第17話 アイライン命の時間に戻りたい
ゲームで言うところの、プレイアブルキャラクター加入イベントを終えて、プレイピアはウッキウキしながら自己紹介を始めた。
こうして真正面から見ても、やっぱりプレイピアは女性のようでもあるし、細い男性のようにも見える。目線を落とすとプレイピアは先が丸くなった真っ白な靴を履いていて、宿の明かりを反射してキラキラ輝いていた。
可愛い服に、可愛い靴。可愛いヘアアレンジに、香水かヘアオイルのいい匂い。
蛍が憧れる「可愛い女の子」そのものだ。
座り方が非常に粗野なのが残念だが。
「じゃあ、これからよろしくね、お嬢さん。ワタシはプレイピア。そこのデザルトとは五百年前に出会ってから、ちょくちょく会う仲なの」
「僕が賢者候補様を連れているところに出くわす率が高いだけです」
「元は『中央にある綺麗な街』で騎士団長をしていたから、腕には自信があるのよ。魔法だって得意なんだから」
「あのマグダレーナ卿の師匠でもあります」
プレイピアの話に、横のデザルトが小さく捕捉してくれる。
あのマグダレーナ卿の師匠と聞いて、蛍は驚きで目を丸くした。師匠と言うくらいだから、あの巨大なマグダレーナ卿よりも強いということである。
ふわふわな服を着ていても細いプレイピアが、マグダレーナ卿に勝てるイメージがまったく湧かない。
「あら、マグダレーナなんて懐かしい名前。あの子は元気?」
「えぇ、まぁ。相変わらずでした」
デザルトの反応が途端に冷たくなる。それを見て、プレイピアはケラケラ笑いながら「あなたも相変わらずね」と言った。
「そう。あの蝣�黄繧エ繝ェ繝ゥの相手は疲れるでしょ。あんだけ鬼団長だのなんだのって言われてたくせに、今は子育てに夢中だってんだから、人生どこで何があるか分かったもんじゃないわね」
子育てと聞いて、あの幼い王様の顔が浮かんだ。
あんなに小さな子が甘えるように「おやつ」と言っていたのを思い出して、デザルトへの態度とは百八十度違う態度で王には接しているのだろうなとは思う。穏やかな笑顔で「どうちまちたかぁ~?」なんて言っていたらどうしよう、と蛍は妄想してしまい、笑うのを堪えるのが大変だった。
「それで、お嬢さんの名前は?」
突然こちらに話を振られてしまって、蛍は慌てて脳内妄想をかき消してプレイピアに向き直った。危ない。出会って早々変な人だとは思われたくない。
「蛍です。小鳥遊蛍」
そう答えたのに、プレイピアの顔は浮かない。困ったように眉を下げていた。
この世界に来てから、自分の名前を告げると皆同じ反応をする。左耳のピアスがあれば言葉を翻訳してくれるはずだというのに、なんだかスッキリしない。
「まぁともかく、今日からよろしくね。もしデザルトに言えないことがあったら、いつでもワタシに言ってね」
「わかりました」
プレイピアは蛍が頷いたのを見て、ニコニコ笑いながら蛍の手を取って左右に振った。
ポカンとその光景を見ていると、それに気づいたプレイピアが「この国の握手よ」と言った。プレイピアの手は細くて薄く、それでいてもっちりとした手触りがして、これは見た目以上に美容に気を遣っていると蛍は直感で思った。
「デザルトから聞いてる話だけだけど、あなたも大変よね。突然賢者候補に選ばれてここに連れてこられて……しかも魔法も初めてなんでしょう? いったいどこの国から来たの?」
「え、えーっと……」
国、というなら、「日本」と答えるのが正解である。ただ、この世界では「日本」と答えたところで、首を傾げられるだろうけれど。
どう答えたらいいものか、と考えていると、デザルトが横で咳払いをした。それを聞いたプレイピアがようやく手を離してくれる。
「プレイピアさん、そのくらいでいいでしょう。ここから東の村までは四日かかります。その間に話せば良い」
「たしかに、それもそうね」
「賢者候補様。ここの宿には食事場もないので、何か買ってきますね」
おもむろに、デザルトが立ち上がった。突然何を言い出すのかと思ったが、食堂がないのであれば仕方ない。蛍がついていったとて、何の戦力にもならない。
「う、うん。いってらっしゃい」
「プレイピアさん、行きますよ」
「え? ワタシも?!」
「いいから、来てください」
ほとんど無理矢理デザルトがプレイピアを引きずって出て行ってしまった。
それをポカンと見送るしかできず、蛍はその場に取り残されてしまったのだった。
*****
彼らが戻ってきたのは、あれから一時間ほど経ったころだった。
二人の手には数種類のパンがある。ペリザは無かったようだ。
宿の主人からテーブルと人数分の椅子を借りて、簡易パーティの始まりだ。
「申し訳ありません、賢者候補様。このぐらいしか買ってこれませんでした」
「全然! 気にしないで! パンだけでも美味しいよ!」
この世界のパンは、柔らかな食感なのに塩味が強い。本当ならジャムか何かがあればいいのだが、今は旅行ではない。仕方なくパンをそのままで頬張ると、デザルトが鞄から紫の茶を出してくれた。
「あ! ねぇ、あなた、もしよかったらこのジャム使わない?」
「え? ジャムあるんですか?!」
驚いてプレイピアを見ると、プレイピアはピンク色の可愛らしい鞄から、小さなガラス瓶を出しているところだった。
瓶に入っているのは、青いジャムだった。そこで、前に食べたパイについてきたのも青い生クリームだったと思い出した。食欲減退色だと思っていたのだが、この世界では違うようだ。
「はい、これ。ワタシの手作りなんだけど、なかなかいけるわよ」
「ありがとうございます!」
プレイピアから渡された小さな木匙でパンに塗って、一口。
こめかみが痛みそうなほど甘く、だが塩味の強いパンにはとても合う不思議なジャムだった。
「美味しい!」
「ふふ、よかった、お口に合ったようね。安心したわ」
当のプレイピアは茶を飲みながらパンをちょこっと摘まむ程度で、あまりジャムを食べないでいる。
そこで、蛍はそっと自分の腹とプレイピアの腹を見た。これが、細さの秘訣。蛍はジャムを塗るスピードを気持ち少し遅くした。
「明日はどうするの? 朝早くから行くの?」
「えぇ、そのつもりです。雨が降ってきても困りますし」
淡々とデザルトはパンを食べながら告げる。
それをふんふんと聞いていたプレイピアは、「起きられるかしら……」と呟いた。
「起きなかったら置いていきますが」
「ひっどいわ、デザルト! そんなこと言わないでよ! わかったわ、頑張って起きるから!」
「プレイピアさんはだいぶ寝汚い方ですから、期待はしていません」
「酷い! ねぇ、ちょっとあなた、こんな酷い男と一緒でよくキレないわね? 大変でしょ、いろいろと」
「プレイピアさん。賢者候補様に絡まないでください」
なんだか、今回の旅はとても面白い旅になりそうだ。
蛍が思わず笑ってしまうと、デザルトとプレイピアは目を見合わせて、プレイピアだけが嬉しそうにデザルトの背を叩いていた。
******
朝、蛍はデザルトのコーヒーの匂いで起きた。
二段ベッドの上から下を見ると、デザルトがテーブルの上に道具を広げて魔法でコーヒーを淹れているところで、こちらの物音に気付いたデザルトと目があった。小さな丸いパンが数個、皿に乗っていて、あれが今日の朝飯のようだった。
「おはようございます、賢者候補様」
「……おはよう」
起きてすぐ、蛍は自分の格好に気づいて慌てて掛け布団の中にもぐったが、デザルトは気にせず「賢者候補様もコーヒーを飲みますか?」と聞いてきた。
「……飲む」
「では、起きてきてください」
「ちょ、ちょっと待って、着替えるから!」
どうも、彼の前にパジャマ姿で出るのは嫌だ。
掛け布団の中で制服に着替えて下に下りると、デザルトがマグカップを渡してくれた。香り豊かな湯気に包まれ、誘われるまま椅子に座ってミルクがたっぷり入ったコーヒーを堪能した。美味しい。今日のコーヒーは、この前と違ってチョコレートのような甘めのコクを感じる。
「プレピアさんは?」
「あの人、まだ起きていないんですよね……さっき横を覗いたんですけど、腹を出したままぐーすか寝ていました」
これは、置いて行かれるフラグではなかろうか。
プレイピアがヘアアレンジもメイクも、しっかりばっちりやっていたのを思い出して、今起きて準備をし始めても間に合わないのではないだろうか。
「メイク、したいなぁ……」
ネイルもしたいし、メイクもしたい。
あの日は学校があったからすっぴんのままここに来てしまったが、蛍だって女子高生である。それなりに、ファッションも、ネイルも、メイクも、ヘアケアも、やりたい。カラコンだって入れたい。できるなら、こんなイケメンの横を歩くのだから、可愛くしていたい。
コーヒーを飲みながら、そっと自分の髪を見る。
真っ黒でストレートの髪は、何をしなくても綺麗に保てる毛質なのが幸いだったが、それでもヘアオイルもヘアミストもないこの環境では、あまり自信を持てそうにない。
「(ってか、この世界ってメイク道具とかどこに売ってるんだろう……)」
ドラッグストアがあるようにも見えない。
妙に真剣な顔をしてコーヒーを飲んでいたせいか、デザルトがオロオロと「美味しくなかったですか?」とか「お砂糖が無くてすみません」とか言ってきたので、蛍は慌てて笑顔を向けた。
「違う違う! コーヒーはめちゃくちゃ美味しいよ! ありがとう!」
「よかった……ですが、もし美味しくないものがあったら言ってくださいね。僕はできるだけ、あなたには美味しいものを食べさせたいので」
それは、いったいどういう意味だろうか。
太っている方が好みということだろうか。分からない。
プレイピアのジャムが置いてあったものの、蛍は努めてジャム無しでパンを食べた。
「おっはよう、みんな!」
「おはようございます、プレイピアさん」
「おはようございます!」
そんな時に、バッとカーテンが開いて、ばっちり準備が整ったプレイピアが入ってきた。
今日のプレイピアは、昨日と同じ格好をしていたものの、髪は下ろしていた。緩くウェーブのかかったその髪は綺麗にまとまっていて、羨ましい。
「朝ご飯食べたらすぐ出ますよ」
「えぇ、分かっているわ。今日からビシバシ行きましょう!」
エイエイオーっ!と腕を振り上げたプレイピアとは対照的に、デザルトが深い深い溜め息をついたのを、蛍だけが知っていた。
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