第19話 経験がモノを言う

 政治の話やらよく分からない世間話やらをしながら歩く二人の後ろを、蛍はトボトボ歩く。

 先ほどの光景が脳裏に焼き付いていて、落ち込むしかなかった。


 もう少し、上手にできると思っていた。

「《ハイセス》」と「《ルミネ》」が上手くいっただけで天狗になっていた。洗濯も髪を乾かすのも、暴発することなくうまくいっていたから、他の魔法も上手くできると思っていた。


「はぁ……やる気無くすなぁ……」


 他の魔法も、こうやって暴発してしまったらどうしよう、と不安になる。

 もしあれが屋内だったら、と考えたら。器物破損なんて言うレベルではない。謝っても謝っても許されない。


 杖を片手で目の高さに掲げて見る。魔法を使っていない時の杖は、ただの木だ。手元の意匠以外は本当にただの木で、これでよく魔法が使えるものだと感心する。

 杖がなくても魔法は使えるが、あえて杖を用意するのはなぜだろう。照準が定まりやすいからとかだろうか。


「ねぇ、あなた」


 蛍が終わりのない考えに溺れていると、前を歩いていたプレイピアが横に来た。

 杖を腰に戻してそちらを見ると、プレイピアのキラキラした目がこちらを見つめていた。


「どうしたんですか?」


「さっきの魔法、すごかったわね」


「うっ……」


 そこを突かれるのは痛い。

 サッと顔が青くなった蛍を見て、プレイピアが慌ててフォローしてくれた。


「違う違う、揶揄うとか怒るとかしたいわけじゃなくてね! あなたの魔法を見て、びっくりしただけなの。あんなに膨大な魔力、久々に見たから」


「そう、ですか……」


 アディオペラ曰く、蛍は千年だか五百年だかに一度の逸材だそうだから、プレイピアの言葉は理解できる。


「それでね、もしあなたさえ良ければ、ワタシがしばらく魔法を教えてあげたいんだけど、どうかな?」


「っ! ぜひ! お願いします!」


 プレイピアの思わぬ言葉に、蛍はパァッと顔を明るくしてコクコク頷いた。それにプレイピアも笑顔で頷いてくれる。


「よし! じゃあ、次の野宿先でさっそくやってみようか!」


「はい! やったー!」


 やっぱり今日から野宿なのか、という絶望よりも、これで魔法を暴発させずに済む安心感の方が勝った。

 ぴょんぴょん跳ねて喜びを全身で表した蛍に、プレイピアは「うんうん! 元気でいいわね〜」と朗らかに相手してくれる。なんだか子ども扱いされていると思うものの、ともかくプレイピアの提案はとても嬉しかった。


「それじゃ、今夜からね!」


「はい!」


 ふと前を見ると、こちらを眺めているデザルトが一人。蛍と目が合うと、優しく微笑んでくれた。

 

「すみません、プレイピアさん。僕だと上手く教えられなくて」


「いいのよ。任せて!」


 可愛く親指を立てたプレイピアだったが、その姿はデザルトに無視されてしまった。タイミングが合わなかっただけとはいえ、タイミングが良すぎて蛍は笑いを堪えるのが大変だった。


 森をしばらく歩いていると、太陽が東から徐々に西へと傾き始めた。

 途中で簡単に昼食を食べてずっと歩き通しだった。

 西に沈む太陽が濃いオレンジ色の空に染まっていく頃に、ようやくデザルトが「ここで野宿しましょう」と言った。

 

 そこはこの森にしては珍しく空が開けて見えていて、簡単な焚火跡がある。腰かけるのにちょうど良い太さの丸太が二本、焚火跡の周囲に置いてあり、ここで旅人たちは皆野宿しているようだ。あの、最初に野宿した洞と同じだ、と蛍が呆けている間に、デザルトが鞄から色々と道具を取り出し始めた。


「ほらほら、お嬢さん! 手伝って!」


「あ、は、はい!」


 二回目の野宿だが、蛍はまだまだ野宿初心者だった。洞での野宿も、結局デザルトが全てやってくれたので、何をどう用意すればいいか分からない。

 プレイピアの声に、慌てて蛍はデザルトの傍に寄った。彼が鞄から出すものを、プレイピアと手伝って組み立てていく。


 鍋を乗せる台だか五徳だかは構造がよく分からないし、数々の木皿とカトラリーを置くための台まで出てきた。

 デザルトの鞄から出てきた鍋は三人分のスープを作るのにちょうどよい大きさで、よくそんな大きさの鍋が鞄に入っていたなと本当に感心する。彼のコーヒーセットもしっかり出てきた。麻袋のコーヒー豆は、今回は銀色だった。


 プレイピアが新しい薪を魔法で出している横で、デザルトに指示を受けながら準備を進める。

 何が何やら分からないまま作業を進めて、どうにか料理が出来そうな体裁は整えられたところで、デザルトがまた鞄をゴソゴソしていた。


「賢者候補様」


「なぁに? ……え?」


「? お好きですよね、これ」


 改まって出てきたのは、蛍が最初の旅で包まっていたもこもこふわふわの水色毛布だった。

 それを目の前に出されて、蛍も、なぜかデザルトも固まってしまう。


「あら、可愛い毛布ね」


 プレイピアにそんな風に言われると、恥ずかしくって仕方がない。顔が熱くなって、その場を立ち去りたかったが、背後の森は真っ暗で、どうにもできなかった。


「あ、ありがとう……」


 本当に、デザルトの目には蛍が赤ちゃんにしか見えていないのではないだろうか。蛍はれっきとした高校生だし、日本じゃもうすぐ成人として認められる年齢だ。


「(た、たしかに、何百年って生きてるデザルトさんからしたら、赤ちゃんかもしれないけどさぁ……!)」


 これはあまりにも酷い扱いだ。

 だが、デザルトは厚意でやってくれているのだろうし、蛍は渋々毛布を受け取った。火を扱うからと、いったん丸太の上に置いたものの、とても毛布とは目が合わせられなかった。


 空が徐々に暗くなってきたので、焚火に火を点けようという話になったが、プレイピアがその大役を「お嬢さんがやって」と言い出した。


「え?! 私?! いやいやいや、できないよ、そんなこと!」


 さすがに、人の命が危ない。

 薪を組む作業は楽しかったが、それとこれとは話が別だ。

 

「拒否しない! 魔法を上手く使うための第一歩よ! ほらほら、いくわよ。《ファロ》。さぁ、杖を構えて、呪文を唱えて」


「うぅ……ふぁ、《ファロ》」


 へっぴり腰で杖を構え、恐る恐る呪文を唱えた。

 杖は蛍の言葉に反応して、杖の先からマッチのような小さな火を出してきた。違う、そうじゃない。


「違う。焚火の火をイメージして。はい、もう一回」


 プレイピアの厳しい意見が飛ぶ。

 デザルトは、と見ると、丸太の上に座ってこちらを眺めていて、助けてくれそうにはない。


「(イメージ、イメージ……焚火をイメージして、やりすぎないように……)」


 妄想は得意だと思っていたのだが、今日だけでその心はぽっきり折れた。丁寧に頭の中に、旅の初日で見た焚火を思い出しながら、蛍は深呼吸した。


「《ファロ》」


 あまり大きな声で言うと酷い目に合うのは、「《ルミネ》」と「《アクア》」で学習した。丁寧に、静かに呪文を唱えると、イメージよりは小さな火だが、薪に火が点いた。ほっとするよりも前に、プレイピアから修正するよう言われてしまった。


「うーん、もう少し火が強い方がいいわね。もう一度唱えてみて」


「……はい」


 やはり駄目出しが飛んできた。仕方がない。これでは暖を取るにも苦労しそうだ。


 もう一度「《ファロ》」と唱えると、ちょうどよいサイズの火が立ち上った。焚火を点けただけだというのに、妙に緊張してしまって、蛍はその場にヘナヘナと座り込んでしまった。


「うん、良い感じ! よくできました!」


「つ、疲れた……」


 こんな体たらくで、この先やっていけるのだろうか。心配だ。


「さぁさぁ、今度は料理ね。これは魔法は使わないから大丈夫よ」


 そう言われても、もう料理をする気力がない。とはいえ、旅は協力プレイが大切だ。今はプレイピアがいるから良いものの、普段は二人旅になるのだから、できることは多いに越したことはない。


「料理はできる?」


「まぁ、調理実習はしてきたけど……」


 普段は母親に任せていたから、料理を「得意」と称するには程遠い。プレイピアが用意してくれた小さなローテーブルの上に小さなまな板を置いて、野菜を切るよう言われた。慣れない手つきでナイフを握る蛍の横で、プレイピアは付きっきりで教えてくれた。元の世界では見たことのない形をした野菜の切り方や、調味料の意味を教えてくれた。翻訳機曰く、黒い野菜はトマトらしい。驚いたものの、一口食べてみると食べ慣れた酸味が口に広がった。

 プレイピアの鞄から出てきた魚は干したもので、それを鉄串に刺して、焚火の火が当たるように地面に刺した。日本の干物とは違い、かなり肉厚だった。


「鍋に水を足すんだけど、ここはさっきの《アクア》の魔法を使うのよ。ほら、言ってみて」


「は、はい」


 今度は間違えられない。ここで間違えたら、自分たちの夕飯は無しだ。

 慎重に、鍋のちょうど良い高さまで水を入れるイメージをして、蛍は「《アクア》」と唱えた。

 チョロチョロと杖の先から水が出てきて、慌てて鍋の中へその水を鍋に入れる。ちょうど良い高さまで水が入ったのをしっかり確認して、蛍は冷静に「《エント》」と唱えた。水は止まった。鍋の中の水が消えることはなかった。


「良いわね、良い感じ!」


「ありがとうございます」


 よかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 鍋の中でコトコトと煮られていくスープを見て、蛍の胸の中に達成感が生まれていくのを感じた。

 十分ほど煮て、虹色の塩で味を整えて完成だ。皿は、以前見た大きなピーマンのような野菜で、それを半分に切ってその中にスープを入れた。


「上手よ、お嬢さん。上手くできたわね!」


「はい!」


 手放しで喜ばれると、こちらも嬉しい。

 後方でこの光景を見守っていたデザルトへ野菜スープと魚を渡すと、デザルトにも「お上手でしたよ」と褒められた。えへへ、と笑うしかなく、恥ずかしくなってプレイピアの横で食事をすることにした。


 プレイピアのシャンプーのいい香りがして、横に座っているだけで心が落ち着く。


「あなた、とても飲み込みは早いし、教え甲斐があるわ」


「えへへ、ありがとうございます」


 やっているこっちは、いっぱいいっぱいだが。

 こうして褒められるのは悪くない。


 初めて野外で作ったスープは、とても美味しく感じた。

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