クリスマスは雪が降るといい

第30話

英語の授業中、ふああと欠伸がこぼれる。


ぼーっとしていたことを先生に叱られつつ、窓の外に目を向ける。窓の外はパラパラと雪が待っていて。


中年独身教師はなんだか今日はいつもに増してイライラしていた。ごめんなさいこんな呼び方しちゃいけないね。秋山反省。

でも外を見てご覧よ。雪が降っているよ。あのしとしとと降り積もる雪のように先生も穏やかに生きようよ、ね。


「はい!クリスマスパーティーがしたいです!」

「そっか、もうそんな季節だね。」


4限の英語の時間から考えてました!そう言えばだからまた怒られてたのね、と一蹴。ええその通りです。あの先生にまた嫌われた気がします。


「いいね、クリスマスパーティ。」

「あれ、塚田くんは彼女さんとのご予定があるのでは。」

「あっはははは。秋山。静かに。」


にこやかな笑顔なまま塚田くんが自分の口に人差し指を当てる。ただ目が笑っていない。瞬時に事情を察知。

少し前まで他校のサッカー部のマネージャーの子と付き合っていると言っていた塚田くん、どうやらその話はこれから先禁句のようだ。


クリスマスね、練習あるかなあ、と呟くのはさっちゃん。新人戦前に大スランプに陥っていた彼女だが、本番では自己ベストを更新した。結果を聞いて思わず抱き着けば、当然よ、なんて言って笑って。やっぱりさっちゃんは誰よりもかっこいい。


「・・・ねえ、聞いてる?」

「・・・。」

「おーい。」


こっくり、こっくり、春原くんは今日も頭をゆらゆらと揺らしている。全然聞いてない、駄目だこりゃ。


「こいつ寒くなってくるとさらに寝るよな。」

「ほんとに。冬眠でもするんじゃない?」

「確かに・・・しそう・・・。」


塚田くんは腕を組んで、さっちゃんは机に肘をついて、わたしは顎に親指と人差し指を当てて、各々春原くんを観察する。さすがに視線を感じたのか、ゆーーっくりと彼の瞼が開く。


「・・・怖。」

「だろうね。」


目覚めた瞬間見つめられていたらそりゃ怖いだろう。

眠たそうな目をこすって、春原くんは一つ欠伸をする。そのまま窓の外に目を向けて、あ、と声を上げる。


「見て、雪降ってる。」

「2限終わりくらいから降ってたけどね。」


今更気づいたのかと呆れ顔のさっちゃんに気づいているのかいないのか、のそのそと立ち上がった春原くんは窓際に近づいて、もう一度こちらを振り返る。

2限終わりから降ってたんだ。わたしも4限に気づいたな、なんてことはもちろん口にしなかった。


「ねえほら、雪。」


いつもより少し目を開いて、なんだか少し嬉しそうに私たちを手招きする。

なんだよ可愛いなこら。




「クリスマス会。どこでやろうねえ。」

「やるの決定だったんだ。」

「え!?やらないの!?」

「・・・眉毛、下がりすぎ。」


私の顔を見て春原君が吹き出す。

なんて失礼な。だってしょうがないじゃんクリスマス会したいんだもん。季節を感じたい!ケーキを食べたい!プレゼント交換がしたい!!


少しだけ雪が残っている通学路を春原くんと2人で歩く。

そういえば帰り道一緒に帰るのは珍しいな、なんて少し不思議な気分になって。


「春原くん、おうちどの辺なんだっけ?」

「駅の近く。歩いて20分くらいかな。」

「へー。じゃあ家とも近いかも。あれ、でも中学別だよね?」

「一緒だったよって言ったらどうする?」

「土下座して謝る。」


土下座見たかったけど残念ながら違うよ、と春原くん。良かった。いやでもこんな不思議な人いたら私でもさすがに覚えてるよね。

じゃあ中学校どこだったの、なんて特に意図もなく流れで聞けば、彼は少し言葉を詰まらせたのが分かった。


「・・・新田中。って聞いた事あるかな。」

「うーん。ないかも。」

「隣の隣の市くらいにあった。」

「そんなアバウトな。」

「その時は実家から通ってて、今はじいちゃんばあちゃんちから通ってる。」


全く知らなかった情報を取り込むのに少し時間がかかる。「実家」なんて表現まるで大人みたいだ、なんて馬鹿なことを考えた。


「そうなんだね。・・・実家、って言うのってなんか大学生みたいだね。大人みたい。」


あれ、考えただけじゃなくそのまま口に出てしまった。


春原くんはいつもの呆れ顔で私を見る。全くこいつは・・・というため息が聞こえてきそうだ。


「そうやって返されたのは人生初めてだ。」

「ごめんなさい。」

「なんで謝るの?」


呆れたまま春原くんは笑って、その笑顔は少し寂しそうに見えた。少し力の抜けた、柔らかい笑顔。笑顔すら珍しいのに、こんな表情は初めてだ。


「あ、別に両親健在だよ。全然会ってるし複雑な家庭環境とかじゃないから。」


そう言った彼は立ち止まった私の正面に立って、

人差し指で私の眉間をつつく。


「だから、そんな悲しい顔しないで。」

「・・・別に、普通の顔だったよ。」

「いつもはもっと可愛いよ。」


サラッと爆弾発言しつつ、彼は直ぐ背を向けてまた歩き出す。

無意識のうちに眉間にしわが寄ってしまっていたようだ。


「昨日も夜ご飯一緒に食べたし。なんなら連絡してき過ぎてうるさいくらい。」

「春原くんの事が心配なんじゃない?」

「だと思うよ。」


なんていって両親からの愛を素直に受け止めるのが意外で、でも微笑ましくて。


彼は鼻までマフラーで覆っていて、でもその手はそのままで寒そうに手をこすり合わせる。指先まで真っ赤だ。寒いのは苦手らしく、うーん、とってもイメージ通り。

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