魔界王女と第二十二話


 眼下には、様々な魔族で賑わう城下町の風景。

 今日は魔王の娘ローザの結婚式だからか、城下町はいつもより賑わっている様に感じる。


 俺は魔界に来るのがこれが初めてなので、普段の様子は知らないが。

 それでも賑わっているように見えた。


 先には城下町を見下ろす様に、魔王城が聳えている。

 あそこにローザが居る。


 俺の大好きな人が。

 待っていろローザ。


 お前の事は、この俺が絶対に救い出してみせるからな。


「おい優人。これからどうする? 魔王城には全体を覆うように結界が張ってある。まぁ、大人しく入城手続きをすれば中に入れるが……」


 牙央の言う通り、魔王城全体を半透明なドームが覆っていた。

 見たところ、上級魔法でさえ破壊するのは難しい。

 いや、破壊できないだろう。


 なら大人しく入城手続きをするか。

 でもそれじゃあ、時間が掛かるだろう。


 だから。


「そんなの決まっているだろう? 強行突破だ」

「ハハハッ! そう来なくっちゃなぁッ!!」

「牙央くん何かテンションおかしくない?」

「何言ってるんだよ姫奈ッ! 少数精鋭で敵の根城へ強行突破。こんなシチュエーション、男なら燃えるだろうがッ!!」


 そうだな。

 ……ん? どうやって破壊するんだって?

 そんなの決まっている。


 聖剣だ。

 聖剣の力ならこの結界も破壊できるはずだ。

 何たって聖剣は魔王を倒す剣だからな。


 とは言え少し不安なので、二人にも手伝ってもらう事にする。


「ピーちゃん。もう少し結界に近付けるか?」

「――ッ!」


 コール&レスポンス。

 ピーちゃんは結界に近付く。


「よし。良いか二人とも。俺が合図したら飛び降りろ。そして三人で結界の一点に攻撃を集中させる。……分かったか?」

「その作戦、乗ったッ!!」

「うんッ!! 分かったッ! 私、頑張るねッ!」


 牙央と親鳥から了承を得る。


「それじゃあ行くぞ。……三……二……一……飛べッ!!」


 俺達はピーちゃんの背中から飛び降りた。

 紐無しバンジージャンプの開始だ。


 俺は叫ぶ。

 聖剣の銘を。


「――聖剣抜刀ソウル・リリースッ! ――千煌閃剣エクスカリバーッ!!」


 牙央は叫ぶ。

 狼の遠吠えを。


「アオォォォォォォンッ!!」


 親鳥は叫ぶ。

 身体に残った力を。


「――魔剣転身ソウル・チェンジッ! ――蛇天使カルンウェナンッ!」


 俺は聖剣を手に。

 牙央は鉤爪を手に。

 親鳥は影剣を手に。


 それぞれの力を、結界にぶつけた。


 結界はバチバチと激しく、魔力の火花を散らす。


 俺達は叫んだ。


「「「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!」」」


 ピシリ。

 結界にヒビが入る。


 ヒビは連鎖的に広がり。

 そして。


 攻撃に耐えられなくなった結界が砕け散る。

 結界に空いた穴は、全体から見れば小さなものかもしれない。


 でも俺達が通るには十分な穴だ。

 俺達は、結界の破片と共に魔王城内に落下。


 俺と牙央は親鳥に腕を掴まれ、ふわりと地面に着地した。

 遅れて親鳥が、俺と牙央の間に着地。


「――侵入者だッ!! 逃がすなッ!!」


 まぁ、そうだよな。

 こんな派手な登場したら、城の衛兵たちに見つかるよな。


 衛兵たちは俺達を囲んだ。


「……さてと。こっからどうする? 優人?」

「……そうだな」

「それなら私に任せてッ!」


 親鳥はそう言うと、自身の足元の影を衛兵たちの影と繋ぐ。

 その身体を影の蛇が這い上がり、全身を拘束した。


 簀巻きにされた衛兵たちは地面に転がる。


「ヒューッ! やるじゃん姫奈」

「えへへっ。それほどでも~」

「……おい。乳繰り合っていないで先、行くぞ」


 俺は二人を置いて、先に進む。


「あッ! 待てよ優人ッ!」

「あッ! 待ってよ結城くんッ!」


 全く。

 敵陣のど真ん中でイチャつくなよ。





 ***





「おい優人ッ!? どうすんだよコレッ!?」

「そんなの逃げるしか無いだろッ!?」


 城内に入った俺達は、結婚式が行われる王座の間に行く為、目に入った扉を手当たり次第に開けた。


 お陰で今、こうして衛兵たちに絶賛追われている訳だが。


 だってしょうがないじゃ無いか。

 城内はあり得ない程広く、部屋が沢山あり、廊下が迷路の様に複雑なんだから。

 おまけに案内地図の様なものも無く、これでは迷って当たり前だ。


 元来、城というものは敵の侵入を防ぐ目的で建てられるもの。

 複雑な構造なのは当然と言えば当然だが。


 それにしてもどうなってんだよこの城はッ!?

 扉を開けたと思ったら、壁だったり。


 階段を下ったと思ったら上がっていたり。

 大きな岩が転がって来たり。


 巨大な刃が振り子の様に、通路を横断していたり。

 壁がどんでん返しになっていたり。


 これじゃあ魔王城と言うより、忍者屋敷じゃないかッ!?


「あッ!? 前からも来たよッ!?」


 と四つ足で走る牙央の背中に乗っていた親鳥が、前方を指さした。

 何故、親鳥が牙央の背中に乗っているかと言えば。


 彼女は走るのが苦手だからだ。

 なんせ走る度に、ご自慢の胸部装甲がブルンブルン揺れているしな。


 さぞかし邪魔になるに違いない。

 それだけじゃ無い。

 本人が走る度に、胸が痛いと言っていた。


「どうするんだよッ!? 優人ッ!?」


 て、そうだった。

 今はそんな事考えている場合じゃ無い。


 目の前の状況を打開しないと。


 どうする?

 前には、通路を塞ぐように盾を構えた少数の衛兵たち。

 後ろには、此方を追い掛けて来る多数の衛兵。


 通路は一本道であり、逃げ場は無い。


 ……だったらッ!


「――突っ込むしかないだろッ!!」

「だよなッ!? よし姫奈ッ!! しっかり掴まってろッ!!」

「う、うんッ!!」


 敵中突破。

 それしか無かった。


 俺達は姿勢を低くして突撃の体勢に入る。

 意図を察した衛兵たちが、互いに身を寄せ合って突撃に備えた。

 盾の隙間からは槍が顔を覗かせている。


 俺達が槍の射程に入った瞬間。

 槍が突き出された。


 しかし。


 直前で俺達は跳躍する。


 そして盾を構えた衛兵の頭を足場に、包囲網を飛び越えた。


「よしッ!! このまま駆け抜けるぞッ!!」

「おうよッ!!」

「うんッ!!」


 通路の先。

 何処かへと通じる扉。


 駆け寄った俺達は、扉に体当たりして開ける。


 扉の先はだだっ広いホールだった。

 ホールは巨人族が立っても届かない程、天井が高い。


「うわぁ~ッ! ……すごい」


 牙央の背中から降りた親鳥が、感嘆の声を漏らす。

 天井には豪華絢爛なシャンデリアが吊り下がっており、ホールを柔らかく照らしていた。


「おい優人ッ!! 絶対この扉が王座の間に繋がっている筈だッ!!」


 牙央の声に振り返れば、成程そう言うのも頷ける。

 両開きの重厚な扉がそこにはあった。


「よし。開けるぞ」

「おう」

「うん」


 牙央は右の扉を。

 俺と親鳥は左の扉を。


 重い音を鳴らしながら、扉に人一人が通れるぐらいの隙間を空ける。


 俺はその隙間を潜った。


「ほら。次は姫奈だ」

「ううん。牙央くんが先に行って」

「なんでだよ。……まさかお前」

「うん。私はここに残って足止めをする」

「止めろよッ! 足止めなら俺がするからッ!」

「ううん。ここは私なの」

「どうしてッ!?」

「この先きっと、もっと強い敵が出てくる。私は戦いは苦手だから。この先に行っても足手まといになるだけ。……でもね。ここなら私でもまだ足止めできるの。だから、牙央くんは先に行って結城くんを手伝ってあげて。……お願い」


 扉の向こうで牙央と親鳥の会話が途切れる。

 沈黙。


「居たぞッ!! あそこだッ!!」


 だが、衛兵の声がその沈黙を破った。


「ほらッ! 行って牙央くんッ!!」

「……分かった。絶対無茶するんじゃないぞ? 分かったか?」

「うん。分かってる。……そうだ牙央くん。顔、近付けて?」

「ん? こうか?」

「……チュ」

「おまッ!? 何してッ!?」

「えへへっ。勝利のおまじない。……ほら、もう行ってッ!」

「ッ!? ……分かった。気を付けろよ姫奈」

「うんッ! 牙央くんもね?」

「あぁ。じゃあまた後でな」

「うん。また後で」


 牙央が扉を潜ってくる。

 その顔は、何処か綻んでいる様にも見えた。

 まぁ、頭が狼だから気のせいかも知れないが。


 牙央は扉を閉めた。


「リア充爆発しろ」


 と俺は言った。


「何言ってやがる優人。お前もこれからリア充になるんだろうが」

「……そうだったな」


 俺はローザに会いに行く。

 幼い時の約束を果たす為に。


 だから待っていろ。

 俺のお姫様ローザ





 ***





 優人たちが魔界に来る少し前。

 結婚式の為、ローザは花嫁衣装に着替えていた。


 ローザは魔族本来の姿に戻っており、ツインテ―ルも今は解かれている。

 解かれて腰まで流れている深紅の髪は、今は緩くカールしていた。


 化粧台に映るローザの顔。

 ファンデーションに薄い口紅という、素材を生かした最低限の化粧が施された顔。


 美しい少女がそこには居た。

 しかし、少女の金の瞳には光が無い。


 そう、まるで人形染みた顔がそこにはあった。


「……凄く綺麗だよ。ローザディア王女殿下。……いや、私のローザ」


 と衣装室に入って来たのは、白い婿衣装に身を包んだ男だった。

 男はローザの肩に白手袋を嵌めた手を置き、ローザの耳元でそう言った。


「ありがとうございます。ヴァン様。……私は貴方のものです」


 ローザは感情のない声音で答える。


 男はローザの許嫁だった。

 鏡越しにローザの顔を見る男の顔は。

 撫で付けた金髪に青い瞳。


 コーカソイド系の彫りの深い顔立ちで、映画俳優の様だった。


「結婚の儀。楽しみにしているよ。ローザ」

「はい。私もです」

「では。また後でね」

「はい」


 男は衣装室から立ち去った。


「……ユウ……ト」


 ぽつりとローザが呟く。

 鏡に映る顔には、一筋の涙が零れ落ちていた。





 ***





 俺と牙央は、王座の間に続くと思われる通路を走っていた。

 と、前方に両開きの大きな扉が姿を現す。

 だがその前には門番よろしく、人影が立っている。


 男は額に大きな一本の角を持ち、全身の肌が赤い偉丈夫だった。

 男は厚い胸板の前で、丸太の様に太い腕を組んで俺達を睨む。


 その威圧感に俺と牙央は、足を止めざるを得なかった。


「ふむ。お主らがこの城に入った侵入者か。……良いだろう。この先に進みたくば、この儂を倒して見せよ」


 地の底から響く様な力強い声。


「……優人。どうやらここは、俺が足止めする番の様だな」

「……牙央待て。お前じゃあ恐らく勝てない。ここは二人で……」

「いや、俺一人で十分だ。……それに、お前にはやる事があるだろう? こんなとこで、道草食っている暇なんて無いだろ?」

「……そうだが」


 でもそれじゃあ牙央は……。


「何だよ? ダチを信じられないってのか?」


 卑怯だぞ、その言葉は。

 そう言われれば、うんと答えるしか無いじゃないか。


「……分かった。気を付けろよ牙央」

「おうよッ! お前も頑張れよ」

「うむ。話し合いは済んだかのう? ……ならば往くぞッ!!」


 男は声を張り上げ、間合いを一気に詰めると振りかぶった拳を落とす。

 俺達は左右に散開して回避。


「今だッ!! 行けッ!!」

「くッ!!」


 俺は駆ける。

 男が守っていた扉へと。


「むッ! 仲間をおとりにするか卑怯者ッ!!」


 男が俺の背中に向かって叫ぶ。

 堪らず振り返れば、男がこちらに向かって駆け出そうと腰を落としていた。


 しかし男は走り出せない。

 その腰を狼の姿になっている牙央が、抱え込んでいるからだ。


「へへッ。優人は卑怯なんかじゃないぜ? アイツは俺にここを任せてくれたんだ。この俺を信じてな? ……だから俺は……ここでお前を倒すッ!!」

「ぬッ!?」

「おらぁぁぁぁぁぁッ!!」


 牙央は男の腰を抱えたまま、海老反りになって男の頭を床に叩き付ける。


「早く行けッ!! 優人ッ!!」

「ああッ!!」


 俺は目の前の扉を開け、先へと進む。

 ローザが居る、王座の間に向かって。


 待っていろローザ。

 もうすぐだ。


 もうすぐで会えるからな。


 ――ローザ。





 ***





 魔王城、王座の間。

 その日、王座がある場所には悪魔教の祭壇があった。


 ――悪魔教。

 魔界で信仰されている宗教であり、主に七つの大罪と云われる七柱の悪魔を奉っている。


 だから魔界で信仰されている悪魔教は、カルトの類では決してない事を誤解の無い様に、ここに記しておく。


 祭壇の前には、魔書を手にした悪魔神官がいる。

 その悪魔神官に向かい合う二人の人影。


 ローザとその許嫁のヴァンである。


 悪魔神官は新郎に問う。


「新郎、ヴァン・ヴァンデスブラッド。あなたはここに居るローザディア・ダークネスロードを、病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 新郎は答える。


「はい。誓います」


 悪魔神官は新婦に問う。


「新婦、ローザディア・ダークネスロード。あなたはここに居るヴァン・ヴァンデスブラッドを、病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


 新婦は答える。


「はい。誓います」


 二人の言葉を聞いた悪魔神官は言った。


「では、誓いのキスを」


 新郎新婦は互いに向かい合う。

 新郎は新婦の顔のベールを捲り上げる。


 新婦は顔を上げ、目を伏せて唇を差し出す。

 その小さな唇に新郎は自身の顔を近付けた。


 二人の顔が迫り、そして遂に――。


「――ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁッ!!」


 王座の間の扉が、勢いよく開かれた。


 そこには。

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