第40話

「そうか・・・。」


翌日。事の顛末を、会長にかいつまんで話す。舞先輩が自分で話すと言っていた大学の事、あと番長の事も会長には内緒だ。2人だけの秘密だと、約束したのだ。

そこを秘密にしたら会長に話せることは大分少なかったのだが、でも彼は舞先輩が悩みはあるものの元気だという事に安心したようにため息をついて。


「色々すまなかったな、ありがとう。」

「いえいえ。そんなことないです。」


あの、と続けて声を上げれば、会長が眉を上げて答える。


「余計なお世話だと思うんですけど、でも。舞先輩と、しっかり話してみて下さいね。」

「・・・分かった。」


こんな事他人に言われたくないと思うけど、そういえば会長は笑って大きく首を振る。


「秋山くんは、人だけど、他人ではない。大事な友人だ。」

「・・・!」

「そんな友人のアドバイスが、迷惑な訳ないだろう。」


当たり前の事のようにそう言うから、なんだか少し泣きそうになってしまった。

・・・卒業って寂しいな。寂しいよなあ。





私服校の卒業式は袴で出る人も多いみたいだけど、この高校は制服校だから、式に派手さはあまりなかった。けれど卒業生用のコサージュをつけて色紙や花束を貰えば、徐々に視界は鮮やかになって。


「・・・お疲れ。」

「お疲れ様。答辞、立派だったわよ。」


ならよかった、と須藤君は安心したように息を吐きだした。

卒業式であっても、いや卒業式だからこそ?役員の役割は少なくない。この後も教室に戻ってやらなければいけない事があるけれど、しばしの休憩だ。


校門の前には保護者、部活動の後輩、多くの人が集まっていて。色紙を渡したり写真を撮ったり、笑顔と涙が溢れている。

その端っにある自転車置き場の段差に2人で腰かける。


「・・・大学の事、黙っていてごめんなさい。」


しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

親との戦いにも決着がついて、なんとか千葉の大学への進学を認めてもらうことが出来た。その日のうちに、須藤くんに大学の事は全て伝えていて。


「心配してくれてるの分かってた。でもこれは、私一人で決着をつけなきゃって思ってたの。酷い事も言ったりして、ごめんなさい。」

「謝る事じゃないだろう。戦いきった舞は立派だ。」


まるで武士のような彼の言い方に思わず笑ってしまう。彼もつられて笑って、ああ、と声を出した。


「あの猫の事だが。」

「・・・結依ちゃんから聞いたの?」

「え?なんで秋山くんが出てくるんだ?」


猫の事は、結依ちゃんと2人の秘密にすると決めていた。だから須藤くんがその話題を出したことに驚いて、彼女の口が滑ったのかななんて思ったけどどうやらそうではないらしい。


「ずっと面倒見ていただろう。あの植木の所で。」

「・・・気づいてたの?」

「気づかれていないと思ってたのか?」


須藤くんは呆れたように息を吐く。あのなあ、と言葉を続けて。


「何年一緒にいると思ってるんだ。全く。」


何でもない事のようにそう言ってのけた彼。

ああ本当に、この人は。


「実はな、親戚に猫を飼いたいって言っている人がいて。」

「本当に!?」

「ああ。舞が良ければその人にお願いしようと思っているんだが・・・やっぱり不安だよな、一度信頼に足る人か会ってみるか?」

「何言ってるのよ。」


今度は私が呆れる番だった。

はあ、とため息をついて彼の顔を真っすぐに見つめる。


「須藤くんが紹介してくれる人だもん。悪い人な訳ないじゃない。」


私の言葉に須藤くんが少し照れたように笑う。から、私も少し恥ずかしくなってしまう。そっか。バレてたのか。でも猫の存在には気づきつつ、恋煩いを疑ってしまうのがまた須藤くんらしいな、なんて思った。


「さあ。片付けに戻ろうか。」

「そうね。」


石段から立ち上がって、1つ大きく伸びをした。先に歩き出した彼は私の方を振り返って、舞、と名前を呼ぶ。


「卒業、おめでとう。」

「・・・須藤くんも、おめでとう。」


お互いに言い合った小さなありがとうの声は、雲一つない青空に吸い込まれていった。




真っ青だった青空に夕焼けが差して、人の量も減ってきた校舎の入り口。そこから少し外れれば使われていない下駄箱があって、そこによりかかったまま空を見上げる。


「・・・卒業、おめでとうございます。」


後ろから聞こえてきた声に振り向けば、そこには早紀さんが立っていた。呼び出したのは自分だ、だから驚く事はなくて。

彼女はお花を手渡してくれて、感謝の言葉と共に受け取る。それと入れ違いに俺も彼女に小包みを差し出した。


「これ、受け取ってくれないか。」

「え、でも・・・。」

「感謝の気持ちだ。大したものではないんだが。」


躊躇いながらも小包みを受け取った彼女がゆっくりと包みを開く。その中身は彼女が好きなキャラクターのキーホルダーで。初めて拾ったシャーペンにも、このキャラクターが印字されていた。


「わあ!私この子!大好きなんです!」


うん、よく知っている。というのは少し気持ち悪いなと自覚して口に出さなかった。

早紀さんが嬉しそうにキーホルダーを胸に抱える。その姿に何とも言えない気持ちになって。気づけば彼女の名前を呼んでいた。


「最後に少し、お願いを聞いてくれないか。」


無言のまま彼女が頷く。

拳に力がこもる。ごくりとつばを飲み込んで。勇気を出して。頑張れ自分。


「れっ、れれ!」

「・・・れ?」

「れ・・・連絡先を教えてくれないだろうか・・・!」

「へ・・・?」

「あっ、嫌だったら全然っ、連絡は緊急時にしかしないようにするしっ、そのっ・・・もしも、もしも良ければの話であって・・・!」


虚を突かれたような彼女の声に慌てて言葉が滑り出す。何も聞こえてこない空間に不安が募ってゆっくりと顔を上げれば、彼女はなんだか脱力したように笑っていた。


「なんだあ・・・いいですよ、もちろん。」

「本当か!?」

「当たり前じゃないですか。」


ていうかお互い知らなかったんですね、と言いながら早紀さんが近づいてきて、何てことないように連絡先を追加してくれる。


「この後も役員の仕事あるんですか?」

「いや。もう終わりだ。ただ最後に花巻先生のところにだけ行かなきゃいけなくて。」

「そうなんですね。あの人さすがに今日はスーツ着てましたね。」

「たまにしか見ないから違和感しかないがな。」


早紀さんがふふっと笑う。花巻先生はスーツ嫌いで有名で、普段はなかなかスーツ姿をお目にかかれない。・・・まあ今日も式が終わった瞬間すぐにネクタイを緩めていたんだが。


そのまま少し談笑していれば、落ちていく夕日が一番眩しい角度に差し掛かる。

眩しい光に目がくらんで、もう少しすれば暗くなってしまうんだなあと当たり前の事になんだか寂しくなった。


「・・・じゃあこれで、私は先生の所に行ってくる。」

「分かりました。」


少し名残惜しさを感じつつも、暗くなる前に彼女を帰してあげなければと自分のカバンを抱え直す。

早紀さんはペコリと頭を下げて、キーホルダーを再び大事そうに抱えた。


「これ、大切にします。本当にありがとうございました。・・・お元気で。」


そう言う早紀さんに僕も手を挙げて答える。歩き出す前に、彼女は少しだけ固まって何かを言いかけた。けれど、彼女は結局何も言わずに、手を振って反対方向に歩き出す。

そのまま遠くなっていく彼女の背中を見つめる。ふつふつと気持ちが沸き上がってきて。


本当に、これでいいのだろうか。

僕は伝えたい事を全て伝えられたのだろうか。

これで。これで本当に。


後悔しないだろうか。


「早紀さん!!!」


気付けば、彼女の名前を大声で呼んでいた。


小さくなっていた背中が振り返って、驚いように僕を見つめる。


「っ!さっきは嘘をついてしまった!緊急時だけと言ってしまったが、一日一通、それが嫌だったら一週間!一か月!いや半年!・・・に一度でもいいから、メッセージを送ってもいいだろうか。」


言葉がボロボロとこぼれだしてくる。いつもは何度も頭の中で反芻しなければ上手く話せないのに、今は自然と言葉が出た。


「東京には桜の名所が沢山あるから、写真を送ってもいいだろうか。綺麗なものを見たらきっと早紀さんにも見て欲しくなってしまうと思うんだ。」


距離があって、彼女がどんな表情をしているかはあまりよく見えない。でもいいんだ。後悔したくない、伝えきりたい。あの時こうしてればなんて言葉は絶対に使いたくない。


「あとは、たまにほんのたまに、電話をかけてもいいだろうか。嬉しい時楽しい時だけじゃなくて、きっと苦しい時、どうしようもない時にも、君の声が聞きたくなると思うんだ。」


あとは、あとは、もう全部言ってしまえ。


「少し落ち着いたら東京に遊びに来てくれ。ちゃんと案内が出来るように勉強しておく。だから、だから・・・。」

「会長。」


いつの間にか戻ってきてくれた早紀さんが、僕の目の前に立つ。少し下から僕を見つめる彼女は、微笑んでいて。


「全部、いいですよ。」

「へ?」

「だから、メッセージも、写真も、電話も、いいに決まってるじゃないですか。」


いつも自信満々な彼女が少しだけ、今は照れたように笑う。


「東京にも遊びに行かせてください。私も大会が終わってからとかになっちゃうかもしれないけど、でも、必ず行かせてください。」


はい、と早紀さんが小指を出す。反応できずに戸惑っていれば、彼女はもう、と俺の小指に小指を絡ませて。


「約束ですからね。」


なんて言って笑った彼女は、いつものように自信満々な姿に戻っていて。

大きく頷いて、もう少しだけ2人で夕日を見つめていた。そこに会話は無かったけど、でも、それもなんだか心地よくて。


夕日に照らされる彼女の横顔は、やっぱり美しかった。この世界のどんなものよりも、美しいと思った。

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