第13話メイド頭の裏切り

「アラベラを連れ出したのはグレンダ、十年前からアンドリュース公爵家でメイド頭をやっている人物です」

「グレンダが?!」


 アラベラが驚きで大きな声を上げる。

 すぐに恥じ入って謝罪する妹にイザークは驚くのも仕方がないことだと溜息を吐いた。


「メイド頭か、アラベラ嬢の反応を見るとかなり信頼されていたのだな」

「そうですね。勤勉実直を絵に描いたような人物で私たちも彼女を信頼していました」

「私だって今でも信じられません。グレンダは堅物で自分にも私たちにも厳しい人で……!」

「でも、わたくしたちの事を可愛がってくれたわ。庭を散歩中に野犬が迷い込んだ時も躊躇わず庇ってくれた……」


 ひっそりと語るアラベラを前にイザークとディシアも暗い顔をする。


「グレンダとやらが犯行を行った証拠はあるのか」

「はい……残念ながら」


 オスカーの問いかけにイザークは頷く。


「アラベラの部屋には後付けで外から鍵をかけられるようになっていました。その鍵を持ち出すところを他のメイドに目撃されています」

「他には?」

「アラベラを連れて廊下を歩いているところも目撃されていますし、何より御者もグレンダに命じられて二人を城まで連れて行ったと証言しております」

「その御者は詳細も聞かず城まで二人を運んだのか?」

「いえ、王太子の命令だからと凄い剣幕で押し切られたとのことです。執事長も私も運悪くその時は屋敷から離れていて……戻って来た御者に報告を受け卒倒しそうになりました」


 青い顔で額を押さえるアンドリュース公爵令息をオスカーは大変だったなと労わる。

 そして何か考え込む表情をした。


「十年間メイド頭をやっていた人物なら、連れ出すこと自体は難しいことでは無かっただろうな。使用人たちへの権力も信頼もある」


 運悪く屋敷を離れていたと言っていたが、スケジュールを把握して動いたのかもしれない。

 オスカーに言われイザークは疲れた顔で同意する。


「でも私は部屋にいたのだから御者は屋敷を出る前に私に確認すれば良かったのに!そうしたら絶対止めましたわ!」

「だがそれだと俺がアラベラ嬢と関わることは出来なかったな。これも運命の導きとやらかもしれん」


 熱弁をふるうディシアにオスカーがさらりと答える。


「舞踏会でアラベラ嬢は一人だった。そのメイド頭は一人で馬車に乗って公爵邸まで戻って来たのか?」

「いえ、城でアラベラとグレンダの二人とも降ろしたと御者は言っています」

「なら城内に居るんじゃないか?」

「アラベラを部屋に戻した後、私は再び城に戻りグレンダを探しましたが……」

「居なかったということか」

「確認できる場所は確認し、城内の使用人にも話を聞きました。そうしたら衛兵の一人が城内の物ではないメイド服を着た女性が城を出ていくのを見かけたと……」

「つまり、アラベラを城に置き去りにして自分はさっさと逃げたということか?」


 大した忠義者だな。

 呆れた顔をしながら皮肉を言うオスカーに、アラベラが口を開いた。


「わたくしを城まで連れて行ったのがグレンダだとしても、今までの忠義が消えたわけではありません」

「アラベラ嬢、その優しさは美徳だ」


 メイド頭を庇うような公爵令嬢の言葉をオスカーは一旦褒める。

 しかしすぐに残酷な事実を突きつけた。


「だが、君は俺が居なければあの王太子に殺されていたかもしれないんだぞ?」

「そうですね。オスカー殿下には大変感謝しております」


 にこりと品良くアラベラは微笑む。そして視線を鋭いものにした。


「わたくしは単に彼女がそのようなことをしなければいけない事情があったのではないかと考えているのです」

「それは、事情はあるだろうが……」

「彼女はアンドリュース公爵家のメイド頭です。ですがもうその立場では居られなくなるでしょう」


 赤髪の公爵令嬢の言葉に当たり前だと返答したのはイザークだった。


「父は今遠方に居る為正式決定は出来ないが軽くても解雇は免れない」


 お前を危険な目に遭わせたのだからな。兄の言葉にアラベラは頷く。


「それに事が公になったら彼女をメイドとして雇う貴族は現れないでしょうね」

「アラベラ姉様、ですがそれは仕方ないことですわ」 

「そうね、でもグレンダは病弱なお母様に仕送りを続けていると話してくれたことがあるわ、それはとても困る筈」

「先程から、アラベラ嬢はそのメイド頭に同情しているのか?」


 オスカーの言葉にアラベラは静かに首を振る。


「それだけでなくて、彼女が今回の件でどれだけの見返りを得るのか考えていたのです」


 職を失い、アンドリュース公爵家に追われ続ける日々と引き換えにするような物なのかと。


「見返り……王太子が命じたなら、十分に与えるのではないのか?」

「いいえ、サディアス殿下は与えることはなさらない方です」


 アラベラがあまりにもはっきりと否定するのでオスカーは一瞬表情に困る。

 けれど公爵令嬢は相手の反応は気にしていないのか、そのまま言葉を続けた。


「だから命令した場合、それは脅迫という形だと思います。彼女自身か、彼女の大切な人の身柄を利用した……」

「わかった、執事長に命じてグレンダの母の住所を調べよう」


 もしかしたら逃亡後に実家に帰っている可能性もあるしな。

 兄の提案にアラベラはお願いしますと頭を下げる。

 二人のやり取りを聞いていたオスカーは首を傾げた。


「そんなことをしなくても、サディアス本人を問い質せば良くないか?」


 メイド頭のグレンダは王太子の命令だと口にしたのだろう。

 銀髪の青年の指摘にイザークは苦々しい表情で「罠の可能性があります」と答えた。

 

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