第7話奇跡の力

「今は眠っているから精神状態の判断は難しいかもしれないが、外見についてはわかるだろう」


 そう銀髪の貴公子は隣に寝かせたアラベラの顔を優しく二人へと向けた。

 彼女の兄妹たちはそれをじっくりと観察する。そして驚きの声を上げた。


「今日の朝と全然違う、まるで以前のアラベラ姉様だわ!」

「……ディシアもそう思うか?」

「ええ、実は先程から異変には気づいていたの。でもここまで変貌、いえ元に戻っていたなんて……」


 明るい緑色の瞳をキラキラとさせディシアは姉の美貌が復活したことを喜んだ。

 艶やかな赤い髪、長い睫毛、白磁のように滑らかな肌、薔薇色の頬、そしてすらりとした手足。

 それは長いことアラベラから遠ざかっていた要素だった。


「しかし、どうして急にアラベラは元の姿に……?」


 イザークは疑問を口にする。

 通常、痛みきった髪や肌の荒れやむくんだ体が数時間で回復する筈は無い。

 そこまで考えてアンドリュース公爵令息はハッとした。


「もしかして、オスカー殿下がアラベラに治癒の奇跡を与えてくださったのですか?」


 複数の従属国を従える大国ヴェルデン。

 国の中央、城の中庭には膨大な神聖力を秘めた大樹ルミナレスが生えている。

 過去ルミナレスの力を求め攻めてきた幾つもの国をヴェルデンは撃退し従属させ今に至る。

 そして聖樹の影響か、ヴェルデン王家は「奇跡」と呼ばれる特殊な能力を持つ子供が生まれることがあった。

 しかしオスカーはイザークの問いかけに首を振る。

 

「俺が持つ力は治癒ではない」

「では……」

「俺が聖樹ルミナレスから与えられた力は解毒だ」


 オスカーが告げるとイザークとディシアは同時に目を見開いた。

 恐らく彼はアラベラに奇跡の力を使ったのだろう。

 結果アラベラは元の美貌を取り戻した。

 そして彼が使用した能力は解毒。つまり、これが意味することは。


「アラベラは何者かに毒を与えられていたということか……!!」


 血を吐くような声でイザークは怨嗟を吐いた。

 犯人が眼前に居たなら迷わず殺していたと周囲に思わせる程その怒りは深い。


 いつもは冷静な兄の剣幕に顔を青くさせながらもディシアはあることに気づく。


「オスカー様、今のアラベラ姉様が元の姿に戻っている理由ですけれど……」

「ディシア、殿下と呼べ」

「いや構わない、お察しの通りだディシア嬢。俺が彼女に触れることで解毒の奇跡が発動しているからだな」


 そう説明している間もオスカーの指先はアラベラの細い手に優しく触れていた。


「俺の解毒の力は正直そこまで強くない。だから彼女に触れ力を流し込み続ける必要があった」

「成程……つまり、解毒薬自体は私たちで探し求める必要があるということですね」


 オスカーは宗主国の第二王子、当然だがアラベラに四六時中付き添える筈が無い。

 つまり彼が帰ればアラベラは又元の状態に戻る。イザークはそう判断した。


「ですが、原因が毒だということを知ることが出来ただけでも有難い。心から感謝しております」


 馬車内で出来る最大限の礼をしイザークは感謝の言葉を伝えた。

 しかしそれに対しオスカーは首を傾げる。


「いや、解毒薬を探す必要は無いぞ。犯人を捜す必要はあるが」


 俺は暫くアンドリュース公爵家に厄介になるつもりだからな。

 銀髪の第二王子が告げた言葉に赤髪の兄妹は何度目かの驚きを整った顔に浮かべた。


「……は?」


 全く予想しなかった言葉にイザークがポカンとした表情で呟く。

 宗主国の王子に対しして良い反応では無かったがオスカーは愉快そうに笑った。


「なんだ、アンドリュース公爵邸には俺一人居候させる部屋も無いのか?」


 からかいを含んだ問いかけに赤髪の公爵令息は我に返った。


「いえ、そんなことばごさいません!ですが、オスカー殿下は王城に滞在されるのでは?」

「確かに部屋は用意されていたが、サディアスの剣幕と短慮を考えれば寝込みを襲われそうでな」


 そう言うとオスカーは舞踏会でのやり取りをイザークたちに聞かせた。

 サディアスがアラベラを足蹴にし婚約破棄を宣言したこと。

 そして縋る彼女にバルコニーから飛び降りろと冗談半分で命じたこと。

 自分たちの家族に対する余りに惨い所業の数々にアンドリュースの兄妹の頬は青褪め唇は怒りに戦慄いた。


「アラベラ姉様に対して何て酷い仕打ちを……絶対許しませんわ、サディアス殿下」

「……オスカー殿下、妹を助けて下さって本当に感謝しております」


 涙ぐむディシアにハンカチを差し出しながらイザークはオスカーに礼を言った。

 もしかしたら自分は今夜妹の亡骸を馬車に乗せて帰路につかなければいけなかったかもしれない。

 暗い表情でイザークは向かいの席を眺める。

 先程とは違い穏やかな表情で眠るアラベラを見て少しだけ顔色が良くなった。

 しかしオスカーが発した言葉にその表情は凍り付く。


「俺はアラベラ嬢に毒を盛ったのはあの馬鹿だと思っている」


 今のところはただの勘でしか無いがな。

 そうオスカーは付け足したが、自分の考えを疑う様子は無かった。


「そんな、どうしてサディアス殿下が……?」

「婚約破棄をしたいからだろう」


 ディシアの疑問にオスカーが答える。しかし公爵家の末妹は納得しなかった。


「そんな、婚約解消したいならその旨申し入れてくれればアンドリュース家は即承諾致しました!」 

「だろうな。だが奴が気にしたのは恐らくアンドリュース家以外だ」

「私たちの家以外……?」

「バイロン王は婚約解消に反対するだろう、だからサディアスは自分が悪者にならずアラベラ嬢を絶対妃に出来ない理由を作る必要があった」


 オスカーの言葉にイザークとディシアは悔し気に唇を噛んだ。


「だが、サディアスが好き放題出来ている状況を考えると若干疑問はあるがな」

「国王陛下は、流行り病に罹って以降体がすっかり弱くなられて……」


 イザークの言葉にオスカーはわざとらしく首を傾げる。


「病気を治すと評判の聖女が常に城にいるのにか?」


 宗主国の王子の疑問にアンドリュース公爵令息は僅かに困惑を滲ませた声で返した。


「病を癒してもすぐ別の病に罹るという話です、なので外に出ることも人と会う事も出来ないと……」

「ふむ……それで現在はサディアスが国王気取りということか」

「政治に関して詳しくないからか、そこまで口出しをされていないのが唯一の救いのようですが……」

「だが奴があのまま王になればナヴィス国は確実に乱れ衰えるだろう。他国への亡命者が激増しそうだな」


 オスカーの言葉にイザークは静かに頷いた。

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