魔界王女と第十六話


 俺達は力の限り叫ぶ。


「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」」


 龍は流星を押し返す。

 さらに押し返す。

 もっと押し返す。

 尚も押し返す。


 そして押し返した果てに。

 龍は流星を噛み千切った。


『なにぃッ!?』


 フニルの驚愕の声。

 噛み千切られた流星は、弾け飛んで蒼い火の粉となる。


 火の粉は風に流され、夜空を彩った。


 龍は咆哮を上げ、空を駆け昇る。


『そんな馬鹿なッ!? ……こ、この私が負けるなど――』


 龍は黒竜フニルを飲み込んだ。


 閃光。爆炎。轟音。


 煙を纏わせ、傷ついた黒竜が墜つ。


 その身体は蒼い炎に包まれ、燃え尽きる。

 炎の中から、人の姿に戻った上裸のフニルが現れた。


 フニルは俺達から少し離れた地面に落下。

 天に掲げて重ね合わせていた聖剣と魔剣を、俺とローザは下ろす。


 手にした聖剣は光となって消えた。

 ローザの魔剣も同じように炎となって消失。


 互いを支え合う。俺はフニルへと語り掛けた。


「これで、よく理解わかっただろう?」

「……えぇ……良く分かりましたよ。……やはり私は……感情が……嫌いだと言う事がね……」

「……そうか」


 フニルは目線だけをこっちに寄越す。


「だから……私はこれ以上……下らない感情で苦しみたくない。……さぁ……早く……止めを……。私に、安息を……」


 フニルの目からは涙が零れていた。

 もうこれ以上は耐えられない、と言ったように。


「嫌だね。お前はこの先も、死ぬまでそうやって苦しみ続けろ。……それが、感情だ。……それが、生きるって事だ。……それに……俺はお前をぶっ飛ばすとは言ったが、ぶっ殺すとは言っていないんでな?」

「……ハハハ……そう……です……か……」


 そこでフニルは意識を失った。


「……あと……俺の身体が……もう……げん……か……い」

「わわッ!?」


 俺は全身の力が抜け、ローザの方に倒れ込む。

 足をもつれさせたローザと共に、地面に寝そべった。





 ***





「いてて……。もうッ! 何すんのよッ! ユウ……ト?」

「……すぅ……すぅ」


 ユウトがアタシの胸に頭を乗せ、寝息を立てていた。


「……今日一日……頑張ったものね」


 アタシはユウトの頭を優しく撫でる。

 ユウトは擽ったそうに頭を動かす。


「ふふっ」

「……ローザ」

「え」

「……すき……だ……」

「ッ!?」


 今、なんて言った?

 すき? ユウトがアタシの事を?


 好き?


「ッ~~!」


 ぽっと顔が茹で上がり、心臓の音が五月蝿いぐらいに鳴る。


 お、おおおおおお落ち着くのよアタシッ!!

 こ、こここここここれはッ! そうッ! 寝言なのよッ!


 きっとそうよッ! 何かの言葉と聞き間違えたのよッ!

 そ、そうッ! すき焼きよッ! ユウトはすき焼きが食べたいのよきっとッ!


 そうに違いないわッ!


 ……でも。


 寝言とは言え、ユウトの口から好きって……。


「……えへへっ」


 勿論、これはぬか喜びだと言うのは分かっている。

 それでも。


 アタシは嬉しかった。


 ユウトの頭を優しく抱きしめる。


 アタシは夜空を見上げた。


「……月が綺麗ね」


 この瞳の色と同じ、金色に輝く満月が。

 アタシ達を優しく照らしていた。



 


 ***





 目が、覚める。

 ぼやける視界が次第に、明瞭になっていく。


 見知らぬ天井だった。

 白い天井。


 ふと、ツンとした臭いが鼻を突いた。

 この匂い。此処は病院か?


「……んっ……う~ん……」


 何かが俺の手を握り締め、呻き声を上げた。

 視線を下ろす。


 そこには、俺の手を握ったローザが居た。


 俺は身体を起こす。


「痛ッ!」


 全身が筋肉痛の様に痛んだ。

 ローザの頭を撫でる。


 深紅の髪は、絹の様な触り心地。


「よう優人」

「ゲッ! 親父かよ」


 俺は慌ててローザの頭から手を引っ込める。


「ゲッってなんだよ? ゲッって? オレはお前の父親だぞ?」


 そこには、アロハシャツにハーフパンツ姿の親父が居た。

 親父は掛けていたサングラスを外し、胸元のポケットに引っ掛ける。


「何だよ。こんな時だけ顔を出して」

「すまんすまん。仕事が忙しくてな」

「どうせ、女の尻ばかり追っかけているんだろう?」

「……バレちゃった? テヘペロ」


 いや、オッサンが舌出すのはきついだろ。


「……で? 何しに来たんだよ一体」

「ひどいな~優人は。オレ達親子だろ? 親が子の心配して見舞いに来るのが、そんなに可笑しいか?」

「可笑しいな」

「あはは。相変わらずだね、優人は。安心したよ」


 俺と親父は軽口を言い合う。

 だがその言葉を最後に、会話が途絶える。


 親父は壁に背中を預け、腕を組んだ。


 堪らず俺は口を開いた。


「……なぁ、親父」

「ん? 何だ? 何でも言ってみろ」

「親鳥と牙央ってどうなった?」


 あの時は二人を保護するように、退魔局に伝えたが……。


「あぁ。あの二人か。二人ならここの病院に居るよ」

「いや、そうじゃ無くて……」


 俺が聞きたいのは二人の処遇だ。


「分かっている。二人の事なら安心しろ。オレの勇者の力で、圧力を掛けておいた。だから今まで通りに生活できるよ」


 流石、人類最高戦力の圧力。

 王女誘拐に俺に対する諜報活動をもみ消せるなんて。


 もしかしなくても、勇者の一族って相当ヤバいのか?


 まぁ、何はともあれ。


「……良かった。二人とも無事で」

「そう言う事だ。……じゃあオレはこの辺で。後は若い二人でごゆっくりどうぞ」


 親父は壁から離れると、病室のドアに向かう。

 俺とローザの手は、まだ繋がったままだった。


 だが、下手に手を離せばローザを起こしてしまいかねない。

 そうなれば益々、ややこしい事になるだろう。


 結果。手を離せなかった。

 ならばせめてもと、口を動かす。


「ばッ! 俺達はそう言うのじゃ無いからなッ!」

「どうだかねぇ~?」

「あッ! おいッ! 待てってッ!」


 ヒラヒラと手を振って、病室を後にする親父。


 たく。俺達はそう言うのじゃないって。全く。


 ……だけど。

 何時かは、そうなりたいと願っている。


 にしても。

 見舞いに来たわりには、見舞いの品の一つもないなんてな。


 親父らしいって言えば親父らしいが。


「……ゆう……と?」


 と俺が大きい声を出したからか、起こしてしまったようだな。

 ローザは手を離すと、眠け眼を擦る。


 あ。

 何だかんだ、もう少しローザの手を握っていたかったが……。


「……ローザ。おはよう」


 俺は目覚めの言葉を口にする。


「ユウトッ!? 目が覚めたのねッ!! 良かったッ!!」

「いででででででッ!? ろ、ローザ痛いってッ!!」

「あッ! わ、悪かったわッ!」


 ローザが俺に抱きついたせいで、全身が痛みに襲われる。

 さっと身体を離して、ローザは椅子に戻った。


 と言うか。


「ローザ。お前、もう出歩いても良いのかよ?」


 そう。

 俺と同じく病衣を着ていたのだ。


 まぁ、あんな事があったのだから当然だが。


「何言っているのよ? アンタが入院してからもう三日経っているのよ? 当然じゃないッ! それにアタシはあんまり怪我してないしね?」


 俺は三日も寝ていたのか。

 あれだけ激しく戦ったんだから当たり前か。


 と何やらモジモジとし出すローザ。

 心なしか顔も赤い気がする。


「……そ、それに。……アンタの事が……し、心配で……」

「……そうか。ありがとう、ローザ」


 気付けば、ポンポンとローザの頭を撫でていた。


「ッ!? な、何してんのよッ! 触らないでッ!」

「あ、ごめん。嫌だったか」


 俺の手を払い除けるローザ。


「え、いや。……べ、別に……嫌とかじゃ……あぁッ! もうッ! とにかくッ! ユウトの為に一晩中一緒に居たとかじゃ無いんだからねッ!! アンタの事なんか別に心配してないんだからねッ!! フンッ! ……わわッ!?」


 顔を勢いよく逸らすローザ。

 だが勢い余って椅子諸共、後ろに倒れた。


「いてて……」

「おい。大丈夫かよ?」

「へ、平気よッ! これくらい……」


 ローザは立ち上がると、尻に付いた埃を叩き落とす。


 全く。本当にローザはウソが下手だな。

 俺の事が心配だと、素直に認めれば良いのに。


 何をそんなに恥ずかしがっているんだ?





 ***





「祝ッ! 俺達の退院を祝って」


 牙央が麦茶の入ったグラスを掲げる。

 それに倣い、俺、ローザ、親鳥の三人もグラスを掲げた。


 四人の声がハモる。


「「「「かんぱ~いッ!!」」」」


 チンとそれぞれのグラスを軽くぶつけて、打ち鳴らす。

 俺達は中に入った麦茶に口を付ける。


「……ぷは~ッ!!」

「ふふっ。牙央くん、また休日のお父さん見たいになってる」

「ほらユウトッ! アンタが食べたがっていたすき焼きよッ! どんどん食べなさいッ!」

「いや、べつに食べたがってはいないが……」


 それにすき焼きを作ったのは、ローザじゃ無い。

 この俺だ。


 ちゃぶ台の真ん中には、すき焼きの鍋が食欲をそそる匂いを立ち昇らせていた。


 まぁ、たまに食べたくはなるが。

 ローザに向かって食べたいとは、言っていなかったはずだ。


 一体どういう事だ?


「いいじゃないッ! そんな事はッ! ホラッ! 早く食べなさいッ!」

「……そうだな」


 そんな事はどうでもいいかッ!

 兎に角今は、目の前のすき焼きを堪能するとしようッ!


 なんたって庶民では滅多に食べられない、A五ランクの黒毛和牛を使っているんだからなッ!


 ん? 何で一介の高校生にそんなものが買えるかって?

 それは今回の事件で、指名手配犯だったフニルを捕えた事により、報奨金が支払われたからだ。


 とは言え、そのお金に手を付けるのは複雑な思いで、少し気が引けた。


 だがッ! 食欲の前ではその思いは砂上の城だった。


 気付けばこうして、俺の家で退院祝いのすき焼きパーティーを開催していたのだ。


 俺は箸で、そのA五ランクの黒毛和牛の肉を取る。

 深めの皿に入った、溶き卵のプールに肉を浸す。


 ごくり。

 俺は、見ているだけで溢れて来た涎を飲み込む。


 大きく口を開け、頬張った。


 瞬間。

 溶き卵と肉のうま味が、口の中でマリアージュ。

 舌の上で、両者が息の合ったタップダンスを踊る。


「ん~ッ!? 美味いッ!!」


 思わず、感想を口にしていた。


「ん~ッ!? 美味しいわねッ!! こんな美味しいものが人間界にあるなんてッ!!」


 隣に座っていたローザは、瞳を輝かせて絶賛していた。

 再び、肉を頬張るローザ。


「ん~ッ!!」


 両手を頬に当て、悶える。

 その顔はメシの顔だった。


「ん~ッ!? 美味いッ! 美味すぎるッ!!」


 ローカルCMの台詞を口にする牙央。


「ん~ッ!? おいひい~……えへ~」


 顔を蕩けさせる親鳥。


 と三者三様に楽しんでいた。


 おっと。全部食べられる前に俺も食べないとなッ!


 こうして俺達は、すき焼きをあっという間に食べ終えてしまう。





 食器を片付け、食後の一杯で緑茶を入れる。


「……ふぅ~。……それにしてもびっくりだよ。まさか私以外、そんな秘密を抱えていたなんて」


 と緑茶を啜り、一息ついた親鳥が言った。

 続けて言う。


「結城くんが勇者の末裔でしょ? で、牙央くんとダークネスロードさんは魔族? だっけ? それに加えて、ダークネスロードさんは魔界の王女様だったなんてね? ……ごめんなさい。あんなひどい事をしてしまって……」


 確かに。

 親鳥がしたことは許せない。


 でもそれは、フニルが親鳥の心を弄び、魔剣の力を与えた所為だ。

 だから本当に許せないのは、フニルだ。


 鍛冶師ドヴェルグのフニル。


 人間界、魔界双方から指名手配された凶悪犯罪者。

 今頃は牢屋にぶち込まれて、臭い飯でも食べているに違いない。


「別に気にしていないわ。だってそれは、フニルとか言う奴の所為でしょ? それに、そのダークネスロードさんって呼ぶの止めなさいよ。これからはローザって呼んで良いわ? ……だってアタシ達、友達でしょう?」

「ッ!? ……うぅ……ローザちゃぁぁぁんッ!! うわぁぁぁぁぁぁんッ!!」


 親鳥はローザに抱きつき、幼い子供の様に泣きじゃくる。


「……うぅ……ぐすん。……これからもよろしくね。ローザちゃん」

「えぇ。よろしく。姫奈」


 二人は握手を交わす。


「……なぁ。俺もダクネスちゃんの事……ローザちゃんって呼んで良いか?」

「ん~? ……アンタは駄目ね」

「しょ、しょんな~。お、俺達。友達だろ~?」

「友達でも……よ?」

「うわぁぁぁぁぁぁんッ!! 優人ぉ~ッ! ダクネスちゃんが俺の事いじめるよ~ッ!」


 拒否された牙央は、俺に抱きつく。


「おわッ!? 急に抱きつくんじゃねぇッ! おいッ! 離れろッ!」

「へへッ。いいじゃねえか。俺達でよろしくヤろうぜ? ゆ・う・と? んーッ!」


 唇を突き出して俺に迫る牙央。

 俺はお決まりの台詞を言った。


「アーッ!」





 ***





 コツコツと、薄暗い廊下に靴音が反響する。

 廊下の終点には頑丈な扉。


 靴音が止まる。

 男は懐から出したセキュリティーカードを、扉横のパネルに当てた。


 電子音が鳴り、扉のロックが解除。

 重厚な扉は独りでに開く。


 薄暗かったその部屋の照明が、強さを増す。


 一面、白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。

 中央には、四方を鉄柵で囲まれた場所がある。


 その周りは、四つの赤い鳥居で囲まれていた。


 男は鳥居を潜り、中央に向かう。


 鉄柵の中に向かって声を掛けた。


「よぉ、鍛冶師ドヴェルグさん?」


 鉄柵の中で簡素なベッドに座っていた、褐色の肌をした黒髪の男。

 男の右腕は、半ばから刃物で切断されたように無かった。

 男は閉じていた瞼を開ける。


「……あぁ、今代の勇者様ですか。……何か御用で?」

「いや。用って程の事でも無いが……。オレの息子はどうだった?」

「どう、とは?」

「勇者として、どうかってことだよ」

「何故、私に?」

「直接戦ったアンタにしか、分からないこともあるかと思ってね?」


 フニルは左手を顎に当て、暫くしてから口を開く。


「……そうですねぇ。実力もまだまだですし、何より敵に対して情けを掛けるなど。勇者としては失格も良い所ですねぇ」

「……そうか」


 勇者と呼ばれた男は、真っ白い天井を見上げて呟いた。


「あや? ご子息を悪く言われて感に触りましたかな? 勇者様?」


 褐色の肌の男は、挑発的な口調で煽る。

 天井を見上げたまま、勇者と呼ばれた男は言った。


「あぁ、ちょっとな。……でもまぁ。安心したよ。アイツはアイツのままでいてくれて」

「……そうですか」

「それに。今の世界にはアイツの様な、敵にも優しく出来る勇者が必要なのかも知れない。だからオレは、アイツが勇者として失格だとは思わない」

「ハッ! 貴方も甘いですね」

「かもな。ま、オレも変わっちまったって事さ。……歳を取るみたいに、ね?」


 と言って顔を天井から戻し、褐色の肌の男に向かってウィンクした。


「……で、用件は済みましたか? 勇者様?」

「おう。貴重な意見ありがとうな。鍛冶師ドヴェルグさん」


 勇者と呼ばれた男は、褐色の肌の男に背中を向け、手を振って部屋から出て行く。

 扉が閉まり、部屋の照明が絞られた。


 再び薄暗くなった部屋で、一人残された褐色の肌の男は誰に聞かせるでも無く呟く。


「……私は貴方の事、決して許しませんよ。ハハ。ハハハ。アハハハハハハッ!!」


 その笑い声は、薄暗い部屋で反響していた。

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