嫉妬深いと婚約破棄されましたが、どうやら惚れ薬を飲まされていたようです

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第1話醜い悪役令嬢は嘲笑われる

「アラベラ・アンドリュース公爵令嬢、貴様は嫉妬を募らせるあまり聖女エミリを害そうと企てた!」


 王宮内のダンスホールに青年の大声が響き渡る。

 その場にいる者の大部分の視線が己の方を向いたことを確認しサディアス王太子は再び声を張り上げた。


「そのような浅ましい女は未来の王太子妃に相応しくない、よって本日限りで婚約を破棄する!!」

「いやっ、サディアス様、それだけは御容赦ください!」


 王太子の朗々とした宣言が終わった直後、その近くから悲痛な声が上がる。

 たった今婚約破棄された公爵令嬢が吐き出した悲鳴であることは明白だった。


 アラベラ・アンドリュース。今年十八歳になる名門アンドリュース公爵家の長女。

 そして五年前からサディアス王太子と婚約していた令嬢だ。


「お願いします、わたくしを愛してください、何でも捧げますから!お願いします!」

「うるさい、貴様も貴族の娘なら見苦しいふるまいは止めろ!」


 泣き叫びながら縋りつこうとしたアラベラをサディアスは容赦なく振りほどく。

 衝撃で床に叩きつけられながらも公爵令嬢は王太子からの愛を乞い続けた。

 だが酷く哀れなその光景に同情的な視線を向ける観客は少数だ。


 嫉妬に狂い美貌と理性を失った愚かな公爵令嬢。

 まるでオペレッタに出てくる、清く健気なヒロインを嫉妬で苛め抜く悪役令嬢。

 そう貴族間で嘲弄されるようになったのは一年ほど前。

 この国を突然襲った流行り病を瞬時に薬で癒した流浪の聖女エミリが現れてから数か月後のことだった。


 救世主という名に相応しい働きをした彼女は王城内の一室を住居として与えられ貴賓として手厚く遇されている。

 そしていつからか王太子と聖女が二人きりで語らう姿を城勤めの者たちが頻繁に目にするようになった。

 サディアスが着飾らせたエミリをパーティーに連れ歩くようになり二人の関係を貴族たちも知ることになる。


 けれど婚約者を奪われたアラベラを心から哀れむ者は少なかった。

 嫉妬する姿が余りにも醜く浅ましく滑稽だったからだ。


 彼女はエミリの姿を目にした途端大声で罵倒した。そこが城内でも、路上でもお構いなしに。

 時には獣のような唸り声を上さえした。

 それに対しエミリはただ涙を浮かべ悲し気にするだけだったので、アラベラの凶悪さがより引き立った。

 

 アラベラの容姿が醜く変わっていったことも、彼女の評判を下げた。

 艶やかだった真紅の髪は傷み、白磁のような滑らかな肌は吹き出物に荒れた。

 華奢だった体はぶよぶよとむくみ、きりりとした新緑色の瞳は血走り病的な光を放つようになった。


「余りにも醜い嫉妬心が、その顔と体に現れたのね」


 私たちはそうならないようにお手本にしましょう。

 ある日、令嬢たちのお茶会でそう口にする者がいた。

 同意し笑い声を上げる者はいても誰も婚約者を奪われつつある公爵令嬢に同情する者はいなかった。


 アンドリュース公爵家は数代前にも王妃を輩出している名門貴族だ。

 嫉妬に狂い別人のようになった娘を放置する筈は無かった。


 アラベラは間もなく卒業だった王立学院を休学させられた。

 そして療養の名目で公爵邸に引きこもることになった。

 彼女の父であるアンドリュース公爵が閉じ込めているというのが貴族たちの共通認識だった。


 かってアラベラは地位だけでなくその美貌で王太子の心を射止めた。

 そして複数人居た婚約者候補の中から選ばれた結果孝行娘の見本と呼ばれていた。

 しかしエミリの出現後は一転してアンドリュース公爵家の恥さらしと陰口を叩かれるようになった。

 

 今ナヴィスの多くの貴族が集結している場にアラベラの家族は一人もいない。

 王太子サディアスの生誕を祝う舞踏会。 

 そこに婚約者であるアラベラは精神の病気を理由に招かれていなかった。


 なのに彼女はやってきた。

 ろくに梳かれていない髪、化粧っ気の無い顔にみすぼらしいドレスと裸足という姿で。それはまるで悪霊のようだった。

 入口に居た令嬢が悲鳴を上げるような有様のアラベラはサディアスとエミリを見つけた。

 ホールの中央で金髪碧眼の王太子と黒髪を清楚に結い上げた桃色の瞳の聖女が微笑んでワルツを踊っている。

 それはアラベラには許しがたいことだったのだろう。


「わたくしのサディアス様から離れなさい、この悪女!」


 地を這う声で呪詛を吐きエミリに襲い掛かろうとしたところを衛兵たちに捕らえられたのだ。

 それでも暴れ狂う婚約者にサディアスは冷たい声で「喚くな、見苦しい」と言い放った。

 途端、借りてきた猫のようにアラベラは大人しくなる。しかしサディアスはそれで許したりはしなかった。


 彼女の頬を張り飛ばすとエミリの肩を抱き婚約破棄を宣言したのである。

 アラベラに同情する貴族は居なかった。

 面白がるか不快なものを見るようにするかのどちらかだ。


「お願いします、お願いします、何でも致します、愛してください、愛して……」


 焦点の合わない眼差しを王太子へ向けながらアラベラは病的な懇願を続ける。

 震えながら自分にしがみつくエミリを愛おし気に見つめたサディアスは唇を吊り上げた。  


「そうか、何でもするか」

「はい、何でも致します!」

「なら、そこから飛び降りてみろ」


 王太子が指差す先にはバルコニーがあった。興味津々に見守っていた貴族たちからどよめきが上がる。

 このダンスホールは三階に存在していた。そこから飛び降りたら捻挫どころでは済まない。

 けれどアラベラは躊躇わなかった。


「はい、わたくしは飛び降ります」


 そう不気味な程晴れやかな笑顔で告げるとフラフラと歩き出す。

 舞踏会への参加者たちは彼女が近づくと化け物を見たように道を開けた。

 そして夜の闇に染まるバルコニーへアザレアが足を踏み入れた瞬間、その腕を何者かが掴んだ。


「いい加減にしろ」


 短く、しかし深い怒りを孕んだ低い声。

 それはアラベラに向けられたものではない。


「従属国の小僧の分際でこの俺を呼びつけたのは、ナヴィスの王侯貴族が腐りきっている事を伝えたかったのか?」


 どうなんだ、サディアス・イディオット・ナヴィス。

 銀色の髪を夜風に纏わせ燃える赤い瞳で恫喝する美男子。

 その正体はオスカー・フォン・ヴェルデン。

 銀狼と言う異名を持つ、ナヴィスの宗主国ヴェルデンの第二王子だった 

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