第12話 仮の話をしましょう
「デザルトさん、手離して! 痛いよ!」
王の間から城の外に出るまで、デザルトは一言も喋らず、蛍の手を握ったままズンズン進んでいっていた。城から出て庭に出た頃に堪らず手を振り解くと、そこでようやくデザルトが驚いたようにこちらを見た。
「あ……すみません、賢者候補様……僕、」
「いいよ、別に。こっち見てくれたし。どうしたの? あの人のこと嫌い?」
握られていた手を摩りながらデザルトを見ると、デザルトはあわあわと慌てた様子を見せた後、ガックリと肩を落とした。
「すみません。あの人を相手にするとつい周りが見えなくなってしまって……手は大丈夫ですか? 強く握ってしまったから……」
「大丈夫だよ」
突然のことに驚きはしたが。
デザルトは蛍が首を横に振ったのを見て、ホッと胸を撫で下ろし、今度は優しく手を握ってきた。握るのだけはやめていただきたい、と蛍がそっと手を離したものの、どうもこの手を繋ぐ行為はデザルトにとっては大事なもののようで、諦めてくれなかった。
仕方がないので、蛍が諦めて手を繋がれたまま歩く。
庭をしばらく歩いてベンチが見えてくると、ようやくデザルトがくるりと振り返った。
「賢者候補様、申し訳ありませんが、少しここで待っていてくれませんか?」
「え? どうして?」
この後の予定が無い様子だったので、正直どこに行こうとどこで待とうと関係ないのだが、突然の提案に蛍は反射的に返した。
デザルトは気まずそうに蛍から目を逸らしてから、モゴモゴ何かを言いながら蛍の背を押してきた。
「と、ともかく、ここで待っていてください。十分ほどで戻ります」
それだけ行って、デザルトは早足でどこかに行ってしまった。
仕方がないので、蛍はおとなしくベンチに座る。
ベンチから見上げた空はどこまでも晴れやかで、風も心地よく、周囲を散歩している人たちはどこまでも穏やかだ。
「うーん、良い天気だなぁ」
グッと両腕を突き上げて身体を伸ばしていると、遠くから不思議なステップを踏みながら歩く男性が見えた。
手には大きな花束を抱えていて、この場にいる誰よりもご機嫌で、蛍は思わずジッと見つめてしまった。
「……って! ジャックさんじゃん!」
誰かと思えば、あのド派手な杖屋だった。
なぜこんなところに、と見ているとばっちり目が合って、ジャックはますますご機嫌に走り寄ってきた。
「やぁ、お嬢さん! 元気かい? ボクはミーシェルデアに感謝祭の花を買いに来たついでにお散歩さ! あれ? デザルトはどうしたんだい? あぁ、待って! 考えるから!」
「さっき、どっかに行っちゃいました」
「あぁ、もしかして、綺麗な蝶でも見つけたのかな? あの子はたまにフラフラするからね! 今日は感謝祭だ! 無理もないね!」
バッとベンチの上に立ってポーズを取ったジャックは、ドヤッと得意満面にこちらを見てきた。
隣でそれを見ているしかできなかった蛍は圧倒されてしまって、パクパクと口を開け閉めするしかなかった。
「え、あの、そうなんですか?」
「ふふん、このボクが言うんだから間違いないよ! さてさて! 王様には会えたかい? どうだった?」
蛍の横に座り直したジャックが、花束を膝の上に乗せたまま足を組んでこちらにズイッと顔を近づけてきた。
それを手で押し除けながら、蛍は「えーっと」と言い淀んだ。
「ものすごく背の高い人がいて、その人とデザルトさんは仲が悪くって……」
たった数分前のことだと言うのに、何が何やらさっぱりで、蛍はしどろもどろになりながら、ジェスチャーを交えて呟く。ジャックはそれをふんふんと聞きながら、どこか上の空だ。自分から聞いておいて、嫌な態度だ。
「うーん、なんというか、あれだね! キミはあまり言葉が上手くないようだ! 何を言っているかさっぱり分からない!」
「そ、そんな言い方しなくても……」
確かに今の説明は何も伝わっていないだろうが、はっきり言われてしまうと傷つく。
ジャックはこちらの眉間の皺には気づいていないようで、「うーん」とひとしきり悩んでハッと大袈裟に閃いてみせた。
「もしかして、マグダレーナ卿にお会いしたのかな?」
蛍は首がもげんばかりの勢いで頷いた。
「なるほど、なるほど! それならきっと、彼は気持ちの切り替えをしに行ったのかもね! 彼とマグダレーナ卿はとってもナカヨシだから!」
「な、仲良し?」
あれのどこが仲良しなのだろうか。
バッチバチに火花が散っていて、マグダレーナ卿は嫌味満載、デザルトは舌打ちするほどだったというのに。
ジャックはこちらの反応が面白いようで、ケタケタ笑った。
「マグダレーナ卿はきっとこう言っただろう? 異郷人デザルトって! 彼はそれが気に食わないのさ! この地に来てからもう六百年はいるというのに! マグダレーナ卿の中ではいつまでも彼は異郷人だし、デザルトの中ではいつまでも、」
「ジャックさん」
突然、蛍の背後からデザルトの声がした。
振り返ると、呆れたような顔をしたデザルトが立っていて、煙の臭いがした。タバコ独特の煙の臭いで、この世界にもタバコがあることに驚いたし、何よりデザルトが喫煙者だったことにも驚いた。
「おお! デザーーーールト!! さっきぶりだね! どこに行っていたんだい? まぁ、その様子じゃ蝶々を追いかけてたんだろうけれど!」
「そんなわけないでしょう。所用を済ませていただけです。行きましょう、賢者候補様。宿を探しましょう」
「う、うん」
「またね、お嬢さん!」
デザルトに手を引っ張られて立ち上がった蛍に、ジャックは変わらずご機嫌に挨拶をしてきた。
それに手を振ろうとしたところで、ジャックは腰から杖を取り出して、「えい!」と言ったかと思うと光の粉となって消えた。
「え? え?!」
「あれは空間転移の魔法ですよ」
そう言ったデザルトだったが、どういう魔法か教える気はないようで、蛍と共にズンズン歩いて行った。
城を出て、城下町まで戻ってくると、感謝祭はより一層盛り上がってきたようで、人出がどっと増えていた。
誰も彼もが花束を持ち、花冠を頭に乗せていてとても華やかだ。魔法で常時花びらを舞わせている人もいる。
「わぁ……! 綺麗!」
「賢者候補様、はぐれますよ」
「大丈夫! 手繋いでるし!」
とはいえ、あまりはしゃいでも良いことはない。
きゃあきゃあと感嘆の声を上げながらも、どうにか人混みを避けながら宿を目指した。
大通りを抜けて、細い道をいくつか曲がる。横道にも花が飾られていて、その徹底ぶりがなんだか面白い。
「あそこです」
「うん!」
ようやく見つけた宿は、道の端にあった宿に比べてかなり小さめの造りだった。石壁と木の柱、茶色の屋根は共通だが、なぜだか極端に両隣より小さい。
扉はデザルトがギリギリ通れる高さで、置いてある花壇も小さめだ。
宿の看板には小さな子豚のようなマークが描いてある。
「ここ?」
「空いていればいいんですが」
扉を開けてくぐるようにして中に入ると、中はとてつもなく広かった。
道の端の宿と似たような構造になっていて、フロントカウンターには宿の主人らしい人が座っている。
ここの宿の主人は小人族よりは大きく、だが人間よりは小さかった。ちょうど小学生くらいだろうか。身体は小さいが顔はしわしわで、たっぷりと髭を蓄えている。
「いらっしゃい。泊まりかい?」
「はい」
デザルトが懐から何かを取り出して主人に見せると、主人は目を丸くした後蛍を見た。
「へぇ! あんたが賢者候補ってやつかい? 初めて見たぞ」
「えぇ、そうです」
「ならすぐに部屋を用意しよう。今日は感謝祭で、いろんなところから旅人が来ているんだが、賢者候補が来ているなら仕方ない。おーい、一部屋開けてくれー」
遠くで人間の大人サイズの従業員が「へい!」と返事した。
「それじゃあ、これで向こう百年は安泰ってわけだ」
「えぇ、そうですね。そうあってほしいです」
「ほら、これがあんたたちの部屋番号だよ。ごゆっくり」
手のひらサイズの木板を渡されて、デザルトに導かれるまま蛍は客室エリアを歩いた。
道の端の宿では、何が何やら分からないまま連れられていたので分かっていなかったが、二段ベッドとカーテンには数字の書かれた木札が下がっていて、これで部屋を認識しているらしい。
今回はまだ客が帰ってきていないようで、カーテンが開きっぱなしになっている二段ベッドが多数あった。ベッドには大きな荷物や厳つい武器などが置かれていて、カーテンの引かれたベッドも数多くあり今日は満室のようだった。
ここの国はよほど治安のいいところらしい。
「ここです。どうぞ」
「ありがとう」
三十と書かれた木札の下がった二段ベッドに通されて、蛍はさっそく二段ベッドの上に登った。鞄をベッド奥に放って、そこでようやく、ふぅと息をつけた。
下をチラリと見るとデザルトが荷物をベッドに置いているところで、彼の後頭部では銀色の髪飾りが揺れている。
しげしげとそれを見つめていると、顔を上げたデザルトと目が合った。
「? どうかされましたか?」
「う、ううん! なんでもない!」
綺麗な銀色の髪だ。
綺麗な髪飾りだ。
ただ、それを本人に見られるのは恥ずかしい。
「綺麗な髪飾りだね」
蛍がデザルトの後頭部を指して言うと、デザルトは「あぁ」と言ってサラリと髪を指で梳いた。
「頂いたんです。ある人から」
「ふーん、そうなんだ?」
大切にしているのはよく分かった。
銀細工はピカピカに輝いていて、とても綺麗だ。
「賢者候補様、感謝祭を見に行きませんか?」
「え? いいの?」
「行きたそうにしているように見えたので。嫌ですか?」
ブンブンと蛍が首を横に振ると、デザルトは「では行きましょう」と比較的クールに返してきた。
宿の外に出て大通りに出ると、大通りの花の数がどんどん増えていて、パレードまで始まっているところだった。
花で装飾された何かの像が神輿台に担ぎ上げられていて、ご機嫌なパレード曲と一緒にご機嫌なステップを踏みながら練り歩いていた。なんだか見たことがあるような、ないような。そんな面影のある銅像だった。
「あれはなに?」
「あれは、アディオペラ様の銅像です。この国を守護してくれる存在です」
「え? あれがアディオペラ?!」
よくよく目を凝らして見てみるが、その銅像は顔面の凹凸が分からないほどツルツルになってしまっていて、よく分からない。目が二つあることくらいしか、似ている要素を見つけられなかった。
「まぁ、あなた、まだお花を貰っていないのね」
「え? あ、はい」
パレードをよく見ようと一生懸命背伸びしているところに、突然知らない女性から話しかけられた。
警戒しつつ女性を見ると、彼女は大きな手持ち籠に花冠をたくさん詰め込んでいて、その中の一つを頭の上に乗せられた。女性は同じようにデザルトにも乗せて、フフフと笑った。イケメンはこうやって人を幸せにしていくらしい。
「感謝祭楽しんでね!」
「は、はい!」
爽やかに去っていく女性は、その後も花冠や花飾りをつけていない旅人へ声をかけては、花冠を渡していた。
この花冠はこの感謝祭において相当大切なものらしい。
「これ、可愛いね、デザルトさん」
「この花冠は、本来は感謝祭には必要のないものなんですよ」
「え?! そうなの?!」
こんなに人間すらも飾られているというのに。
デザルトはやれやれと言った風に花冠を外し、長い杖の先で花冠を叩いた。
「《カンヒアーレ》」
「おぉ!」
呪文と共に、花冠が小さな花飾りへと変化した。胸元に差せるブローチのような形になっていて、それを蛍のローブにそっとつけてくれた。
「え、デザルトさん、これいいの?」
「うん、可愛いですよ、賢者候補様」
率直にそんなことを言われて、照れない方がおかしい。
顔がふにゃふにゃに溶けそうだ。
「え、えへへ、ありがとう、デザルトさん」
蛍が顔を赤らめながら言うと、デザルトも優しく微笑んでくれた。
こんな日が続けばいいのに、と蛍は本気で願ってしまった。
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