それぞれの憧れ

第47話

「いいか!夏を制するものが受験を制す!」


この言葉を聞くのは既に何度目だろうか。

気付けば制服は夏服に変わっていて、外ではミンミンとセミが鳴いている。特別講師で来たというこの先生は、某有名塾から来たらしい。


「志望校もそろそろ固めなきゃな!目標が明確な方が絶対に人は頑張れる、そう思わんかね!!」

「・・・ん・・・ええ・・・お、思います・・・。」


汗でびっしょりのワイシャツをまくり上げた特別講師が突然私の方を指さす。なんでいきなり、変な声出ちゃったよ。


そのまま受験までの勉強の計画だったり、センター試験の事だったり、科目の絞り方だったり、案外タメになる事を話してその先生は帰って行った。続けて放課後のHRが始まって、花ちゃんの気の抜けた号令と共に解散になる。


「進路かあ・・・。」

「結依志望校決まってるんだっけ?」

「ううん。進学はしたいなあと思ってるんだけど。」


そっか、とさっちゃんが頷く。

先週、さっちゃんは陸上のインターハイに出場して部活を引退した。さすがにインターハイへ応援に行くことは出来なかったのだが予選会での走りは見に行くことが出来て、やっぱりさっちゃんは誰よりもかっこよかった。

サッカー部は県大会で負けてしまったと塚田くんが笑って話していたけれど、その顔には少しまだ悔しさがあった。けど今はもう勉強に切り替えたようでその表情はいつにもまして爽やかだ。


「よし、ジャン負けアイスな。」

「乗った。」

「「「最初はグー、ジャンケンポイ!!!」」」


言い出しっぺが負けるの法則、やはりある。

悔しそうに呻きながら塚田くんがお財布を取りに自分の席へと戻る。2人が部活を引退してから、こうやって放課後の教室で話すことも増えて。

楽しいなあ。けどなんか、寂しくもある。


「さっちゃんは?やっぱり推薦?」

「かなあ。折角声かけてもらったし、まだ陸上、続けたいし。」

「すごいなあ本当に。塚田くんは?」

「俺は教育系の大学に行きたいと思ってる。教員になりたくて。」

「へええ、似合いそう。」


塚田くんが買ってきてくれたアイスを食べながら、皆の進路を聞いてみる。

なんだなんだ、みんな思ったよりも全然ちゃんと決まっているじゃないか。祈るような気持ちで横を見れば、春原くんは大きな欠伸をしながら答える。


「俺は医大に行きたいかなあ。」

「!?!?裏切者!!」

「え?どの辺が?」


いつかの裏切り再発だ。春原くんまでちゃんと方向を決めてるなんてずるい。こんなのひどい(ひどくない)。


・・・皆ちゃんと考えてるんだな。それに比べて私はまだ就きたい職業はもちろん、どんな分野の勉強をしたいかもイメージ出来ていない。自分がやりたい事も分かっていなくて、少し、焦る。


そして何より寂しいのだ。来年になれば受験をしなければいけない、卒業をしなければいけない、皆と離れなければいけない、当たり前の事なのにすごく寂しくて、一生この時間が続けばいいのに!なんて、ちょっと本気で思った。




朝からセミの大合唱が聞こえる。

気持ちいいくらいに晴れた休日の朝、私はあくびをしながら学校へ向かっていた。

塚田くんからサッカー部の引退試合があるからぜひ、と誘われたのは数日前。生徒も保護者も含め観覧自由で引退試合を行うのがサッカー部の伝統らしく、そういえば去年も女の子たちが騒いでいた気がするなあ。


サッカーをしている塚田くんを最後に是非拝もうとさっちゃんと春原くんとグラウンドの近くで待ち合わせだ。既に部員たちはアップを始めていて、保護者とみられる人々もちらほら。ビデオカメラをセットしたり、ビニールシートを腰かけたり。小さい子達もいてお兄ちゃんの試合を見に来たのかなあなんてなんだかほっこりしてしまった。


そんなことを考えながら歩いていれば、前から前が見えないほどの荷物を抱えた男の子が歩いてくるのが見えた。フラフラと歩く男の子は、小さな段差に躓いてそのまま持っていたカゴを一つ落とす。あらら。


「大丈夫ですか?」

「わっ!すいません!!」


カゴから転がったボールを拾えば、1年生だろうか。ユニフォームに身を包んだ彼は私と変わらないくらいの身長で、ペコペコ頭を下げながら一生懸命ボールをかき集める。

そのまままたカゴを荷物の上に重ねて、そして私にありがとうございました!と礼をする、からその勢いでまたカゴからボールがこぼれおちる。アホの子か。人の事言えないけど。


「すすす!すいません!」

「いえいえ。私、お手伝いしますよ。」

「そんな!申し訳ないです!」

「大丈夫です。どこまで運べばいいですか?」


全ての言葉にビックリマークがつく話し方をするたけのこボーイ(髪型)は、申し訳なさそうにしながらも私にカゴを渡す。ありがとうございます!と何度も繰り返す彼はやはり1年生のようで。


「今日で3年の先輩は最後なので!気持ちよくプレーできるように俺たちが頑張らないと!」

「大変だねえ・・・。」

「そんなことないっす!毎日楽しいっす!」


キラリ、と効果音が付きそうな笑顔で笑う。

そのままたけのこボーイと談笑しながらしばらく歩いていれば、おい!と少し遠くから声がして、思わず肩をすくめる。


「1年!テントの準備やっといて!」

「はい!!今行きます!!」


グラウンドのフェンスの内側からかけられた声に、たけのこボーイが焦ったように返事をする。返事をしたはいいものの部室まではまだ距離があって、彼は荷物を見たりグラウンドをみたり軽くパニック状態だ。こんなに分かりやすい事あるか。


「いいよ。私これ持っていくよ。」

「でも・・・。」

「早く行かないと怒られちゃうでしょ。大丈夫だから。」


少し困った顔のまま固まって考えた彼は、すいません!と大きく頭を下げる。

このご恩はいつか必ず!となんだか古めのセリフを残してその場を走り去っていった。私も手を置きく振って叫ぶ。頑張れ!たけのこボーイ!


・・・さて。


「どうやって運ぼう。」


引き受けたはいいものの、これは3往復はマストだ。ああもっと筋トレしとけばよかった。まずはボールが入ったカゴを重ねてゆっくりと歩き出す。まずは一往復。既にプルプルし始めている腕に今度はゼッケンが入ったダンボールを抱える。ひいい、と声が出そうになるのを我慢してそのまま一歩踏み出そうとすれば、横から伸びた手が私の手に重なった。


「なんで結依先輩がこれ運んでるんですか。」

「・・・某チョコレートはたけのこ派だから?」

「意味わかんないです。」

「だろうね。私も意味わかんないもん。」


そのまま柳くんはひょいとダンボールを抱えてくれる。あとは俺が運びます、なんて言ってくれたけどこれは私が引き受けた仕事!最後までやらしてくれと懇願したら代わりに柳くんのスポーツバックを持つことになった。役立たずでごめんなさい。


「今日は柳くんも出るの?」

「はい、多分。」

「そっか。サッカーって人数多いし遠いからなあ。ちゃんと見つけられるかな。」

「見つけてくれなきゃだめですよ。」


呆れたように笑った柳くんはあっという間に荷物を運び終えて、そのまま校庭へと走り去っていた。と思ったら途中で振り向いて、『見つけてくれなかったら怒っちゃいますからねー!!』と叫んで私に大きく手を振ってくれる。可愛いなあおい。養うぞ。

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