第13話 デザートは別腹 噂話は半分まで

 パレードを横目に見ながら、街中を進んで行く。

 途中でパン屋の前を通った時に、デザルトがおやつ代わりにと菓子パンを買ってくれた。

 手のひらサイズの茶色の丸いパンの中に、オレンジ色のソースが入ったもので、甘酸っぱくてとても美味しい。

 それを食べながら、感謝祭を見て回った。


「デザルトさん、あれは何?」


 蛍が指さした先には、他の建物とは一線を画した細長い建物があった。

 背の低い柵に囲まれたそこは、長崎で見た教会のような形をした建物で、だが十字架がありそうな屋根には何やらモヤモヤした煙を纏った球体が飾ってあった。酒屋の軒先に吊るされていそうなその球体は植物で出来ていて、その周囲を緑色の煙がモヤモヤと漂っている。


「あれは教会です」


「教会? あれが?」


 柵の中は花畑になっていて、確かに薄目で見れば教会に見えなくもない。

 教会とするには異様な球体を除けば、の話だが。


「あれは何?」


 蛍が怪訝そうな顔で球体を指さすと、デザルトは「あぁ」と言った。


「あれは、この教会で祀っているご神体の一部です。看板みたいなものですよ」


「ご神体?! そんな大切なものを外に出しておくの?」


 元の世界の教会にある十字架もある意味ご神体のようなものだし、看板のようなものだが、なんだかしっくりこない。

 

「見ていきますか?」


「え? 何を?」


「あそこにもアディオペラ様の像が飾ってあります」


「へぇ、そうなんだ。じゃあ行こう!」


 なら、会ってみたい気もする。

 デザルトの腕を引いて柵を通り教会の扉に手を当てると、扉は押してもいないのに自然と開いた。

 扉の向こうは元の世界の教会に似た造りになっていて、信者が座るベンチとオルガン、そして扉から入って正面に銅像があった。その銅像の前に、一人の女性が立っていた。

 紺色の丈の長いワンピースには複雑な刺繍が施されていて、同じ色のベールを頭につけている。


「あら、お客様?」


 その女性が振り返った。ウェーブのかかった茶色の髪を一まとめにしていて、ふんわりとした雰囲気が大変可愛らしい。


「感謝祭の日にお邪魔いたします、シスター」


「あらあら、いいのよ。ちょうど暇していたところだから。さぁどうぞ、お座りになって。と言っても、こんなところで申し訳ないけど」


「いえ。ありがとうございます」


 慣れた様子で、デザルトが一番前のベンチに座ったので、蛍もその横に座った。

 そこから見た銅像は、確かにあのアディオペラのようだった。

 両手を空に掲げるようにして立つその銅像は、とても神々しい雰囲気がある。神輿台の上にあった銅像とはポーズが異なるようだった。


「賢者候補様。あれがアディオペラ様です」


「へぇ、あの人本当に神様だったんだ」


 蛍をこんな目に合わせることに微塵も申し訳なさを感じていなかったから、人間ではないのだろうと思っていたが、本当に人間ではなかったらしい。

 この銅像は着ている服の柄もしっかり表現されていて、あの時見た刺繍もしっかり彫られていた。


「はい、お茶をどうぞ」


「ありがとうございます」


「あなた方は旅人さんですか?」


「いえ。僕は賢者候補様を導く導き手です」


「あら、そうだったの? じゃあ、あなたが賢者候補様なんですね」


「は、はい!」


 どうにも、こういう紹介をされるのは慣れそうにない。紫色の茶を飲みながら、蛍は居心地悪そうに目を逸らした。

 シスターはこちらの反応を見て、苦笑した。


「そうよね、たしか賢者候補様は突然選ばれるんでしたもんね」


「うぅ、ごめんなさい」


「そしたら、アディオペラ様のことも知らないのかしら」


 たしかに、アディオペラ本人と対面したことはあるが、あの人について蛍は何も知らない。コクコクと蛍が頷くと、シスターは蛍たちの前に椅子を持ってきて座った。


「そうね、これを機にあなたもアディオペラ様のことを知ってくれたら嬉しいわ」


 嬉しそうなシスターとは反対に、蛍はなんだか緊張してしまって茶を飲むのもままならない。横のデザルトをチラっと見ても、デザルトは悠々と茶を飲んでいて、何も助けてはくれなさそうだ。


「アディオペラ様はね、この地を作った創造主とも言われているのよ。世の中の人たちは豊穣の神として認識しているけれど、教会の人間は彼女を創造主として祈りを捧げているの」


 どうやらアディオペラは女性だったらしい。

 

「今週のこの感謝祭は、この地にアディオペラ様が初めてかぼちゃをお植えになって、それを収穫されたことから始まったお祭りなの。この地は荒野だったと言われていて、そこに富みをお与えになったアディオペラ様に感謝を捧げるため、皆でカボチャパイやジャデリドージガを食べてお祝いするの」


 なんだか、どこかで聞いたことのあるような祭りだった。

 たしか、英語の授業中に、キリスト教の感謝祭についてやった時にそんなような話を聞いたような気がする。あの時はキリストが種を蒔いたのではなく、アメリカを開拓する時に得た収穫物をお祝いするための祭りだったはずだが。

 アメリカの感謝祭でもカボチャのパイは食べるそうだから、既視感がある。


「お花を飾るようになったのは、ここ数十年の話なんだけどね。誰が言い出したんだか分からないけど、歴史の本には書いていないから、たぶんこの街だけなのかもしれないわね」


 私、外に出たことなくて、とシスターは笑う。


「僕が前にここに来た時は、こんなに派手ではなかったですね」


 そんな時に、デザルトが突然呟いた。

 

「あら、そうなの? お兄さん、私より若そうに見えるけど……」


「僕は長命種なので」


「あら! そうだったの! あらあら」


 シスターはケタケタ笑ってから、デザルトを上から下まで見る。


「それにしては、あなたは私たちと同じに見えるわ」


 そう言ったシスターに、デザルトは微笑むばかりで何も返さなかった。


 シスターに礼を言って、教会を後にする。

 祭りはまだまだこれからのようで、夕焼けに染まり始めた空にはお構いなしで花が舞っている。


「あの、デザルトさん、」


「賢者候補様、少し早いですが夕食にしましょう。ジャデリドージガをぜひ食べていただきたいです」


「う、うん」


 あのシスターの反応や、マグダレーナ卿の言葉。ジャックの言葉も引っかかる。


「(私に全部話せとは言わないけど、秘密にされるのはなんだか寂しいな……)」


 とはいえ、修行はまだ始まったばかりだ。

 これから仲良くなって、話してもらえばいいか、と蛍は楽観的に考えてデザルトの後を追った。


 大通りに戻って、宿のある小道を素通りした先にレストランがあった。

 テラス席のあるその店は、既に酒が入って盛り上がっている人が多く、賑やかだった。

 店員に勧められて、蛍たちもテラス席に通された。

 ジャデリドージガを含めて数品頼み、先に飲み物が出て来た。


「デザルトさん、これは何?」


 蛍の前に出されたのは水色の飲み物で、微炭酸が入っているのかしゅわしゅわと泡が弾ける音が心地よい。

 それを指さすと、デザルトが「ソーダです」と言った。


「デザルトさんのは?」


「これはピエーラです」


「ピエーラ?」


 名前を聞いてもピンと来ない。

 ガラスのジョッキに入れられたそれは黄色の炭酸ドリンクで、見た目はエナジードリンクにそっくりだった。


「飲んでみますか?」


「うん」


 デザルトからジョッキを受け取って、一口。


「うぇっ! ビールだ、これ!」


「ふふ」


「笑うなぁ!」


 強炭酸と、舌に感じる苦み、ビール独特の香りに、蛍は慌てて口を離した。アルコールの味もしっかり感じて、ますます蛍は嫌そうな顔でジョッキをデザルトに返した。

 蛍の顔がツボに入ったのか、デザルトはクスクス笑った。

 その反応に、なんだか恥ずかしくなってきて頬が熱くなる。


「私まだお酒飲めないもん……」


 この世界の成人が何歳からなのか分からないが。

 大人の仲間入りできたとしても、この味には慣れそうにない。

 ソーダで口直しするが、このソーダもなんだかソーダの味がせず、蛍の顔はますます強張った。このソーダにはアルコールが入っていないようで、それだけは安心した。


「うぅ、デザルトさんの意地悪!」


「すみません、賢者候補様。まさかピエーラが苦手だとは思わなくて」


 テーブル越しなのが幸いして、蛍の拳はデザルトには届かない。

 表情で精一杯不機嫌な顔を作ると、デザルトは笑いながらまた「すみません」と言った。


「へい、お待ち! ジャデリドージガと、ビュルラね」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます!」


 噂のジャデリドージガは、丸鶏の香草焼きのことだった。ますますアメリカの感謝祭に似た祭りなのだな、と蛍は考えた。

 ビュルラはどう見てもマッシュポテトだった。


 慣れた様子でデザルトがジャデリドージガを取り分けてくれて、ビュルラと途中で来た茹でグリーンピースも盛り付けて、小さなワンプレートが出来上がった。


「わーい! いただきまーす!」


「ゆっくりどうぞ」


 ナイフとフォークをどうにか駆使して、一口。

 元の世界には無い独特のスパイスの味が面白い。

 焼かれた皮はパリパリで、とても美味しかった。途中でビュルラと茹でグリーンピースを挟みながら食べ進める。そんな蛍を見ながら、デザルトは一人で酒が進んでいた。時々ジャデリドージガを摘まんではいるものの、ほとんどの肉を蛍に分けてくる。


「お酒強いね、デザルトさん」


 彼の頼むピエーラが五杯目になったところで、ようやくジャデリドージガを食べ終えた蛍に、デザルトはご機嫌に笑った。


「美味しかったですか?」


「うん。めちゃくちゃ美味しかった」


 スパイスの味は、食べ進めるごとに慣れたので苦痛に感じることはなかった。最後にデザートとしてカボチャパイが一切れ出てきて、青のクリームが添えられていたものの、見た目は元の世界とほとんど変わらない。デザートは別腹、とばかりにぱくついた蛍に驚きはしたものの、デザルトは変わらぬペースでジョッキを空けた。


「よく食べられますね」


「デザートは別でしょ」


「また気持ち悪くなっても知りませんよ」


「あれは違う理由だもん」


 あれは、デザルトのせいだ。美味しくご飯を食べていた途中で、あんな死ぬかもしれない可能性をチラつかされて、気分が悪くならない人間がいるなら教えてほしい。


「賢者候補様」


「ん? なぁに?」


「アディオペラ様のこと、どう思いますか?」


「へ?」


 突然、何を言うのか。

 シスターの話を聞いた蛍の感想を求めているのだろうというのは分かったが、突然聞かれてもすぐには答えられない。

 どう答えたものか、と悩んでいると、六杯目のピエーラが届いたところで、デザルトがぽつりと口を開いた。


「僕は、あの方が豊穣の神だとはとても思えません」


「え? どうして?」


「この地の創造主というのは、たぶん当たっていると思います。ですが、あの方が豊穣を司る神だとは思えないんです」


 周囲の声にかき消えそうな音量で、デザルトは呟いた。


「賢者候補様。これから先、幾度となくアディオペラ様の話を聞くと思います。幾度となく、あの方が豊穣の神で、この地に富みを運んできた救世主だと聞かされると思います。ですが、これだけは覚えておいてください。あの方はそのような神ではない。あの方は、我々に試練を与える存在だ、と」


 あまりにも真剣な顔でそう言うのものだから、蛍はコクリと頷くしかできなかった。

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