第15話ナヴィス国の行く末
「アンドリュース公爵令嬢と婚約すれば、第二王子の俺でもこの国に干渉しやすくなるだろう?」
それが理由の一つだ。
オスカーは指を一本立てて言う。予想しなかった台詞にイザークは目を丸くした。
アラベラは静かな瞳で銀髪の青年を見つめる。その顔には失望など一切宿っていなかった。
「あの王太子、かなり不味いだろう」
「それは……そうですね」
イザークは多少間を置きつつ同意した。自国の王太子だが否定できる要素が無い。
優れている部分など血筋と容姿以外見当たらない男だ。
悪い所なら今この場に居る全員の指の数でも足りない。
「遅かれ早かれこの国はサディアスによって乱され盛大に荒れる、そう俺は考えている」
「それはわたくしも同じ考えです」
アラベラの同意にオスカーは満足そうに笑った。
「だが今の段階だとヴェルデンが介入して王たちの首を挿げ替えるまでには至らない」
そこまでのことはまだしていないだろう?
オスカーに問いかけられ、イザークは若干悔しそうな顔で頷く。
「あの男は国政についてはよくわからないからという理由で深く関わっていないので……」
「わからないから関わらない、ある意味賢明ではあるな。しかし政治を任せている者の選定はどうだ」
「三十年前からオルバレンス伯爵が宰相を務めております」
「有能か?」
「真面目で忍耐強く平時なら全く問題の無い人物と父から聞いております。ただ……」
「ただ?」
「最近体調を崩しがちで、近いうちに宰相の座を辞するだろうという噂が流れてきます」
「成程、それで次の宰相の候補は決まってるのか」
「それは……」
「遠慮は不要だ。下世話なことでも気兼ねせず話せ」
オスカーに促され、イザークは迷いながら口を開いた。
「サディアス殿下の愛人になっている令嬢たちの父親の中から選ぶのではないかと……」
「……最低!政は遊びじゃないのですよ!」
「私だってそう思っている!」
憤るディシアにイザークも言い返す。アラベラは無言で考え込んでいた。
やがて薔薇色の唇が開く。
「お兄様、次の宰相候補がどの家の方たちか今わかりますでしょうか?」
「えっ、いやすぐには……だが調べれば簡単に把握できる筈だ」
「では、お願いできますか」
「ああ、わかった」
若干戸惑いながらイザークは妹の頼みを承諾する。
そんな兄妹の様子を見ていたオスカーは、アラベラに絡めた指を動かした。
「気になるか、アラベラ嬢」
「ええ、そのような理由で宰相が代わったならその時がナヴィスの終わりの始まりでしょうから」
「わかりやすくこの国が荒れてからの方がヴェルデンは干渉しやすくはなるが?」
「その場合既に民が犠牲になっているでしょう。わたくしはそうなる前に止めたいのです」
「それが出来るなら俺の妻になるか」
オスカーの問いかけにアラベラは答える。
「はい、わたくしで良ければ喜んで嫁ぎます。ただ今すぐには難しいです」
「わかっている。あの王太子をどうにかして……そして君の体から毒が完全に消え去ってからだ」
それまでこの国に居座らせて貰う。
オスカーは悪戯小僧のような笑みを浮かべ、アラベラの真紅の髪に接吻けた。
宗主国の第二王子と従属国の公爵令嬢の婚姻。
アンドリュース公爵家側にとっては玉の輿と喜んでも良い慶事ではある。
ただ理由が理由だけに手放しで浮かれる訳には行かなかった。
そしてアラベラは一度目の婚約で心に傷を負っている。
だからイザークはどうしても確認せずにはいられなかった。
「……本当に良いのか、アラベラ」
「はい」
兄の問いかけに真紅の髪の公爵令嬢は優雅に微笑む。
それはサディアス王太子との婚約時に見せた笑顔よりは血が通って見えた。
イザークは妹の顔を凝視し、わかったと呟く。
「ならば私も妹の決定に反対する理由はありません」
「よし、これで決定だな。とりあえず一週間以内に婚約を結ぼう」
「一週間、ですか」
予想以上に早いスケジュールにアラベラは僅かに驚いた顔をする。
それにオスカーはあっさりと答えた。
「ああ、ヴェルデン側に一応事前応報告する必要があるからな」
「一応とは……本当に大丈夫ですか?」
無礼を承知でイザークはオスカーに確認する。
貴族どころか民同士の婚約さえ、もう少し時間と手間をかけるものでは無いだろうか。
ましてオスカーは宗主国の王族である。
「アラベラ嬢はナヴィスの公爵令嬢だ、身分は問題無い。王太子妃として教育も受けている」
なら王族の妻として十分やっていける筈だ。
オスカーの言葉にディシアは得意げに頷き、イザークとアラベラは顔を見合わせた。
「それに一見触れれば折れる花のようだが覚悟もしっかり決まっている」
あんなにあっさり自害を選ぼうとした時は流石に驚いた。
オスカーに言われアラベラは恥ずかし気に頬を染めた。
「あれは……お忘れください、軽率なことを申しました」
「実際に自害されるのは困るが、自分の命より家を優先する気概は好ましいと思うぞ」
俺の妻になったなら、二度とあんな台詞を言わせたりしないが。
からかう様な声で続けるオスカーから、アラベラは耐え切れず顔をそらす。
なので彼の真紅の瞳が真剣な光を宿していたことに気づくことは無かった。
「そうして頂けると兄としても助かります。そして婚約の件ですが、せめて二週間時間を頂けないでしょうか」
「二週間か……構わないが。何か理由でもあるのか」
イザークの頼みを快諾しながらオスカーは首を傾げた。
「今は私が当主代理をしておりますが、念の為辺境の領地で療養中の父に報告と確認をさせて頂きたいのです」
アラベラが元の状態に戻る為だと聞けば首を縦に振るとは思いますが。
そう説明した後イザークは末妹のディシアに夜も遅いから部屋に戻る様にと命じた。
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