第7話 ここから今からでも逃げ出したいんだが

 ああ、何も考えたくねぇ。ここからどういう風に誤魔化せばいいんだよ。


檜垣ひかき君、お知り合いですか?」


悠真ゆうま、この女誰?」


 いやもう無理じゃねえか?考えるのもめんどくさい。こういう時にはとりあえず死んだふりをしておこう。


「...」


「おい悠真ゆうまなんか答えろって」


檜垣ひかき君、聞こえてますか?」


「...」


「おい、悠真ゆうま、お前生きてるか?」


「返事してください!」


「...」


「え、こいつマジで死んだんじゃね?」


檜垣ひかき君、檜垣ひかき君、急に黙ってどうしたんですか!大丈夫ですか!」


「...」


「というかお前がきてからこいつはこうなったんだ。お前は誰だ?」


 安藤あんどうれいに質問する。焦っているのだろうか。口が悪くなっている。


 いや待て、ここでれいがうまく誤魔化してくれたらまだ勝機はある。お願いだれい、うまく誤魔化してくれ...


「私は...簡単に言うと檜垣ひかき君の家に泊まらせてもらっている者です」


 終わった。誤解が確実に生まれる。考えられる限り1位2位を争うくらいの最悪の答え方だ。


「家に泊まってるって、それって彼女ってことか?」


「いえ、彼女ではないです」


「いやいや、彼女でもない限り自分の家に女なんて泊めないだろ。俺だって女泊めたことねぇよ。悠真ゆうま、お前もついに向こう側へと行きやがったんだな...」


 安藤あんどうは悔しそうに涙を堪えながら言う。なんだろう、すごいぶん殴りたい。


「だから違うんですって。そもそも檜垣ひかき君と知り合ったのだって昨日のことですし...」


 どうしてれいれいとて誤解が生まれるような言い方しかできないんだ。


「昨日知り合ったばかりなのに家に連れ込むって...お前結構大胆なやつなんだな」


 もう終わりだ。俺は今日から知り合ったばかりの女を家に連れ込んで彼女にする男って思われるんだ。逆に清々しくなってきたな。いっそのことそういうキャラでやっていこうかな。


「とりあえず!私たちは彼女でもなんでもなくて、ただの友人です!ほら行きますよ檜垣ひかき君!」


 れいが俺の手を結構強い力で引っ張る。


 それにしてもれいは俺のことを友人だと思ってくれていたのか。なんとも嬉しい限りである。


「おい、ちょっと待てよ悠真ゆうま!まだ話は終わってないぞ!」


「彼女もこう言っていることですし...今日はここでお暇させていただきます〜」


 俺は逃げるようにれいに手を引かれていく。


 最後までれいの名前を出さないことだけには成功したぞ。


 ああ、明日の学校がとても心配だ。






「お会計は1550円になります」


 俺はポケットから財布を出そうとする。


 ちなみに安藤あんどうは追いかけてこなかった。どうせあいつのことだから呆気にとられて天井でも見ているのであろう。


 するとれいが俺の手を制止した。


「私が払うって言いましたよね」


 れいは財布を取り出す。


「俺の分の食材代まで払ってくれる必要ないのに」


「言ったじゃないですか。感謝の気持ちです。黙って受け取ってください」


「わかった。ありがとう」


「ありがとうはこっちのセリフです。昨日今日とずっとお世話になりっぱなしです。感謝しても仕切れません」


 れいは申し訳なさそうに言う。


「別に、俺がやりたいと思ったからやっているだけだ。村花むらはなさんが気にする必要はない」


 嘘ではない。俺は本心でそう思っている。


檜垣ひかき君は本当に優しいですね」


 れいはどこか寂しそうに下を見ながら言う。


 腕時計を見ると針は4時を指していた。気づかないうちに結構長居していたようだ。まあ安藤あんどうと会ったり食材が見つからなかったりしたからな。


「もう結構遅い時間になっちゃったな。夕飯の準備をしないとだから帰ろう」


 俺はレジ打ちの店員から商品を受け取り、もう片方の手でれいの手を引っ張る。


 心なしかれいの手が冷たいように感じた。




——お願い——

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