的には私は1人だけ別なのだが、春原くんが送ってくれるというので素直に甘える事にする。


「ちょっとゴミだけ捨ててくるね。」

「あ、俺行くよ。」

「いいよいいよ。すぐそこだし。」


時間も遅くなって人もまばらになった公園の中を、少し先に見えるゴミ箱に向かって歩き出した。





「春原!」


結依がゴミを捨てに行っている間、じーっとイルミネーションを見ている春原の名前を呼ぶ。いつものようにのんびりと振り返った彼に、はい、と手袋を握らせた。


「交換して。あんたのハンドクリームと。」

「え、なんで」

「いいから。早く。」


不思議そうな顔をしつつも春原くんは私の手にハンドクリームを乗せる。よし、これで取引完了だ。さっきの結依の顔を思い出して、思わずまた笑みがこぼれる。


「・・・春原が手袋してなかったから。」

「・・・?」

「だから結依。手袋思いついたんだって。」


何言ってるんだ、という様な顔で春原が私を見る。あーあ、さっきの結依の顔。春原にも見せてやりたかったな、なんて。


全くもう、結依も、あんたも。


「プレゼント交換なのに、あげたい人決まってたら困っちゃう。」


少し意地悪だっただろうか。

春原は一瞬眉を上げて、ふっと息を吐き出すように笑う。

帰ってくる結依の姿が見えて、またねとそのまま手を振った。




結依たちと別れて、

塚田と一緒に静かな夜道を歩く。


「・・・結局俺も。」

「ん?」

「あげちゃった、秋山に。」


そういって悪戯っ子のように笑った塚田の手には、えんじ色のブックカバー。なんだ同じことを考えてたのか、そう思って私も笑ってしまう。


「あーあ。塚田にだけは渡らないようにって思ってたのに。」

「まーた傷つくこと言う。」

「だってあんた本読まないじゃん。」

「読むよ、これから。ていうか最初から俺に渡ってたらどうするつもりだったの。」


どうするつもり、って。


「そうやって」

「ん?」

「そうやって言ってくれると思ってた。『読むよ、これから。』って。」


意表を突かれたような顔で塚田は一瞬固まった。少し間があって、ははっと彼は少し照れたように笑う。


「やっぱり白河って男前だよな。」

「それ褒めてんの?」

「褒めてる褒めてる。」


カバンからハンドクリームを取り出して、自分の手に塗り込む。

瞬間にいい香りがして、ああ、落ち着くなあ。


「いい匂い。」

「・・・でしょ?俺の好きな匂い。」

「それを春原がつけてたかもしれないと思うと笑えるね。」

「確かに。」


塚田の好きな匂いを身に着ける春原。それを想像するとなんだかシュールすぎて笑いがこみあげてきてしまう。塚田も同じなようで、2人してお腹を抱えて笑い出してしまった。





『じゃあね、また3学期に。』


クリスマス会の後、家の近くまで送ってくれた春原くんとはそう言って別れた。

そのまま年末を迎えて、年を越して、短い冬休みはあっという間だった。


クリスマスの街は浮かれていて、2人きりで歩くのがなんだかすこしこそばゆくて、でも楽しくて。もっともっと、これからも楽しい事が出来たらいいな、なんて思って、でも。



またね、と約束したはずの3学期に、彼の姿は無かった。

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