魔界王女と第二十一話


「……思い……出した……ッ!」


 何で今まで思い出さなかったんだッ!!

 こんなにもローザは近くに居たのにッ!!


 俺の馬鹿野郎ッ!!


 ローザは昔から俺の事が好きだった。

 ホームステイしてくるずっと前から。


 だが俺はどうだ?

 その時の事をさっぱり忘れていた始末。


 でも俺の心の奥底ではきっと、ずっと叫んでいたんだ。

 ローザが好きだと。


 その事に今更、気付くなんて。

 最低だ。


 ローザがアタシの事を思い出せと言っていたのは、この事だったんだ。

 あの時、ローザを泣かせたのは俺だ。


 俺が幼い時の約束を思い出さなかったから。

 俺が不甲斐ないばっかりに、ローザを泣かせた。


 こんなんじゃ、男としても勇者としても失格だ。

 ……いや違うか。


 自分自身として失格だな。


 クソッ!!

 なに、悲劇のヒーローぶってるんだ俺はッ!


 本当に悲劇なのはローザじゃないかッ!

 好きな人に忘れられ、もう一度思い出してもらおうと近くに来たのに。


 それでも好きな人は思い出さなかった。

 挙句の果てに。ローザには許嫁がおり、結婚する事が決まってしまう。


 こんなの悲劇のヒロインじゃないか。

 ……でも。


 俺はあの時の約束を思い出した。

 なら、やる事があるんじゃないか?


 とは言え、ローザと許嫁の結婚の儀は今日。

 いや、もう始まっているかも知れない。


 公園の時計は午後六時を差していた。


 今更、俺に何ができる?


「……あ」


 そうだよ。

 俺は招待状を貰っていたじゃないかッ!

 開催する時間も書いてあるに違いないッ!


 まだ間に合うかもしれないッ!


 俺はポケットに入っていた、しわくちゃになった封筒から招待状を取り出す。


「頼むッ!」


 逸る気持ちを抑え、招待状に目を通す。

 開催時間は……っと。


 そこに書かれていた時刻は、午後六時。

 ちょうど今、始まった所だった。


 急がないとッ!

 俺はベンチから勢いよく立ち上がり、駆けだす。


 ところで思い至る。

 魔界に行く方法を知らない事に。


 クソッ!

 親父の話をもっとちゃんと聞くべきだったな。


 チッ!

 こんな時に親父に頼るのは癪だが、仕方がない。


 俺はスマホを取り出し、親父に電話を掛けた。


『……お掛けになった電話は現在――』

「クソッ!」


 こんな時に限ってッ! 何してるんだ親父はッ!


 頼みの綱であった親父は電話が繋がらないし、一体どうすれば良い?


「……そうか」


 そうだよッ! 牙央が居るじゃないかッ!


 アイツは、俺を監視していた魔界のスパイだ。なら、魔界への行き方も知っているに違いない。急いで牙央に電話を掛ける。


「……あ、もしもしッ! 俺だッ!」

『何だよ。オレオレ詐欺なら間に合ってるぞ。なんせオレが俺なんだからな』

「そんな事どうだって良いッ! お前、魔界への行き方知ってるだろッ!」

『知っているけど……どうしたんだ? いきなり?』

「俺は今から魔界に行ってローザを連れ戻すッ! だから教えてくれ牙央ッ! 何かあったら頼れって言ってたのはお前だろうッ!」


 あの時、確かに牙央はそう言った。


『……フッ。そうだな。……良いだろうッ! 教えてやるッ! 俺達は親友だからなッ!』

「本当かッ!?」

「ああッ!! 本当だ優人ッ!!」

「ッ!?」


 その声はスマホのスピーカーからでは無い。公園の入り口に立つ、牙央本人からだった。隣には、此方に手を小さく振る親鳥も居る。


 俺はスマホを仕舞い、二人に駆け寄った。


「本当だな牙央ッ! 早く教えてくれッ!」

「まぁまぁ落ち着けって。それに俺が優人に教えるより、実際に俺がやった方が手っ取り早いだろ?」

「……確かに」


 教える手間が省けるしな。


「と言う訳だ。ちょっと二人とも俺から離れててくれ」

「分かった」

「うん」


 俺と親鳥は牙央から離れる。


「よしッ! それじゃあやるぞッ!!」


 牙央は掌を翳す。


「――開けゴマオープン・ザ・セサミッ!」

「は?」


 良いのかよそんな呪文で。


 すると牙央の呪文に呼応して、目の前の空間が縦に裂け広がる。

 中は闇に閉ざされていた。


「一丁上がりッ! さぁッ! 囚われのお姫様を助けに行こうぜッ!」

「それじゃあ私達、魔王のお城に向かう勇者パーティーだねッ!」

「え? ちょっと待て。……まさかとは思うが、お前らも付いてくるのか?」

「おうよッ!」

「うんッ!」


 牙央はまだしも、親鳥まで。


「大丈夫だよ結城くん。実はね私、魔剣が無くなってからも魔剣が持っていた能力だけは使えるんだよね」


 親鳥は自身の胸に手を当てる。その胸は豊満であった。


 ていうか。


「そんな事、一度も……」

「うん。結城くんに心配かけたくなかったから。……黙っててごめんね?」


 親鳥は首を傾げる。


「……本当だよ。今、滅茶苦茶心配してるぞ」

「あはは。そうだよね、ごめん」

「謝るなって。お前は悪くない」


 だって悪い奴はもう、俺が倒しているんだから。


「……それに、打ち明けてくれてありがとうな」

「どういたしまして?」


 と俺と親鳥は同時に吹き出す。


「「プッ」」

「……おい優人。オレの彼女とイチャつくな」


 間に牙央が割って入って来た。

 そうだったな。


「すまんすまん」

「うふふ。牙央くんが嫉妬してる」

「うっせーなッ! 良いだろ別にッ!」

「うん。そんな牙央くんも好きだよ?」

「ッ!? ……姫奈」

「……牙央くん」


 あのー。お二人さん?

 どうしてお互いの顔が近付いているので?


 まさか、ここでキスするおつもりで?


「あー。お邪魔みたいだし……俺、先に行ってるわ」

「ッ!? い、いや、これはちがうぞ優人ッ!!」

「ッ!? そ、そうだよ違うよ結城くんッ!!」


 俺は空間に開いた闇の中に潜った。


「あッ!? 待てよ優人ッ!」

「あッ!? 待ってよ結城くんッ!」


 全く。イチャついているのはどっちだよ。





 ***





「っと。……ここが魔界か」


 闇の中を潜った先には、一面に赤茶けた地面が広がっていた。

 遠く霞む険しい山々が、赤い空に向かって伸びている。


 その麓。

 城の様なシルエットがあった。


 恐らくあそこが魔王が住む城だろう。

 にしても。


 空気中に漂う魔力が、人間界と比べて濃い。これなら魔法の威力も数段、高くなるな。と言っても俺が使えるのは、回復と防御の魔法だけだが。


「待てよ優人ッ!! ……ってうわッ!?」

「うおッ!?」


 背中に牙央がぶつかる。

 反動で二人仲良く、赤茶けた地面にキスをした。


「二人とも待ってよッ!! ……って大丈夫? 二人とも?」


 親鳥が闇の中から出てきて、俺達を見下ろす。


「いてて……。全く、ゲートの前で突っ立ってんじゃねえよ。あぶねぇだろうが」

「悪かったよ。なんせ魔界に来たのは、これが初めてなもんでね?」


 思わず景色に見惚れてしまった。

 まぁ、目に入るのは一面の荒野だけどな。


「うわぁ~ッ! ここが牙央くんの故郷かぁ~」

「ま、何も無いけどな?」


 瞬間。頭上の空を影が過ぎる。


「――ッ!」

「きゃッ!?」

「ッ!」


 敵かッ!?

 空を見上げる。


 そこに居たのは飛竜だった。


「野生の飛竜ワイバーンだな。なぁに、こっちから何もしなきゃ平気だぜ。二人とも」


 牙央の言う通り、飛竜ワイバーンはそのまま飛び去って。

 は行かなかった。


 飛竜ワイバーンは方向転換し、俺達の頭上を旋回し始める。


「……おい牙央。アイツ、俺達を狙ってないか?」

「……ねぇ、だんだんこっちに近付いてきてない? 牙央くん?」

「何言ってるんだ二人とも。だって俺達アイツに何かしたか?」

「……それはそうだが」

「……それはそうだけど」


 頭上に居る飛竜ワイバーンは、確実に此方を狙っているぞ。


 とその時、飛竜ワイバーンは急降下を始めた。

 俺は目が合う。


 しかし、その瞳には何故だか敵意を感じなかった。

 これは……。


「おいおいおいッ!? 一体どうしてだよッ!! 俺達、アイツに何もしていないぞッ!?」

「ど、どうしようッ!? このままじゃッ!?」


 二人が慌てだす。


「おいッ!! 優人ッ!! なにボーっとしてんだよッ!?」

「二人ともそんなに慌てなくても大丈夫だと思うぞ?」

「……は? なに言ってんの? そんな訳無いだろッ!?」

「そ、そうだよ結城くんッ!? 私達このままじゃ食べられちゃうよッ!?」


 そして飛竜ワイバーンが目の前に降り立つ。

 砂埃が舞い、俺達は顔を腕で覆った。


「きゃッ!?」

「くッ!?」

「……」


 視界が晴れると、俺の目の前に飛竜ワイバーンの顔が。


「優人ッ!?」

「結城くんッ!?」

「……大丈夫だ」


 鼻を鳴らし、俺のニオイを嗅ぐ飛竜ワイバーン

 俺は手を伸ばす。


 飛竜ワイバーンはその手に、頭を擦り付ける。

 こちょこちょと顎下を撫でると、猫の様にゴロゴロと喉を鳴らした。


「可愛いーッ!! ねぇ、私も撫でて良い?」

「あぁ。いいぞ」

「お、おいッ! 姫奈ッ! 危ないってッ!」


 牙央の静止も空しく、親鳥は飛竜ワイバーンを撫でる。


「よーしよしよしッ! ふふふッ! 猫ちゃんみたいだね」

「姫奈ッ! だから危ないってッ!!」

「落ち着けよ牙央。ソイツの首元を見て見ろ」

「落ち着いてられるかってッ!? 姫奈は俺の彼女なんだぞッ!! ……ん? 首元? ……これは首輪?」


 飛竜ワイバーンの首には赤い首輪が嵌められており、ピーちゃんと丸っこい文字で名前が書かれていた。


 これはローザの字だ。

 この飛竜ワイバーンはきっとローザのペットだろう。


「へぇー。ピーちゃんって言うんだ。可愛い名前だね。よしよし」

「ピーちゃんって……。それって鳥とかに付ける名前じゃあ……」


 牙央の指摘はもっともだ。

 飛竜ワイバーンに付けるような名前じゃあ無い。


 ん? いや待てよ。

 鳥の先祖は恐竜って言うし、飛竜ワイバーンにその名前を付けるのは合っている……のか?


 と撫でられるのに満足したのか、飛竜ワイバーン――もとい、ピーちゃんは親鳥の手から頭を離す。そして後ろに下がると、此方に背中を向けた。


 ピーちゃんは首をもたげて振り返る。


 まさか。

 背中に乗れと言っているのか?


 ピーちゃんは俺を見て頷いた。

 マジか。


 でも正直ありがたい。

 このままでは魔王城まで、徒歩で行くところだったからな。


 ていうか今、コイツ俺の心を読んだのか?

 ローザだけじゃなく、そのペットも俺の心を読むのか。


 まぁ動物はそう言う感覚が鋭いって言うし、あながち心を本当に読んでいるのかもな。


「……背中に乗れってさ。行くぞ二人とも」

「本当にッ!? やったーッ!!」

「は? おい待てってッ! 本気で言ってんのかッ!?」


 俺はピーちゃんの背中に跨った。

 牙央の慌てた声音に、俺は馬上ならぬ竜上で言う。


「何だ牙央? 空を飛ぶのは怖いのか?」

「ばッ!? そんなんじゃねーしッ!! 乗れば良いんだろ乗ればッ!!」


 威勢のいい言葉とは裏腹に、牙央は恐る恐るピーちゃんに跨った。

 牙央の後ろに親鳥が続く。


「うふふッ。怖がっている牙央くん、可愛いよ?」

「なッ!? 何言ってるんだよッ! そ、それに背中に何か柔らかいものが当たってるってッ!?」

「えへへっ。当ててんのよ」

「~~ッ!?」


 イラッ!

 なに俺の後ろでイチャついてんだよ。


 俺は突き落としたい衝動を抑え、努めて冷静に言った。


「……それじゃあピーちゃん。最速で魔王城まで頼んだぞ」


 ピーちゃんは猛禽類の様な咆哮を上げ、赤い空へと飛び立つ。


 早く魔王城に着いてくれ。

 後ろの二人を、地面に突き落とす前に。


 間に合ってくれ。

 ローザが許嫁と、結婚してしまう前に。


 頼んだぞピーちゃん。

 お前の飼い主の為に。

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