第18話オスカーの花嫁探し

 瞬く間に五日間が過ぎた。

 アラベラとオスカーは隙を見つけては密着し続けた。

 夜は抱き合って眠り、日中二人きりになればアラベラはオスカーの膝に座った。

 当然アラベラの兄のイザークには秘密である。


 最初は緊張していたアラベラだったが、オスカーを巨大なクマのぬいぐるみだと思い込むことに成功した。

 まだ小さかったアラベラの部屋には彼女が座ったり乗ったりできる大きさのぬいぐるみが幾つかあった。

 それは妹のディシアが欲しがったので全てあげてしまったが、思い出は消えない。

 一番気に入っていて、絵本を読むときは椅子代わりにしていたクマのぬいぐるみ。

 オスカーをそれと同じだと思い込むことで緊張をある程度打ち消せたのだ。

 これはオスカー本人には秘密である。


 淑女としてあるまじき行為を繰り返した結果、アラベラの体にはかなりの神聖力が蓄えられた。

 公爵邸の敷地内で実験した結果、今ならオスカーと三時間程度離れても平気だ。

 ただ神聖力はオスカーから分けて貰ったものなので、二人で一緒に居ないとどんどん減っていく。

 なので三時間離れ離れになったいた場合、きっちり三時間アラベラはオスカーと密着する必要があった。


 けれど初日の手を離した瞬間に魅了毒に支配されかけた状況に比べれば飛躍的な進化だ。

 ディシアは手放しで喜び、イザークは表情に安堵と疑念を器用に浮かべつつ喜んだ。


 そんな彼が父であるアンドリュース公爵に会いに行くと屋敷を出たのは昨日の話である。

 用件はアラベラとオスカーの婚約だった。

 ちなみにオスカーの母国ヴェルデンからは二人の婚約を認める旨の書状が一昨日届いている。

 ナヴィスとヴェルデンは馬と船を使えば一日で往復できる距離とはいえ、決定自体がスピーディ過ぎる。

 王族の、更にオスカーは現女王の実子である。顔も合わせず婚約が決まるとはアラベラは正直思っていなかった。

 昼食が終わり自室に戻ったアラベラはオスカーの膝に座りながらその旨を尋ねた。


「従属国の人間である程度の地位があるなら誰でも良いと言われていたからな」


 婚約者の疑問にオスカーはつまらなそうな顔をしながら答えた。


「ヴェルデンの王位は性別関係なく神聖力が一番強い子供が就くことになっている。だから次期国王は姉のフレイアだ」

「フレイア王女殿下、確か復活の奇跡を行える聖女だとか……」

「厳密にいえば死者蘇生ではなく超回復なんだが、だがその神聖力はヴェルデンでトップだ、しかし……」

「しかし?」

「一部の貴族連中が女王が二代続くのは良くないみたいないちゃもんをつけて第二王子の俺を推し始めてな」

「まあ……」

「なので女王は俺を他国人と結婚させてヴェルデン以外で生活させたいわけだ」


 それはつまり継承争いを避ける為にオスカーを国外追放すると言っているようなものでは。

 アラベラは何と言っていいかわからず、表情を曇らせる。

 しかしオスカーは気にするなと言って笑った。


「別に一方的な命令じゃない。俺の意見もちゃんと入っている。それに条件付きとはいえ自分で結婚相手を選べるのは王族として破格じゃないか?」


 言葉と共に頭を大きな手のひらで撫でられる。

 オスカーは王族の責務を知っている。婚約や結婚もその一つだ。

 その上でサディアスと違い、我儘を通すのではなく王家の未来の為に話し合って己で結婚相手を決める道を選んだ。

 そんな彼に事情があるとはいえ選ばれたのが自分であるという事がアラベラはどこか誇らしく、そして嬉しかった。


 イザークが単身で公爵邸に帰宅したのは翌々日だった。

 それをオスカーと共に出迎えたアラベラは父が一緒で無いことに首を傾げる。

 妹の疑問にイザークは疲れた表情で答えた。


「少し前から床に伏していて、直ちに王都に戻るのは難しいそうだ」

「そんな……お父様」

「ただ婚約に関しての承諾は得た。オスカー殿下に直接挨拶出来ないことを許して欲しいと謝っていたよ」

「俺は別に気にしていないが、こちらから見舞いに行くのは難しいか?」


 悲し気な表情をするアラベラの手を優しく握りながらオスカーが問いかける。

 イザークは丁寧に礼を言いながら申し出を断った。


「流行り病の可能性があるので暫く来客は断りたいとのことでした」

「流行り病……それは聖女とやらが根絶したのでは無かったか?」

「そうだわ、聖女様に又薬を調合して頂ければ……」


 アラベラは何かに気づいた様子で顔を曇らせる。

 イザークは静かに首を振った。


「聖女に直接交渉が出来るなら兎も角、今はサディアス王太子に囲われているからな。難しいだろう」


 彼はお前だけでなく父も憎んでいる。

 兄の言葉に公爵令嬢はうなだれる。


「別にアラベラのせいではない、悪さを親に言いつけられたことをあの幼稚な男が逆恨みしているだけだ」

「ですが、もし本当に餓狼病だったらお父様は……」

「餓狼病? それがナヴィスで流行っていた病の名か?」


 オスカーの問いかけに赤髪の兄妹は頷いた。


「はい、その病に罹ると苦しみの余り飢えた狼の様に凶暴になるのでその名がついています」

「狼、か……原因は不明なのか?」

「水ではないかと言われていましたが、同じ井戸の水でも症状が出る者と出ない者が居て定かではありません」

「感染する可能性は?」

「患者に噛まれて傷ついた者が餓狼病になったという話がありますが多くは無いようです、ただ……」

「それでも近づきたがる者は居ない、ということか」

「そうです、何より王命で餓狼病患者は王都に近づくことを禁じられておりますので」


 国王は完治した後も再び餓狼病に罹ることを酷く恐れているようです。

 イザークの返答にオスカーは呆れた目になる。


「だから聖女を城で囲っているということか?」

「それもあるかもしれません」

「更に政の場にも出ず寝室暮らしか、子も子なら親も親だな……決めた」

「オスカー様?」


 アラベラが隣の婚約者を見上げる。


「俺が餓狼病の治療薬についてあの王太子と聖女に交渉してみよう」


 あの愚かな王太子とは一度じっくり話をしてみたいと思っていたしな。

 飢えた狼の様な笑みでヴェルデンの第二王子は言った。 


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