第8話使えない女(サディアスside)
「クソッ、オスカーめ!たかが第二王子の分際でっ!!」
ヒステリックな怒声と共に真っ白な壁にワイン入りのグラスが叩きつけられる。
王太子専用の豪華な私室でサディアスは怒りに形相を歪めていた。
アラベラを抱きかかえたオスカーが舞踏会場を去った後、そこに祝賀ムードは一切残っていなかった。
この国で唯一の王太子サディアスが、無事生誕した祝いの日だというのに。
ヴェルデンだってその重要性を理解しているから第二王子オスカーをこの宴に参加させたのではないか。
なのに、あの男は祝うどころか王太子であるサディアスにに平然と暴力を振るってきた。
「宗主国の王子であることを笠に着てやりたい放題、王になど決してなれない癖に……!!」
サディアスは服越しに己の肌を撫でる。
治療は受け、エミリに調合させた痛み止めも飲んでいる。
しかし人前で殴られ嘔吐した屈辱は消えない。奥歯をぎりりと噛み締める。
グラスは割ってしまったのでサディアスは瓶から直接ワインを煽った。
「エミリめ、酒は飲むななどと俺に命令しやがって」
平民の分際で。そう言いながらサディアスは口と喉をワインで汚した。
薬の効き目が弱くなるとか言っていたが、そんなことはどうでもいい。
なら酒を飲んでも問題ない薬を調合すればいいだけなのだ。
それすらせず王太子である自分の行動を制限しようとするから殴って教育する羽目になった。
「あいつはまだ使えるし従順な女だからな、一発だけですませてやったが」
そう言い捨てるとシャツの袖で口元を拭いサディアスはげっぷをした。
エミリに傷を手当すると言われ共に舞踏会場を去った。
だが戻る気もない。エミリも醜く顔を腫らしているから部屋から追い出したし。
元の顔に戻るまで連れ歩きたくない。
自分がこのまま会場に戻らなくても誰かが適当に終わらせて解散するだろう。大人たちがそうしてくれる。
サディアスは当たり前のようにそう思った。
周囲の人間はサディアスに都合の良いように動くのが当然なのだ。
唯一の王太子である自分に王以外が意見などしてはならない。本当は父親にだって意見を許したくなかった。
なのにアラベラは何度もその禁止行為を繰り返してきた。
人の話は最後まで聞かなければいけない。
身分が下の相手だからという理由で簡単に暴力をふるってはいけない。
授業は真面目に受けなければいけない。人に仕事を押し付けてはいけない。
小動物を虐めて殺してはいけない。他国の来賓の前で癇癪を起してはいけない
最初は何時間でも見て居られると思った綺麗で可愛らしい顔が目障りになった。
飼ってきたどの小鳥よりも軽やかで耳に心地良かった声が、熱した鉄で喉を焼きたくなる程鬱陶しくなった。
生意気な女は抱けば大人しくなると聞いて、そうしようと思ったら泣いて暴れられた。
抵抗されるとは思っていなくて、全力で突き飛ばされ転び気づけば城の庭で気絶していた。
婚約者の分際で王太子を傷つけた罪で処刑してやろうと思ったが、父親は逆に自分を叱りつけた。
生意気な癖に父を始め大人たちから矢鱈評判がいいせいで婚約破棄さえさせて貰えなかった。
あの時から絶対アラベラの評価を地に落としてやろうと思ったのだ。
そして今日の舞踏会はその仕上げだった。
本当に飛び降りさせるつもりは無かった。
ただあの生意気な女が何でも言う事を聞くのが面白かっただけだ。
「しかしあそこまで醜女になったのは勿体なかったな、薬の副作用らしいが……本当に女は無能で困るな」
アラベラの美貌が元のままだったなら従順になったナヴィスの薔薇に欲望の全てを叩きつけてやれたのに。
そして飽きるまで可愛がってやった。その後は適当に下賜してやっても良かった。
本当に使えない女だ。そう元婚約者を腐してサディアスはふらふらとソファーへ座り込む。
気分が昂って眠れそうにない。性欲と苛立ちをぶつける柔肌が欲しい。
「チッ、適当に女でも呼ぶか」
顔を醜く腫らしたエミリを抱く気にはなれないが、幾らでも女は居る。
何故なら己はナヴィス唯一の王太子で近い内に唯一の国王になる人間なのだから。
望むなら、それ以上にだって。
「ハ、ハハッ、せいぜい吠え面をかいていろよ、オスカー!格上だとふんぞり返っているお前に地面を舐めさせてやる!!」
サディアスは声を上げて笑った。軽薄だが整っているその顔は、しかし醜かった。
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