魔界王女と二十三話
「――ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁッ!!」
俺は王座の間の扉を勢いよく開けた。
視線の先には、ローザと許嫁の男が居た。
闖入者の登場に、ざわざわと周りに居る参列者たちが声を上げる。
大きなカメラが俺を画角に収めた。
魔界のテレビ局だろう。
なんせ魔王の娘の結婚式だ。
この機を逃すはずがない。
つまりこの俺の姿は、魔界中のお茶の間で放送されているという事。
だがそんな事は今はどうだって良い。
「……誰だね? キミは?」
「……ユウ……ト?」
ローザが感情の無い声でそう言った。
此方を見る金の瞳には光が無い。
そしてその姿は、白い花嫁衣装に包まれた魔族本来の姿だった。
「……ユウト。……そうか、キミがあの……」
恐らく、ローザは催眠魔法の類に掛けられている。
という事はコイツは吸血鬼だな。
クソッ!!
ローザを弄びやがってッ!!
俺は堪らず、声を荒げた。
「ローザに何してるんだテメェッ!!」
「あぁ、催眠魔法の事かい? ローザが私の言う事を中々聞いてくれなくてね。私に従順になる様に掛けさせてもらったのさ」
「ふざけんじゃねぇッ!! ローザは貴様の道具じゃねぇんだぞッ!!」
「そうだね。……でもキミがとやかく言う資格はあるのかい? 約束を守れない様なキミに?」
「ッ!?」
何でそれをッ!?
……確かに俺は約束を守れなかった。
いや、そもそも約束自体を忘れていた。
あんな近くに、ローザが居たにも関わらず。
俺はローザとの約束に、ローザが居なくなってから初めて気が付いた。
この男の言う通り、とやかく言う資格は無いのかもしれない。
……でも。
いや、だからこそ俺は叫ぶ。
「うるせぇッ!! ……確かに俺にはそんな資格は無いのかもしれない。今更、約束を思い出してローザを取り戻そうなんて。そんな虫唾のいい話は無いよな。……でもッ!! それでもッ!! 俺は言ってやるッ!! ローザッ!! 俺はお前が好きだッ! そして……迎えに来たぞッ!! 俺の
「……ッ」
俺の一世一代の告白は、カメラを通じて魔界中に轟く。
催眠状態にあるローザの肩が俺の言葉にピクリと反応した。
そうだ。
俺の思いは確かにローザに届いている。
待っていろローザ。
今、俺が助けてやるからな。
「ハハハハハハッ!! 無駄だよキミが何と言おうともね? ローザは私の催眠魔法にかかっているのだから。キミのその思いは、一生ローザには届かないよ。……そう、私を倒さない限りはね?」
男はそう言ってローザの腰を抱き寄せた。
俺は呟く。
「……その汚い手でローザに触るな」
「ん? 何か言ったかな?」
男はすっ呆ける。
いいだろう。
そっちがその気なら、俺だって考えがある。
「……決闘しろ」
「……ん? 私の聞き間違えじゃ無ければ、決闘って言ったかい?」
「あぁ、そうだ。決闘だ。勝った方がローザを手に入れられる」
「フフッ。何を言い出すかと思えば決闘? ……この私に決闘を挑むとは。やれやれ。命知らずにも程があるよ。……全く。キミがこの私に勝てると、そう本気で思っているのかい?」
男は薄く微笑む。
無理だろうな。
男から漂う気配は、今まで戦ったどの敵よりも重く鋭い。
今の俺では到底敵わない強敵だ。
それでも。
俺は戦わなくちゃいけないんだ。
たとえ敵わないとしても。
ローザを取り戻す為に、戦わなくちゃいけないんだッ!
「……あぁ。絶対に俺は勝つ」
「……へぇ。凄い自信だね? ……良いよ。その決闘受けようじゃないか。……あぁ、楽しみだよ。その自信が、何時まで持つのかがね?」
男の口の端が被虐的に歪んだ。
***
『ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁッ!!』
何も無い真っ暗な空間。
膝を抱き寄せて蹲っていた、アタシの耳に声が届く。
その声は聞き覚えのある声。
「……ユウ……ト?」
アタシの大好きな人の声だ。
顔を上げる。
視線のずっと先、小さくとも力強い光。
ユウトの温もり。
でもその光は。
催眠魔法により、心の奥底に封じられたアタシの意識は。
手を触れる事は出来ない。
『うるせぇッ!! ……確かに俺にはそんな資格は無いのかもしれない。今更、約束を思い出してローザを取り戻そうなんて。そんな虫唾のいい話は無いよな。……でもッ!! それでもッ!! 俺は言ってやるッ!! ローザッ!! 俺はお前が好きだッ! そして……迎えに来たぞッ!! 俺の
え?
アタシの事、思い出してくれた?
「……何よ。今更思い出したって。もう、遅いのよ。……バカ」
……でも。
その思いにはもう答えられない。
……本当に?
この思いをそんな簡単に捨てていいの?
……嫌だ。
だったら、やることは決まているよね?
……そうだ。
アタシはユウトが好きだ。
だから。
この手を伸ばそう。
この脚を動かそう。
アタシは光を目指す。
***
魔王城の敷地内にある、円形闘技場。
周りを囲むように観客が、闘技場の中心にいる俺とローザの許嫁の男を見つめる。
観客は結婚式の参列者や城の関係者、それに加えてマスメディアの人々。
観客席の一角。
観覧席には魔王と娘のローザが居た。
……ローザ。
俺は対峙する男に視線を戻す。
男は撫で付けた金髪に、自信に満ちた青い瞳を持ち。
コーカソイド系の彫りの深い顔立ちは、まるで映画俳優の様だ。
ヴァン・ヴァンデスブラッド。
それがローザの許嫁の名前だ。
そしてコイツが俺の敵だ。
俺はこの格上を相手に、絶対に勝たなければならない。
ローザを取り戻す為に。
ヴァンは口を開く。
「キミでは私に勝ち目は無い。だから、この私に一太刀でも入れる事が出来たら、キミの勝ちだ。どうかな?」
正直その申し出は有難かった。
倒す事は出来なくても、一太刀を入れる事なら十分に可能性があるからな。
「……いいだろう。後悔しても知らないからな?」
「フッ。弱い犬ほど、良く咆えるとはよく言ったものだね」
言ってろ。
これからその弱い犬に、噛み付かれるんだから。
「……では。準備はよいか? 二人とも」
観覧席で立ち上がった魔王が、闘技場全体に声を響かせる。
「もちろんです、魔王様」
「あぁ」
俺とヴァンはそれぞれ肯定した。
魔王は続ける。
「うむ。ではこれより、ヴァン・ヴァンデスブラッドと結城優人による決闘を執り行う。勝者は我が娘である、ローザディアを妻とすることが出来る。見届け人は我が努めよう。……では。両者、構え」
掌を翳し、俺は
「――
聖剣を軽く振るう。
俺は聖剣を正眼に構えた。
掌を翳し、ヴァンは
「――
魔剣を軽く振るう。
ヴァンは魔剣を握った両手をクロスさせ、顔の横で構えた。
所謂、霞の構えだ。
手にする魔剣は刀身が黒く、そして血管の様な赤い模様が走っている。
俺は脚に力を込めた。
じゃり、と靴底が砂を噛む。
ヴァンが軽く腰を落とす。
そして。
「――始め」
戦いの火蓋が切って落とされた。
加速。
衝突。
俺とヴァンは闘技場のど真ん中で、激しく斬り結ぶ。
ドラムロールの様に刃と刃が音を奏でる。
戦の音。死の音。死線の舞踏。
鍔迫り合う。
「どうしたんだい? 一太刀入れるんじゃ無かったのかい? こんな攻撃では私に届かないよ? 負け犬くん?」
「いちいち癇に障る喋り方するんじゃねぇッ!! このクソ吸血鬼がッ!!」
俺は強引に押し返し、聖剣を振るう。
しかしヴァンは瞬時に間合いを取った。
「今の攻撃は中々良かったよ負け犬くん。でも、まだ私には届かない。……あとキミ。貴族であるこの私を今、愚弄したかい?」
「はッ! それがどうした? 貴族様? いや、ク・ソ・吸血鬼様?」
俺はクソの部分を強調して言った。
「……いいだろう。私を一度ならず二度も愚弄するとは。……キミは私を怒らせた。その報い、受けて貰うよ」
続けてヴァンはこう言った。
「
瞬間。
ヴァンの身体を無数の蝙蝠が覆いつくす。
やがて蝙蝠たちは渦を巻きながら、空へと消えていく。
姿を現したヴァン。
白い婿衣装は、口元までを包む黒いラバースーツの様なものに変わっていた。
そして上半身をスッポリと覆う黒い外套。
いや、大きな蝙蝠の羽だ。
ヴァンは蝙蝠の羽を広げ、空に舞い上がる。
俺を見下ろす瞳は、赤く妖しい輝きを放つ。
「どうだい? これが私の本気の姿だよ。この姿を拝めた事を、光栄に思うといい。……そして無様に死ねッ!」
ヴァンは音速の壁を越え、その音が耳に届く頃には、既に奴の魔剣の切っ先が。
目と鼻の先だった。
「くッ!?」
慌てて俺は聖剣で逸らす。
そのため体勢が崩れてしまい、たたらを踏んだ。
体勢を立て直し、当たりを見回す。
何処にもヴァンの姿が無い。
何処だ? アイツは何処に行ったんだ?
「ここだよ。負け犬くん」
「がッ!?」
背中を斬られた?
振り返る。
しかし既にヴァンの姿は見当たらない。
クソッ!
次は何処から来る? 前? 後ろ? 右? 左?
「何処見ているんだい?」
「ぐッ!?」
また後ろッ!?
この野郎。執拗に背中ばかり狙いやがってッ!!
次はそうは行かないからなッ!
さぁ、来いッ!
……来たッ!
後ろッ!!
俺は振り返りざまに聖剣を振るった。
しかし手応えは無く、ヴァンの姿も無い。
避けられたか?
いやッ!? 上ッ!?
見上げる。
刃が煌めいていた。
遮る。
「ぐぅッ!?」
「へー。中々良い反応速度しているね。負け犬のわりにはさ」
槌を打ち下ろされたみたいな衝撃が、全身を掛け抜ける。
思わず地面に膝を付けそうになった。
「だけど。まだまだ足りないよ。……ホラホラホラホラホラホラァッ!!」
「ぐッ!?」
全方位から音速の剣撃が繰り出される。
俺は急所を守るのに手一杯だった。
無数の斬り傷が、身体に刻まれていく。
だがその傷は勇者の力により、瞬く間に癒える。
でもこのままでは、いずれ魔力が尽きてしまう。
そうなる前に何とかしなければ。
どうやって?
ただでさえ守るので精一杯なのに、そこから反撃するなんて。
さらにアイツは空を飛んでいるんだぞ?
飛ぶ術を持たない俺がどうやって戦えば良いんだ?
不味いな。
だんだん脚に力が入らなくなって来た。
考えろ。
考えるんだッ!!
この状況を覆す方法をッ!
「――ユウトッ!!」
「――優人ッ!!」
「――結城くんッ!!」
「ッ!?」
ヴァンが繰り出す連撃の合間。
ローザ、牙央、親鳥の声が俺に耳に届く。
顔を向ければ、椅子から立ち上がってこっちを見つめているローザが。
観客席には牙央と親鳥が居た。
ローザの瞳は相変わらず光が無いままだが、発した声は確かに何時もの色を取り戻していた。
そして牙央と親鳥。
どうなったか心配だったが、無事で良かった。
……フッ。
如何やらこんな情けない姿を見せて、心配させてしまったようだな。
でも、有り難うみんな。
お陰で良い案を思いついた。
俺はその案を実行するため、全身の力を抜いて目を閉じる。
ヴァンは攻撃の手を止めて言う。
「おや? どうしたんだい? もう諦めるのかい?」
違う。
俺はイメージする。
狼の四肢の様に力強い翼を。
「もう少し楽しめると思ったのに。……残念だよ」
俺は想像する。
蛇の様にしなやかな翼を。
「これで終わりだ。負け犬くんッ!」
俺は想造する。
絶対王者たる、竜の翼をッ!!
目を開けた。
眼前にはヴァンの魔剣。
俺はその場から消える。
「なにッ!?」
下からヴァンの声が聞こえた。
ヴァンは振り仰ぐ。
俺は空中に居た。
「その姿……」
ヴァンの言う通り、俺の姿は先程とは違っていた。
全身を白いコートで包み、背中からは光り輝く竜の如き翼を羽ばたかせ。聖剣の刀身にちらりと映る髪は、黒から白に。気怠げな黒い瞳は、ローザと同じ金に。
その姿を変えていた。
名付けるならそう――。
「――
と俺は呟く。
「へぇ。まだそんな力を隠していたんだ。……フッ。これは、まだまだ楽しめそうだねッ!!」
隠していたんじゃない。
今、手に入れた力だ。
みんなが気付かせてくれた力だ。
ローザの魔族本来の姿。牙央の人狼の姿。親鳥の
その時の、魔力の流れを参考にして完成した力。
言うなれば俺とローザ、牙央、親鳥。四人の力だ。
ヴァンは言い終わると同時に、飛翔。
一直線に突っ込んでくる。
俺はその攻撃を真正面から受け止め。
押し返す。
距離を取ったヴァンに詰め寄り、聖剣を振るう。
しかし攻撃は躱され、その場から飛び去さって行く。
後を追う。
そのままドックファイトに移行。
空中を高速で移動しながら刃を交える。
さながら、舞踏会で息を合わせて踊る男女の様だ。
数合打ち合ったのち、お互いに距離を離す。
Uターン。
加速。
衝突。
衝撃波が空気を震わす。
鍔迫り合い。
「俺は絶対にローザを取り戻すッ!」
「……フッ。初めはその自信、何時まで持つかと思ったけど。なるほど、流石勇者の末裔だね。その自信。賞賛に値するよ」
「うるせぇッ!! テメェに褒められても嬉しくも何ともねぇんだよッ!! ……それにな。これは俺が勇者の末裔だからとか、関係ないんだ。俺が。俺自身がローザを取り戻したいから。……ただ、それだけだッ!!」
互いに押し合って、距離を取る。
俺とヴァンは、螺旋を描くように上へ上へと昇っていく。
途中、幾重にも刃を重ねた。
やがて、ぐんぐんとその高度は増していき。
ついには雲の上へ。
そこは赤い満月に照らされた、雲の大地が広がっていた。
俺とヴァンは弧を描くように飛行しながら、頭を天から地上へと向ける。
加速。
再び雲を突き破る。
翼による推力だけではなく、重力による自由落下の力も加わり、その速度は先程の数段上を行く。
地上へと堕ちながら、ヴァンと激しく斬り結ぶ。
白と黒の軌跡を残しながら。
迫る地上。
遠ざかる天。
そのまま地上に激突するかに見えた俺とヴァンだが。
身体を起こし、地面スレスレを飛んで再び空に浮かび上がる。
地上に居る獲物を攫って行く、ハヤブサのように。
対峙。
ヴァンは無傷だった。
一方、俺はと言えば。
呼吸は乱れ、纏っている白いコートは至る所が切り裂かれている。
その下の刀傷は、既に勇者の力で癒えてはいた。
だが失った血までは戻らない。
こうして意識を保っているのが不思議なくらいだ。
いや。
当然か。
此処で倒れれば、ローザを取り戻せないのだから。
絶対に倒れる訳には行かない。
とは言えこれ以上の戦闘は無理だ。
だから、次の一撃に全力を注ぐ。
「どうやら。もう限界の様だね。……なら、次で決めさせてもらうよ。負け犬くん?」
「……望む……所だ」
構える。
俺は八相の構え。
ヴァンは霞の構え。
……次で勝負は決まる。
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