第34話

噂と言うのは直ぐに広まるんだなあ、というのを痛感する。


今朝からクラスのあちこちで嫌なざわめきが聞こえてくる。チラチラと動く視線の先には春原くんの机があって。


「・・・嫌ね。」


何が、とは言わずさっちゃんが顔をしかめる。塚田くんも頷いて、困ったように春原くんの机を見つめた。又聞きの又聞き。根拠のない噂程よく広まるというのは本当だ。

春原くんの机に視線が集まるという事は必然的に私も視線を感じてしまい、何とも言えない気持ちになって握り締める手に力がこもる。


「そういえばアイツさ、遠くの中学校から来てるよな。」


嫌なざわめきは静まらなくて、

そしてそのうち、一線を誰かが破った。


「なんか俺、今は両親じゃなくておばあちゃん家で住んでるって聞いた事あるぜ。」

「なにそれ、絶対訳アリじゃん。」


徐々にザワザワが大きくなっていく。

ええじゃあ、とか、でもそれは、とか、勝手な憶測が飛び交って、俺はこう思う、私はこう思う、好き放題言い出すその声はとても冷たく聞こえる。・・・ああ、嫌だ。


いつもにこやかな塚田くんの表情が険しくなっていくのが分かる。さっちゃんも、拳を握り締めていて。


「春原って何考えてるのか分からない所あるもんな。」

「確かに。裏でそういう事してるっていわれても、納得しちゃうかも・・・。」


おいっ、と耐え切れなくなって塚田くんが声を上げたと同時に、バンッ、と大きな音がして、その音に皆顔を挙げた。噂話がやんで、教室全体が静かになる。机に手を強く叩きつけた音、その一点に視線が集まる。


机をたたいて立ち上がったのは、私だ。


「・・・確かに、春原くんは、いつも寝てるし、授業全然聞かないくせに頭いいし、人の事小馬鹿にするし、すぐ揚げ足とるし、興味ない事にはとことん冷たいし、身長低い事コンプレックス過ぎて怖いし、」

「結依。ディスってるディスってる。」

「ていうか隣になってからなんか先生に当てられる回数増えたし、頭揺らし過ぎてデフォルトで私も目立つし、後輩からの視線は痛いし、まずなんであの中年独身はそんなに私に辺りが強いのか・・・」

「秋山。関係なくなってるから。」


両隣からツッコミが入る。危ない、なんか脱線してしまっていた。

とにかく、とコホンと咳払いをして。

私が言いたいのは。


「私は春原くんを信じてる。でもだからみんなも信じろって言うんじゃなくて、色々言うのは本人が喋ってからでいいじゃん。私は他の学年の人に、他のクラスの人に憶測で何言われたって構わないけど、でもこのクラスの皆に言われるのは悲しいよ。一緒に過ごしてきた皆の中で、嫌なザワザワが広がってくのは悲しいよ。」


春原くんはそんな人じゃない。私は心の底からそう思っている。でもそうは思えない人もいるかもしれない。それはそれで仕方のない事だけど、でも、どちらにしたって今言う事じゃない気がする。何も分からないうちに言ったって、本当に何も分からないままなんだから。


「・・・結依。」


私の名前を読んで、さっちゃんが拳に手を添える。その時に初めて自分が手を強く握りしめていた事に気づいて。・・・いや、待って。


「さっちゃん!手が真っ赤になってる!!なんで!?!?」

「そりゃあんだけ強く叩けば赤くなるでしょ。」

「あ!忘れてた!どうりでヒリヒリするわけだ!!」

「数分でなんで忘れるかね・・・。ほら、冷やしに行こう。」


さっちゃんに手を引っ張られてそのまま教室を出る。と、一緒にクラスメイトが何人か付き添ってくれて。

保健室で氷を借りて、次の授業が始まるため皆は教室に戻っていった。私は手の痛さを理由にして、保健室に居座る事にする。

・・・私だって、気まずいという感情くらいある。


「あーあ、やっちゃったあ。」


ため息とともに独り言が漏れた。皆にどう思われたかな。ていうか春原くんは本当に何してるのかな。私はどうしてればいいのか。ああ、もう。


色々と考えると涙が出てしまいそうだから、考える事を放棄して椅子に座ったまま窓の外を眺めた。保健室の真下は正面玄関で、せわしなく出入りする業者の人の姿見えた。

大変だなあ、なんて他人事で眺めていれば、丁度正門から出て行くリュックを背負った男の子。少し癖毛の茶髪。ダルそうな歩き方。


間違いない。そう思った瞬間に保健室を飛び出していた。


「おい!どこに行くんだ!」


途中、よりによって生徒指導の先生に掴まる。授業中でほとんど人がいない廊下を全速力で駆けているんだ、目に付くのは当然だろう。無視することも出来ないけど、でもじゃあなんて言って説明すればいい?ああもう。どうすればいいの。


上手く言葉に出来なくて、その分込み上げてくる涙と闘いながらそれでも懸命に言葉を探す。いっぱいいっぱいの私の前に立ちふさがったのは、シワ一つない制服。


「先生。彼女には事務室に行ってもらう所なんです。」

「なんで授業中に・・・。」

「具合が悪くなってしまった生徒がいて。親御さんと連絡を取るために、彼女に事務室に伝えてもらおうと思って。」


飄々とした顔で嘘をつく会長は、チラリ、と後ろを振り向いて。

信じ切っていない顔で何かを言おうとした先生に、今度はまた別の声がかかる。


井上いのうえ先生、小テストの時間終わりましたよ。」

「まだそんなに経ってないだろう。」

「経ちましたよ。早く早く、答え合わせお願いします。」

「分かった。今戻る。」


教室の窓から顔をのぞかせた舞先輩はそう言って先生を教室に呼び戻す。

もうそんな経ったかな・・・と呟く先生に、時間が経つのって自分が思ってるよりも早いんですよね、と舞先輩がチラリと井上先生の薄くなり始めた後頭部を見たのを私は見逃さなかった。難易度の高い煽り。さすが舞先輩、アッパレ。


納得いかない顔のまま、けれどそれ以上何も言わず教室に戻っていく先生を見ながら、会長は私の背中を押してくれて。


「廊下は走るな。と言いたい所だが、急いでるんだろう。早く行くといい。」

「っ!ありがとうございます・・・!」

「ただ周りはきちんと確認するんだぞ、いいな。気を付けて。」


その言葉に力強く頷く。背後からあれ~、すみません。まだあと10分もありました。なんて微塵も悪いと思って無さそうな舞先輩の声が聞こえてきて、心強すぎる味方に走る足取りが軽くなったような気がした。

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