第48話

ホイッスルの音と共に歓声が飛び交う。保護者の人々の声だったり、制服姿の女の子たちの声だったり。さっちゃんが買ってきてくれたチョコレートを口に入れながら、私も必死に塚田くんの姿を追った。サッカーをちゃんと見る機会なんてなかったからすごく新鮮で、気づけば試合に夢中になってしまっていた。


「いけ!走れ!!」

「きゃー!!頑張ってー!!」


色んな人の声援が飛び交う中颯爽とドリブルしているのはおそらく柳くん。私も思わず手に力が入ってしまう。そのまま相手をかわした柳くんは、体制を崩しながらも足を振り向く。シュート!決まった!!


「きゃー!!!」


黄色い悲鳴が飛び交う中、柳くんがキョロキョロと観客の中で誰かを探しているのが分かる。そのうち柳くんの視線は一点で止まって、満面の笑顔で大きくブイサインを作る。その視線の先にいた女の子は顔を赤らめて、バカ!と小さく呟いた。なんてかわいい。エプロンがよく似合う彼女は、今日は私服姿だ。微笑ましくてじっと見つめてしまえばキッと睨まれてしまった。睨んだ顔も可愛いよ、我らが美和ちゃん。


そのまま試合は進んで、今度はまた違うチームでの対戦となるらしい。惜しくも大会ではレギュラーになる事ができなかった生徒の保護者だろうか。次のメンバー発表を聞いて涙ぐんでる人の姿も見えて、なんだか私も胸が締め付けられる。


「ちょっとトイレ行ってくるね。」

「はーい。迷わないでね。」

「私入学して3年目なんですが。」

「それなのに迷うのが秋山でしょ。」


さっちゃんと春原くんからのダブルパンチ。秋山のHPは減少した。


一番近いであろう体育館裏のトイレを目指して歩いていれば、体育館の日陰でうずくまっている男の子とその背中をさする女の子の姿が見える。どうしたんだろう。

声をかけてみれば、どうやら熱中症っぽくなってしまったみたいだ。よく見ればその男の子はゼッケンをつけていて、さっきまで試合に出ていたのだろうか。

マネージャーであろう女の子は2Lのスポーツドリンクや氷嚢を抱えている。誰かに届ける所なのかな。


「あの、私で良ければ保健室まで連れてきますよ。」

「えっ・・でも・・・」

「大丈夫。応援したい人の試合ももう見れたし。」

「すみません・・・!」


何度も頭を下げる女の子に手を振って、しゃがむ男の子に声をかける。すみません・・・と弱弱しく呟く彼の顔を覗き込めば。あ。


「今朝の・・・」

「たけのこボーイ!」


驚いた顔をした彼は、そのたけのこボーイって何なんすか・・・とビックリマークのかけらもない声で呟いた。




「大丈夫?」

「はい、だいぶ楽になりました。ありがとうございます。」


たまたまいた花ちゃんに保健室の鍵を開けてもらって、ベットでしばらく休んでいればたけのこボーイ改め新橋にいはしくんの顔色はだいぶ良くなった。良くなったが、今度は新橋くんは違う意味で頭を抱える。


「あああもう!なんで俺ってやつは!!」

「まあまあ。」

「せっかく先輩と試合できるチャンスだったのに・・・!」


どうやら彼は試合後だったわけではなく、この後の試合に出る予定だったらしい。名前を呼ばれゼッケンをもらい、先輩と試合できる事が嬉しくて張り切ってアップをしていれば体調を崩してしまったという。

部員数の多いサッカー部。相当上手くない限り3年生とプレーを出来る機会はそうそうなくて、今日が最後のチャンスだったのに、と彼が呟く。


「俺、ずっとあこがれてる先輩がいて。中学校も一緒だったんすけど、その先輩を追っかけて高校決めたんです。」

「へえ、そうなんだ。」

「誰にでも平等に優しくて、でも怒るところはきっちり怒ってくれて。自分自身に対してはすっごいストイックなんです。練習に手を抜いてるところとか、見たことなくて。」


当時の事を思い出したのか、新橋くんは懐かしむように小さく笑う。


「俺は体も小さいし、頭脳派でもないし、要領も悪くて先輩にも先生にも怒られて。同級生にだって馬鹿にされて。何回も本気でやめようと思ったことがあるんです。でもそのたび、声をかけてくれて。」


『俺は好きだよ、お前のプレー。』

かけてくれるその言葉が嬉しくて、彼はやめる事なくサッカーを続けられたそうだ。


「まあでも俺ずっと下っ端だったんで。先輩はそんなこと覚えてないと思うんすけどね。」


ヘヘッ、と誤魔化すように笑った新橋くん。その笑顔が少し寂しそうで、そんなことない、と声を上げようとしたと同時に保健室のドアが開く。入ってきたその人は、驚いたように私の名前を呼ぶ。


「秋山だったのか。助けてくれたの。」

「塚田くん。お疲れさま。」


タオルを首からかけた塚田くんの額には汗が浮かんでいて、試合直後なのだろう。『部員の妹さんだと思います』ってマネージャーが言ってたから秋山だなんて思わなかったよ、なんて塚田くんが爽やかに笑う。ツッコミたいけどツッコミません。多分傷つくだけなんで。


「悪かったな、うちの部員が迷惑かけて。」

「全然迷惑なんてかけられてないよ。」

「ありがとう。新橋、大丈夫か。」


問われたはずの新橋くんの返事が無くて振り向けば、そこにいた彼は真っ赤な顔をして口をパクパクと開けていた。そのまま彼は勢いよく立ち上がる。大丈夫か病み上がり。


「あああああの!お、おれ!!」

「うん?」

「塚田先輩に、ずっと憧れてて・・・!」


彼が拳を強く握りしめているのが分かる。


「先輩みたいになりたくて、サッカー続けてきました!覚えてないと思うんですけど、辞めたいって弱音はいてる俺に先輩がいつも声かけてくれて・・・。今日も先輩とプレーできるの楽しみにしてたのに、」

「覚えてない訳ないだろ。」

「!?本当ですか!?」


塚田くんが呆れたように笑って頷く。そのまま昔を懐かしむように笑って、その顔はさっきの憧れを語る新橋くんの表情とよく似ていた。


「ひたすらボールしか追わないからもっと周り見ろって怒られて、すぐ熱くなるから審判に目え付けられやすくて、試合中に転んで怪我したって絶対交代しないって監督にメンチきってたのは伝説だろ。」

「うっ・・・それは・・・」

「でも俺は、そういう新橋のプレーがすげえ好きだったよ。」


塚田くんの言葉に新橋くんが驚いたように顔を上げる。塚田くんは一歩近寄って、ポンポン、と彼の背中を叩いた。


「別に今日卒業する訳じゃないんだから。また練習にも顔出すしさ。そん時また一緒にサッカーしようぜ。」

「塚田先輩・・・」

「新橋がこれからどんな選手になるか、楽しみだな。」


ニコッと効果音が付きそうな笑顔で塚田くんが笑う。唇を噛んで俯いていた新橋くんは、ついに俯いてしまって。


「俺っ・・・絶対もっと上手くなります・・・っ・・・!絶対塚田先輩みたいな先輩になります・・・!」

「おいおい、泣くなよ。」


困ったように笑った塚田くんだけど、その顔には嬉しさが見えた。なんだか私も胸がいっぱいになってしまって静かに保健室を出る。いいなあ。何かを頑張ってる人は、やっぱりすごくかっこいい。

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