第14話王子と令嬢の交換条件

「罠?」

「グレンダがあっさり王太子の命令と話したことに違和感があるのです」


 イザークの言葉にオスカーは考え込み、そして続けろと促した。


「王太子命令ならそもそもメイドでは無くアンドリュース公爵家の人間、たとえば私に命令すればいい」

「……確かにそうだな」

「そもそもサディアス王太子はグレンダとどうやって接触したのかしら?」


 ディシアの疑問にイザークは今はわからないと答えた。


「彼はアンドリュース公爵家を邪魔だと認識しています。機会があれば取り潰したいとさえ思っているでしょう」

「何故そこまで恨まれているんだ?」

「わたくしのせいです」


 オスカーの言葉に回答をしたのはアラベラだった。


「わたくしがサディアス殿下を拒み、そして家族がそんなわたくしを守ってくれたからだと思います」

「アラベラのせいではないが、恐らくそうだろう。サディアス殿下は自分に逆らう者を許さない」

「成程、ただの逆恨みというわけか」


 銀髪の青年の呆れたような声に、自国の王太子を庇う者は居ない。


「ですのでグレンダが言っていたという理由だけでサディアス殿下に嫌疑をかけるわけにはいかないのです」

「冤罪を仕掛けたと逆に不敬罪で処される可能性があるからか?」

「そうです」

「なら俺から奴に問い質してやろうか」

「……は?」


 オスカーからの提案にイザークが一瞬目を丸くする。

 彼が返答する前に口を開いたのはアラベラだった。


「お気持ちだけ感謝いたします。オスカー殿下」

「何故だ」


 自身の案を即座に断られオスカーはアラベラに問いかける。


「それは……問い詰められることに慣れていないサディアス殿下が逆上する可能性があるからです」

「やれやれ、まるで癇癪持ちの子供だな。だが掠り傷程度なら俺は平気だぞ」


 寧ろそれを理由に奴を王太子の座から飛ばすことも出来そうだ。笑み交じりのオスカーの言葉にアラベラは首を振る。


「彼が万が一貴男を傷つけた場合、口封じの為命まで奪いそして罪を別の人物に押し付けると思います」 


 子供の頃、王が気に入っていた小鳥を遊び半分で殺めた時もその様にしたと話していました。

 その光景を思い出したのかアラベラの緑色の瞳が悲し気に曇った。


「本当に、ろくでもないな。現王の一人しかいない子供とはいえ王にして良いとはとても思えん」

「それはアンドリュース公爵家も同じ気持ちです」


 イザークの言葉にオスカーは真紅の瞳を煌めかせる。


「……ほう?」

「ですが今はアラベラの解毒と治癒を最優先したいと思っております」

「それが簡単に出来そうな有能な医師に心当たりはあるのか?」

「それは……せめてどんな毒かわかれば良いのですが」

「ふむ……ならば解毒できる人物が現れて、高価な報酬を求められたらどうする?」


 オスカーの突然の問いかけにイザークは内心驚きながら答えた。


「私が支払えるものなら、幾らでも支払います。ただ限度はありますが……」

「金ではなく、アラベラ嬢を妻にしたいと望まれたなら?」

「条件次第ですが、わたくしは受け入れたいと思います。優秀な医師ならアンドリュース公爵家の益にもなるでしょう」


 アラベラの答えにオスカーはニヤリと笑う。


「なら決まりだ。アラベラ・アンドリュース公爵令嬢。俺は貴女に協力しよう」


 これで暫くこの国に居座る理由が出来た。

 そう楽しそうに告げるオスカーの前でイザークはディシアに肩を揺すられるまで口をポカンと開け続けていた。

 

「ちょっと、イザーク兄様!呆けている場合ではないですよ!」


 末妹に思い切り揺さぶられアンドリュース公爵家の長男は己を取り戻した。


「わ、わかった、わかったから止めてくれ!酔いそうだ……!」


 情けない声を上げながらディシアの腕をどけ、イザークは深呼吸をした。

 目の前にいる男は不敵に笑っている。同性から見ても美丈夫だと思う。


 家柄も申し分無い。というか向こうの方が圧倒的に家格が上だ。

 宗主国ヴェルデンの第二王子。確か年齢は二十一歳でイザークの一歳下だ。

 アラベラは十八歳なのでオスカーとは三歳年齢差がある。それぐらいは珍しくも無い。

 しかし求婚が唐突過ぎる。イザークもアラベラもオスカーとまともに話したのは今日が初めてだ。


 理由はわかる。毒が消えたアラベラはとても美しい。

 身内の欲目抜きにしてもナヴィス国で一番の美女だと言っても良い。

 だからこそ面食いのサディアス王太子が妃選定のルールなど無視して即自分の物にしたがった訳だが。 


 あの後、他の妃候補の家から暫く恨まれて大変だった。

 候補者たちは単に選ばれなかったことに腹を立てているだけではない。

 あの場には王太子の婚約者として相応しい者だけが集められたのだ。

 せめて形だけでもきちんとした選定を行うべきだった。

 

 だがサディアスは他の令嬢たちを完全に無視してアラベラを婚約者に決めた。

 それは貴族令嬢たちとその家にとって酷い侮辱でしかない

 結果皺寄せは全部アンドリュース公爵家に来た。 


 抗議なら王家にすればいいと何度叫びたくなったことか。

 そしてその遺恨は数年経った現在でも続いている。

 アラベラを城まで迎えに行った時、馬車を停めようとしたところを邪魔された。

 それは王太子の婚約者候補の一人、ギャレット公爵家の嫌がらせだった。

 ドロテア・ギャレットは数年前に別の相手と婚約したらしいが、恨む相手は変わらないらしい。

 仕方なく馬車とギャレット家への対については同乗していたディシアに任せ、イザークはアラベラを捜しに出かけたのだが。


 目の前の男はサディアスよりずっと男前で家柄も上だ。きっと母国では彼の妻になりたがる令嬢が群れ単位で居るだろう。

 そこに彼の心を美貌だけで射止めたアラベラがやってきたなら。

 こういう場合責められるのは男ではなく女の方だ。

 更にアラベラは従属国の人間だ。嫉妬と妬みで酷い嫌がらせを受けることは想定できる。

 流石に他国ではアンドリュース公爵家も彼女を守り切れない。


 どうにか不敬にならないよう、オスカーの求婚を断れないものか。

 イザークが胃痛を感じながら口を開こうとするのを正面のアラベラが視線で止める。


「オスカー殿下、私を妻に望む理由をお聞かせ頂いても宜しいですか?」


 そんなのお前の美しさに惚れたからだろう。口に出来ない言葉をイザークは飲み込む。

 久し振りに見る以前の美貌を取り戻したアラベラの顔は、兄の目には美の女神にも傾国の美女にも映った。 



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