第12話絶望の中の希望

「アラベラ嬢はプライドが高いな」


 鼻で笑うように言ったのはオスカーだった。


「なっ」


 全く予想しなかった台詞に、アラベラも思わず不満の声を上げる。

 慌てて口を閉ざしたがその頬は羞恥と彼への僅かな怒りに赤くなっていた。

 相手の態度を意にも介さずオスカーは話を続ける。

 イザークとディシアは口を挟める雰囲気で無いとことを敏感に感じ取り黙った。


「解毒薬がすぐ手に入らないからさっさと死ぬことにする?君の家族に申し訳ないと思わないのか」

「……家名を汚し、家族に迷惑をかけた償いが出来ないことは情けなく思います」

「俺はそんな話はしていない」


 落ち着きを取り戻したアラベラの言葉を銀髪の青年は一刀両断する。

 アンドリュース家の公爵令嬢は内心溜息を吐いた。これは完全に自分の失態だ。


 この宗主国の王子は善人なのだろう。だからアラベラに付き添い王城から公爵邸までついて来てくれたのだ。

 そんな彼の前で自害するなんて言えば怒られるのも当然だ。

 だがアラベラはオスカーと手をつないでいなければすぐに狂ってしまう。

 そして彼はこの国の人間ではない。大国の第二王子だ。

 身分だってアラベラの、いや父であるアンドリュース公爵よりずっと上だ。


 そんな彼をいつまでも傍に留めておくことなんて出来ない。

 寧ろ明日にでもこの屋敷を出て行ってしまうだろう。

 ならオスカーが今一緒にいてくれる時に出来ることは全部やっておこうと思ったのだ。

 口で言わず手紙に書いてこっそり兄にでも渡せばよかった。

 アラベラがそんなことを考えていると強く手を握られた。誰の仕業かは見なくてもわかる。


「君が死んで終わるのが正しいなら君の家族は一年も耐えていない」


 オスカーの言葉の強さに、アラベラは彼から目をそらした。

 半分は納得できる。

 自害なんて方法選ばなくても父ならアラベラを殺すことが出来た。

 サディアスに会わせてやると言えば狂ったアラベラは喜んで毒薬を飲み崖から飛び降りただろう。

 そんな都合良く行かなくてもこっそり食事に毒を混ぜ始末しても誰も責めない筈だ。


 でもオスカーに解毒の奇跡を使われたアラベラの体は健康そのものだった。

 逆に兄妹であるイザークやディシアの方がやつれている。

 だからこそ申し訳なくて、元凶の自分をさっさと消し去ろうと思ったのだ。


「それに……今やっと希望が見えてきたんじゃないのか?」

「希望……?」


 銀色の青年の言葉をアラベラは繰り返す。

 その通りだと妹のディシアが力強く同意した。

「そうですよ、アラベラ姉様。死ぬなんて二度と仰らないで!」

「でも……わたくしはオスカー様にこうやって触れられていないとすぐ狂ってしまうのよ?」


 妹ディシアの言葉にアラベラが目を伏せながら反論する。狂った時のことを自分が覚えていない。それが一番怖かった。

 理性が微塵も働かないという事なのだから。


「わたくしが又サディアス殿下に会いに行って、そして万が一その顔や体に傷をつけてしまったなら……」


 その場合処罰されるのはアラベラ一人だけではない。アラベラの脱走を許したアンドリュース公爵家の罪になる。


「今のわたくしなら殺されてもそんなことはしないって約束出来るわ、でも狂ったわたくしは何をしでかすかわからない」


 顔を青くして語る妹の言葉をイザークは難しい顔で聞いていた。

 アラベラの主張もディシアの懇願も両方理解はできる。

 イザークだって可愛い妹を自害なんてさせたくない。


「……原因が毒だと判明したなら、解毒薬を見つけるか開発すればいい。それまでアラベラを監禁することになるが」


 イザークは迷いながらも結論を出した。

 すればいいなどと簡単に口にしたが、それが出来るという確信なんて無い。

 本当は今すぐ城に戻りサディアスを殴ってでも毒について問い質したい。彼が犯人かは不明だが、関係はある筈だ。

 最も公爵令息である自分が王太子に対してそんなことを出来る筈も無いが。


「お兄さま、ですが……」


 まだ納得していない顔をしているアラベラに懐かしさを感じる。こんな表情を見るのは随分と久しぶりだ。

 オスカーが指摘した通りアラベラはプライドが高い。だからこそ王太子から受けた苦しみも痛みも一人で抱え込み続けた。

 彼女が暴君サディアスの婚約者という立場から解放された、それだけなら寧ろ喜んでもいいことなのに。


 別れたがっていたのはこちら側なのに、どうしてわざわざ毒まで飲まされなければいけなかったのか。

 何もかも足りない自国の王太子と、それを溺愛して甘やかしてきた王に対する憤りをイザークは必死に押し殺した。


「アラベラ、頼りない兄だが信じて耐えてくれないか」


 兄に頭を下げられ、アラベラは驚いた表情をする。

 彼女は今までイザークに威張られたり恫喝されたことは無い。

 けれどこうやって懇願されることも無かった。何故なら彼は長男で、次期公爵の立場なのだから。


「……わかりました。ですが絶対わたくしを外に出さないようにしてください」


 今日のようなことが無いように。アラベラの言葉にイザークはしっかりと頷いた。

 そんなアンドリュース公爵家の兄妹のやり取りを見ながらオスカーは考え込む。


「それだが……アラベラ嬢を城まで連れ出した者は今何所にいるんだ?」


 オスカーの質問にイザークは表情を固くして、捜索中だがまだ見つかっていないと答えた。



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