第17話公爵令嬢の勇気

 オスカーと抱き合って眠ることにしたアラベラだが、それは兄には絶対秘密にしようと決意した。

 流石に安眠は難しかったが、千匹羊を数えたところで入眠することは叶った。

 そして覚悟を決めただけの見返りは十分有った。


 同衾した翌日にオスカーとは別室で着替えが出来たのだから。

 その後は消費した神聖力を補う為に出来るだけオスカーと手を繋いで過ごした。

 お陰で夜にはそれぞれ別の浴室で入浴することが叶った。


 つまりアラベラはオスカーに自分の肌を見せずに済み、又彼の肌を見なくて済んだのだ。

 そして彼女は改めて気づいた。

 一人でいられる時間は自分にもそしてオスカーにも必要であると。

 その為には出来る限り彼と密着して神聖力を取り込むべきだ。


 オスカーと知り合って二日目。

 己の部屋で退屈そうに本を読んでいる彼にアラベラは声をかけた。

 

「オスカー殿下、提案があるのですが」

「殿下は要らない」

「では、オスカー様」

「……呼び捨てで構わないという意味だが、婚約者殿?」


 子供っぽさと年上の色香が奇妙に同居した笑みでオスカーはアラベラをからかう。

 ソファーに寄り添って座っている為、至近距離でその微笑みを受けアラベラの心臓は早鐘を打った。

 自分は美しい異性は見慣れていると思っていた。

 兄のイザークは母似の華やかさと理知的な雰囲気を併せ持った美男子として貴族社会で有名だった。

 元婚約者のサディアス王太子だって、美点に真っ先に整った容姿が挙げられる人物だ。


 けれどオスカーは、オーラが違うのだ。

 ナヴィスでは見ない神秘的な銀色の髪に燃えるような赤い瞳。

 鍛え上げられた逞しい体に、絵物語から抜け出したような繊細な美貌。

 実際ヴェルデンの王族である彼は神聖力を持った特別な存在だ。

 そんな美丈夫と寝ても覚めても一緒にいるのだからアラベラの心は休まる暇がない。

 だが今から彼女は更に自分を追い込む提案をしようとしていた。


「では、オスカー……はしたない女だと思われても仕方がないのですが」

「思わないし、はしたない女も嫌いじゃないぞ俺は」

「あの、この部屋に二人きりで居る時は寝台で私を抱きしめて頂けないでしょうか?」


 暇な時だけでいいので。そう顔を赤くしながらアラベラは言う。

 今二人は何もすることが無い状態だった。

 アラベラは療養が最優先だとイザークに言われたし、オスカーは黒髪の部下を使いに出した後は暇そうにしている。

 だからこうやって食事と入浴と散歩以外はアラベラの部屋に二人で籠っているのだ。


 でも暇なのは今だけだとアラベラは理解していた。

 イザークは辺境で療養している父に会いに行っているし、オスカーも本国からアラベラとの婚約について返事待ちをしている状態だ。

 結果が出次第色々なことを一気にやらなければいけない。

 婚約発表や、舞踏会の件について、そして毒についての犯人捜しも。

 その時の為にアラベラは自分の体にオスカーの神聖力を蓄えて置きたかった。


「……それは、寝台でないと駄目なのか?」


 少しの沈黙の後、オスカーが問いかける。

 予想しなかった答えにアラベラは目を丸くした。


「いや、密着が目的なら他にも方法があると思ってな」

「他の方法とは……」

「そうだな……」


 オスカーは僅かな時間考え込むと、己の膝を片手で軽く叩いた。


「君が嫌でなければ俺の膝に座るというのはどうだ」

「オスカー様の膝に……ですか?」

「ああ、そうすれば俺も両手を使って読書や書き物が出来る」


 そう利点を挙げられアラベラに断る理由は無い。

 男性の膝に乗るなんて淑女としてあるまじき行いだが今更である。

 自分は彼と何もしていないとは言え同じ寝台で夜を過ごしているのだから。


「で、では、お邪魔致します」

「喜んで。俺の事は座り心地の悪い椅子だと思ってくれ」


 笑み交じりの声で招いてくるオスカーの膝にアラベラはぎくしゃくと座る。

 慣れない感覚だが座り心地は悪くないと感じた。

 恥ずかしさはある、自分から密着したいと言い出しのだから尚更だ。


 しかしそれを上回る心地良さをアラベラは感じていた。

 オスカーにすっぽりと包まれる形で座っていると、徐々に体から力抜けていく。

 いや実際に抜けているのは毒なのかもしれない。

 そして毒が抜けた代わりに清廉で、けれどあたたかな力がアラベラへと流れ込んで来るのだ。


 寄り添って座っている時や、夜一緒に眠る時にも似た感覚がしていたが今回は範囲が広い。

 思わず眠ってしまいそうになり、アラベラは慌てて背筋を正した。


 成程、あれ程緊張していた初日にいつの間にか熟睡していたのもこれが理由か。

 これがヴェルデン王族の持つ神聖力。

 アラベラが内心納得していると、オスカーが声をかけてくる。


「どうだ。じっくり座っていられそうか?」

「あ、はい大丈夫です」

「寝たくなったらいつでも寝ていいぞ」


 そう言うとオスカーはアラベラの髪を優しく撫でてくる。

 自分が彼の飼い猫なら甘えて喉を鳴らしていただろう。そうアラベラは思った。


「わたくしは大丈夫ですが、オスカー様は重くございませんか?」

「いや全く、軽過ぎて心配になるぐらいだ。俺の十歳下の妹と変わらないんじゃないか」

「十歳下の妹様とですか?それは流石に……」

「いや絶対君の方が軽い。ちなみに今の発言は絶対俺の妹には言わないでくれ」


 もし知られたら半日はデリカシーの無さと守秘義務の扱いについて説教をされてしまう。

 うんざりしたような声で言うオスカーにアラベラはクスリと笑った。

 イザークとディシアのやり取りを思い出したのだ。


 オスカーに対して、思うより早く心が打ち解けた理由をアラベラは何となく察した。

 彼は兄という立ち位置に慣れている。

 そしてアラベラを対等な女性というより年下の子供の様に扱っている気がした。

 自分を膝に座らせ頭を撫でる銀髪の青年には以前婚約者から昔向けられたような欲望を感じない。 


(オスカー様からはサディアス殿下のように強引に奪おうとする恐ろしさを感じない……)


 油断してはいけないし、無防備になり過ぎてもいけないのはわかっている。

 けれど自分を癒す力を持った相手がオスカーで良かったとアラベラは心から感謝した。


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