第9話 怒らせてしまったんだが

 れいは俺の目の前で黙々とオムライスを食べている。いつもは俺の料理を食べると目を輝かせながら美味しいと言ってくれるのに今日は何も言わずに食べている。何かがおかしい。


「怒ってるよな?」


「怒ってません」


「絶対に怒ってるよな」


「怒ってませんって」


 確実に怒っている。何か悪いことをしただろうか、考えてみよう。勉強を止めてしまったことか?でもこうして勉強をやめてオムライスを食べているのでそれで怒っているとは考えずらい。じゃあオムライスが小さいとかか?でも俺のとほとんど大きさは同じにしたはずだし...ポテサラが自分の作ったものと別物のようになっていることか?確かに自分が必死に作ったものがほとんど別物のようになっていたら俺も怒るかもしれない。


村花むらはなさんの作ったポテサラをほとんど別物にしてしまったことは謝る。だから機嫌を直してくれ」


「だから怒ってないですって。私の下手なポテトサラダをここまで美味しくしてくれたのは純粋にすごいなって思います」


「何で怒っているのか教えてほしい。俺って不器用で鈍感だし、女の子とも親しくするのだって中学ぶりだから...こういう時どうすればいいかわからないんだ。俺に非があったらもちろん謝るし...だから俺に教えてくれ...」


「別に怒ってないですよ。少し怖いと思ってしまっただけです...」






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「怒ってるよな?」


「怒ってません」


「絶対に怒ってるよな」


「怒ってませんって」


 私は別に怒っているわけではない。ただ単に檜垣ひかき君のことが怖いと思ってしまっただけだ。


 檜垣ひかき君はさっき私が勉強をしている時に唐突に私の首元を触ってきた。その後夜ご飯ができたことを伝えてくれたので、私が勉強に集中していたから気づかせるために首元を触ったんだと思う。だから別に怒っているわけではない。むしろ檜垣ひかき君の声になかなか気づけなかった私が悪いと思っている。でも...






 私の実家は裕福だ。家には家政婦や使用人もいる。実の両親は忙しくてほとんど家に顔を見せない。なので私にとって家政婦が母親みたいなものだった。


 私が4歳の時、母親のように思っていた家政婦が亡くなった。心筋梗塞だったそうだ。突然死だったので幼かった私は見捨てられたと思った。辛かったし寂しかった。私は1週間ぐらい泣き続けた。


「今日から私があなたの母親よ」


 1週間後ぐらいに実の母親がそんなことを言ってきた。今までは子育てなんて人任せで自分のことばっかだったのに...虫が良すぎると私は思った。最初の頃、母親はわからないなりに子育てを頑張っていたと思う。だけど私にとっての母親は死んでしまった家政婦だ。その事実は変わらない。多分私は実の母親にきつくあたってしまっていたのだと思う。


 だけど弟は違う。家政婦が死んだのは弟がまだ物心つく前のことだ。だから弟にその家政婦の記憶はほとんどない。弟にとっての母親は実の母親なのだ。だから弟は存分に実の母親に甘えた。


 実の母親はだんだんと弟を大切にするようになっていった。当たり前だ。冷たくあたってくる娘より甘えてきてくれる息子を可愛がるのは当然だ。だんだんと私たちの扱いにも差が生まれるようになっていった。弟はテストでいい点を取ると褒められる。だけど私がいい点をとっても褒めてくれない。当たり前だと言ってくる。


 私が小学3年生の時、実の母親に私は言ってしまった。


「昔のお母さんの方が良かった。今のお母さんなんてお母さんじゃない」


 実の母親はその時、子育てのストレスに押しつぶされそうになっていたのだろう。何気ない私の一言に対して激昂した。


「私だって好きであなたの母親をやっているわけじゃないわよ!」


 そこからだ。私への暴力が始まったのは。


 殴る蹴るは当たり前、時には首を絞められたりもした。怖かった。トラウマになった。






 檜垣ひかき君に首を触られた時、私はそのことを思い出してしまったのだ。命の恩人である檜垣ひかき君を怖いと思ってしまった。


「何で怒っているのか教えてほしい。俺って不器用で鈍感だし、女の子とも親しくするのだって中学ぶりだから...こういう時どうすればいいかわからないんだ。俺に非があったらもちろん謝るし...だから俺に教えてくれ...」


「別に怒ってないですよ。少し怖いと思ってしまっただけです...」


 檜垣ひかき君は何も悪くない。それは自分でもわかってる。でも、今の私はそのようにしか言えなかった。




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