第16話 人は見た目が9割らしい
朝が来てしまった。
夢の中で何かアディオペラに似た人物に暴言を吐いたような気もしたが、まったく思い出せない。
そして、朝が来てしまったので、現実逃避することができなくなってしまった。
「賢者候補様、おはようございます。デザルトです」
来た。
来てしまった。
ベッドの中でゴロゴロしていると、遠くで木戸を叩く音とデザルトの声が聞こえた。
蛍は諦めてのそのそ起き上がって、裸足のまま玄関に向かった。
ドアノブに手をかけようとしたところで、ハタと気づく。
今、自分はパジャマ姿だ。
これは見せられたものじゃない。
「? 賢者候補様? デザルトです。開けてください」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうかされましたか? 何か問題でも?」
「いや、問題というか、今パジャマだから!」
「開けてください、賢者候補様」
「開けられないってば!」
慌てた様子でドンドンと木戸を叩くデザルトに必死に呼びかけるが、こちらの声が聞こえていないのか、デザルトの要求は止まらない。
仕方がないので、蛍はそっと顔が見える分だけ木戸を開けた。
「えーっと……」
朝から見るにはとても心臓に悪いほど、今日のデザルトもイケメンだった。
太陽の光に照らされたデザルトの髪は透き通って見えて、天使の輪が広がっていてとても美しい。
彼の瞳もキラキラと光を反射させていて、可愛らしい刺繍の入った彼の服も、白の生地のせいか太陽の光を反射させている。彼のその容姿のあまりの眩しさに蛍は目を細めた。
そっと視線を逸らすと、昨日よりは大きな鞄を斜め掛けにしていて、その鞄にも可愛らしい刺繍が施されていた。
「お、おはよう、デザルトさん」
「おはようございます。ん? どうかされましたか?」
「ちょ、ちょっとここで待っててくれない? 着替えてくるから!」
「? まぁ、いいでしょう。分かりました」
木戸を閉めようとした蛍を見て、デザルトはよく分かっていなさそうだったが、姿を見せて説明するのも憚られる。
二階に駆け上がって、急いで制服とローブに着替えた。
「お、お待たせ!」
「おはようございます、賢者候補様」
「と、とりあえず、まだ準備できてないから、入って!」
「? は、はい」
話始めようとしたデザルトを遮って、蛍はデザルトの腕を引いて家の中に入れた。
リビングのソファに無理矢理座らせた後、蛍は上へ下へとドタバタと走り回る。
そんな蛍を見て、こちらのやりたいことを理解したのか、デザルトは大人しく座っていてくれた。
脱いだばかりのパジャマを手に取って、英語の本と、英和辞書も持つ。
デザルトがいるリビングまで、鞄に入れたいものを持ってきてさっそく詰めた。鞄奥にあったスマートフォンはそのまま持っていくことにした。一応、念のためだ。写真は撮れるのだし、この旅を意味のあるものにしたい。
ローテーブルに入れたいものを広げるていると、デザルトがソファの上に放っていた本に興味を持ったらしい。
「これは?」
「あ、それ! 昨日見つけたの! そっちはイタリア語かな? 読めないけど」
せめて英伊辞書があれば良いのだが、そういう便利なものはなかった。
日本のとある文豪は、ドイツ語の本を読む時に独独辞書から独英辞書、英英辞書の順で調べながら本を読んだというが、さすがに蛍には無理だ。
蛍の説明が届いたのか何なのか、デザルトは「ふーん」と呟いたかと思うと本を開いた。
パラパラとめくって、とあるページで手を止める。
「どうしたの?」
「……この本、どこで見つけたんですか?」
「え? 二階の、手前の部屋だよ」
上階を指さすと、デザルトはそれを目で追いかけて、そして「そうですか」と言った。
「懐かしい?」
この本の著者も、かつての賢者候補なのだろうから、デザルトも知っている人物かもしれない。
ページを撫でるデザルトの横に座って中を見てみると、ページの隅に何やら落書きがしてあった。
猫のような、犬のような何かが描いてあり、それを見つめるデザルトの眼差しの、なんと優しいことか。
ふふ、と笑ったデザルトは、蛍の視線に気づくと咳払いをして本を閉じた。
「準備はできましたか?」
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて持っていくものを鞄に詰め込んで、「よし!」と蛍は立ち上がった。
それを見て、デザルトも立ち上がる。
「では、行きましょう。東の村まではここからだいたい四日かかります」
「分かった」
今日からまた旅の始まりだ。
今回は東の村で起きた事件を調査しにいくのが目的だった。
ここで魔の長について情報を得て、その村で何が起きたのか確認する。単純な内容とはいえ、残虐な事件が起きた場所に行くのだからなかなかヘビーな内容だった。
体調が悪くならないことを祈るしかない。
村の出入り口を守る守衛に声をかけて、外出の許可を得た。
デザルトが守衛に渡したものを見ていると、それはペンダントにされた何かの証らしい。外出許可証とかそういうものだろうか。
「では、行きましょうか。途中までは『中央にある綺麗な街』に行くまでと同じです。その途中の分岐点で東に行くと、今回行く『東の小さな村』に着きます」
「分かった」
もうこの直訳名は慣れるしかない。
『聖なる森にある村』近くの山を上って、今回は途中で休むことなく森を抜けるようだ。
途中、ロバに荷物を満載に乗せた男からペリザを買って休憩をし、また歩き始める。おそらく、あのロバ男が前にデザルトの言っていた「飯屋」なのだろう。
「デザルトさん、今回は休まないの?」
「もう少し行ったところに小さな宿があるので、そこまで行きましょう」
長い長い杖で森の向こうを指したデザルトに、蛍はコクコク頷いた。
デザルトの杖は、アディオペラから貰ったものらしい。杖屋で知った。
確かに、蛍が持っている杖と違ってだいぶ使い込まれているし、少し古ぼけている。杖の先端についた宝石はキラキラ輝いているものの、年代物の風格はある。
それから、と視線を動かして、彼の髪飾りを見る。
細やかな銀細工のそれにもキラキラ輝く石がいくつも嵌まっていて、とても可愛らしい。あれもアディオペラから貰ったのだろうか。
「四日くらいしかまだ旅してないけど、歩くのも慣れたなぁ」
「疲れていませんか?」
「大丈夫! さっき休んだし、平気だよ!」
デザルトは要所要所でこちらを気にかけてくれる。
それに笑顔で返すと、デザルトもはちみつを溶かしたような笑顔を返してくれた。
イケメンはどんな表情でもイケメンだ。
今回は比較的元気に歩いていると、目の先に黄色のテントが見えてきた。
木で出来た看板が隣に立っているものの、なんと書いてあるのか分からない。
蛍がそれに駆け寄って見上げてみたが、子豚のマークがついている以外は分からなかった。
あのマークは『中央にある綺麗な街』で泊まった宿と同じものだ。あれが宿のマークなのだろうか。
それにしても、この宿は小さすぎやしないか。
蛍の世界で売っている二人用テントと同等の大きさで、蛍の肩までしか高さがない。
形も半円のテントで、出入口は暖簾のようになっていた。
困惑する蛍を他所にデザルトがその中に入っていく。蛍もそれに続くしかなかった。
「こんにちは」
「はい、いらっしゃい」
テントの中は魔法で全体的に広くなっていたものの、今まで泊まった宿に比べてだいぶ狭い場所だった。
フロントカウンターの向こう側に広がる客室エリアには、二段ベッドが五つしかない。カウンターに貼られた紙には、シャワーのマークに大きくバッテンが描いてあり、ここはシャワーのない宿らしい。
カウンターに立つ男は、『中央にある綺麗な街』の宿と同じく、小学生くらいの小さな男だった。たっぷりの髭で顔の半分が見えない。おそらく何か種族名があるのだろうが、デザルトが教えてくれないから分からない。
「空いていますか?」
「あぁ、大丈夫だよ。あんたたちが最後の客さ。ここを使いな」
「ありがとうございます」
渡された木札には「五」と書かれていて、それ以外のベッドを見ると旅人たちで埋まっていた。
蛍たちと同じサイズだが耳の先がやたら長い人間が一人、小学生くらいのサイズの男性が二組、可愛らしいふわふわの服を着た女性が一人だった。その女性の横が、蛍たちのベッドだった。
「あら、デザルト?」
「え?」
そんな可愛らしい服の可愛らしい顔をした女性が、こちらに声をかけてきた。ハスキーな声だ。
ピンクと白を基調としたワンピースのような服はどこかロリータ服にも見える。頭にちょこんと乗った帽子も、帽子というよりヘアアクセサリーのようだった。
明るい茶色の髪は緩くウェーブがかかっていて、それを編み込んで可愛くヘアアレンジしている。緑色の、少女のように大きな目は猫のように目尻が跳ね上がっていた。
ベッドに置かれた鞄も、服同様ピンクと白がメインでひらひらふわふわにしてあって、蛍のテンションはうなぎ登りだった。
「あー、えっと……」
声をかけられたデザルトにしては、なんだか歯切れが悪い。いち早くそれに気づいた女性は、バッとデザルトの前まですっ飛んできた。
「ワタシよ、ワタシ! プレイピアよ!」
「お久しぶりです、プレイピアさん」
デザルトの気のない返事に、プレイピアと名乗った女性はムキーッと怒ってみせた。だがすぐに機嫌を治してデザルトの前に仁王立ちで立ち塞がると、ジロジロと頭の先からつま先まで見て、そして蛍も見た。緑色の大きな目で見られると、なんだか緊張する。
「あの、プレイピアさん、」
「ふふ、なぁに、この子。真っ黒黒ってことは、今度はこの子が賢者候補なの?」
「はい、そうです」
どうやら、この女性は賢者候補を知るタイプの人間らしい。
知らない人間はとことん賢者候補というものを知らなかったが、この違いは一体何なのだろうか。
分からない。
「それで、どこに行くの? 西の泉?」
「いえ、今回は東の村に行く予定です」
五番の札がかかったベッドをソファ代わりに、デザルトは座った。その前に椅子を持ってきたプレイピアは、興味津々といった風をまったく隠しもせずに聞いてくる。デザルトの横に座らされた蛍は何も答えられず、デザルトに任せるしかできなかった。
「(うーん?)」
なんだか、違和感がある。このプレイピアは。
女性にしては声が低く、そして座り方がやたらと荒々しい。そういう女性なのだ、と片付けるには、蛍の中の何かが否定してきた。だが、男性と決めるにも、何か足りない気がする。
「(もしかして、この人、男性……? いや、でも、分かんないな……声は男の人みたいな低さじゃないし)」
足首や手首は細いが、首は服で隠されている。顔は小さくて大変可愛らしく、モデルだと言われても信じてしまいそうだった。
ジロジロ見るのはよくないと分かっているものの、蛍はプレイピアの格好を上から下まで見つめてしまった。
そんな蛍に気づいていないのか、プレイピアは足をガバリと開いて座ったまま、ふむふむと考え始めた。
「もしかして、新聞のあれ?」
「そうです」
「そっか。そうだよねぇ。導き手としては、気になるよね」
「あの、プレイピアさん……いつの間に名前を変えたんですか?」
「ん? なんのこと?」
横を見ると、デザルトは大困惑といった表情だった。
プレイピアはとぼけた様子で、首を傾げる。
「つい百年前は違う名前だったじゃないですか」
「うふふ、ワタシだってね、さすがに百年ずっと同じ名前ってわけにはいかないのよ。知ってるでしょ? ワタシが普段どこに住んでいるか」
「それは、そうですが……それに、その恰好……」
「あら、駄目?」
「いえ、そうではなく。前は青が好きと言って全身真っ青だったのに、今度は全身ピンクになったからびっくりしているだけです」
そこか。そこなのか。
このロリータ服ではないのか。
「いいじゃない。処世術よ」
「それはそうですが……でも、ゴリアテさん」
「ゴリアテって呼ぶんじゃないわよ、繧ッ繧ス繧ャ繧ュ」
「すみません」
冷静沈着そうなデザルトだったが、どうもプレイピアには弱いらしい。珍しいものを見た。
そして、プレイピアはおそらく何か汚い言葉を言ったのだろう。蛍の耳には、最後の単語だけ正しい日本語で入ってこなかった。
「まぁいいわ。今日からちゃんとプレイピアって呼んでくれたら」
「はい……」
「それで、東の村に行くんでしょ? なら、ワタシも一緒に行ってもいい?」
「え?」
プレイピアの突然の提案に、二人して驚いてしまった。
その反応に、プレイピアは「なによぉ」と言う。
「いいじゃない。それともなぁに? その子とよっぽど二人きりになりたいわけ?」
「いえ、そういうわけでは……」
デザルトが慌てたように両手で否定する。そこまで否定しなくても、とデザルトを見上げると、少し耳が赤いのが見えた。
「まぁ確かに、ベッドの数を考えると二人の方が都合がいいでしょうけど。ワタシも気になってるのよ、あの村の惨状。魔の長が原因ってはっきり書いてあるのも気になるし」
「それは、僕も気になっているところです」
「なら、いいでしょ? ワタシ、結構役に立つと思うわよ」
どう役に立つのだろうか。
蛍の視線に気づいたデザルトが小声で「プレイピアさんは元は『中央にある綺麗な街』の騎士団長さんなんです」と言った。
「え?! 騎士団長さん?!」
確か、ゲームや小説の知識でしかないが、騎士団長とは、騎士団の中でもトップクラスの頭脳と腕っぷしを持つ人物のことだ。
プレイピアを見るが、プレイピアの腕は蛍と同じくらい細い。腰も肩も細く、ふわふわふりふりのスカートに隠れているが、脚も太い様子がない。プレイピアの荷物を見ても剣などの武器を持っている様子はなかった。
少し悩んだデザルトだったが、溜め息と共に「分かりました」と言った。
こうして、やや強引に旅の仲間が増えた。
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