第三章 魔界王女とテコ入れ回
魔界王女と第九話
「海だーッ!!」
水着姿の牙央が声を上げる。
海って。
ここは、たつのこリゾートだけどな。
小さい頃、親父と何回か来たことあったっけ。その時は毎回、親父が女性をナンパしては撃沈していたんだよな。
普通子供の前で、親がそんな事するか? 教育に悪いだろそれ。
まぁ、それは脇に置いといて。たつのこリゾートっていうのは、俺達が住む町にある唯一のスパ・リゾート施設だ。夏になると周辺住民は勿論、他県からもお客がやってくる。
そして今は八月上旬。夏休み真っ只中だ。
首を巡らせれば、至る所に家族連れやカップルの姿が目に付く。
「犬山はバカね。どう見たってプールじゃない」
「チッチッチッ。分かってないねダクネスちゃん。こういうのは気分だよッ! 気分ッ!」
「ねぇ。その呼び方、止めてくれないかしら?」
体育祭以降、牙央含めクラスメイト達はローザの事をそう呼ぶようになった。
あの時、リレーでのローザの頑張りを見て、クラスメイト達の中で心情が変わったらしい。
以来、時々クラスメイトに話しかけられたり、女子グループと一緒に昼食を食べたりと、クラスメイト達との仲が良くなった。
それに伴い、ローザの苗字は長いという事になって、ダークネスロードさん略してダクネスちゃんと呼ばれる様になったという訳だ。
だが本人はそう呼ばれるのが恥ずかしいのか、呼ばれるたびに否定している。
でも、なんだかんだでそう呼ばれるのは嬉しいらしい。
かく言う今も、口ではああ言っているが嫌そうな表情は浮かべていない。
寧ろ明るいぐらいだ。
「えぇー良いじゃんッ! だって俺たち友達でしょ?」
「アタシは、犬山と友達になった覚えは無いわよ」
「ガーン……そんなー……」
地面に膝を付いて落ち込む牙央。
俺は慰めの言葉を掛ける。
「あれはローザの照れ隠しだ。気にするな牙央」
「そうだよ犬山くん。それに私も犬山くんの事は、友達だと思ってるよ?」
「うわーんッ!! 優人ーッ! 親鳥さーんッ! 俺には、仲間がい”る”よ”ーッ”!!」
牙央はワ〇ピースばりにそう言うと、俺に抱きついて来た。
「おい。抱きつくなよ。俺にソッチの趣味は無いぞ」
俺は未だ泣き真似をしている牙央を引き剥がす。
と、ここまでがいつもの茶番。身内同士の馴れ合いだ。
ん? あぁ、俺達が何でたつのこリゾートに来ているかって?
それを説明するには、少し時間を遡る事になる。
あれは、そう――。
***
夏休みが始まって一週間。
俺とローザは日用品の買い出しの為、ショッピングモールを訪れていた。
ローザの服を買いに来た、あの場所だ。
三ヶ
ローザと出会ってから、いろんなことがあったな。
顔を踏まれたり、上級魔法をぶっ放されたり、喧嘩して仲直りしたり、体育祭で優勝したり。
本当に、短いようで長い三ヶ月だった。
「ねぇ。アレは何?」
と物思いに耽っていたら、ローザの声が俺の耳朶を引っ張る。
指を指す方を見れば、そこには福引きの屋台が出ていた。
「あぁ、福引きか」
「ふくびき?」
「簡単に言えば、ソシャゲのガチャみたいなものだな」
「へぇー面白そうね。それじゃあ、早速引いてくるわ」
離れていくローザの背中に向かって、待ったを掛ける。
「あ、おい、待てって。あの福引きを引くには、一定金額の買い物をすると付いてくる福引券が必要なんだ。だから買い物の後でな」
「そうなのね。ならさっさと買い物を済ませるわよ、ユウト」
「はいはい」
「はいは一回よ」
「はい」
そして買い物が終わり、福引きの屋台まで戻って来た。
「一等を当てるわよユウト」
何々、一等はハワイ旅行。二等はたつのこリゾートへの招待券四枚。三等はコメ一キロ。
まぁ、こういう福引きは大抵ハズレのティッシュが当たるんだよな。
期待していない俺は、気の抜けた応援をする。
「頑張れよー」
「任せなさい。行くわよ。――それッ!」
ローザはガラガラを回す。
出た玉の色は銀色。
「おめでとうございますッ! 二等ですッ!」
「……」
鈴の音が辺りに響き渡る。
裏腹にローザはむすっとした顔を浮かべていた。
「そんな顔すんなって。二等でも十分凄い事なんだぞ?」
俺なんて、いつもティッシュしか当たらないのに。
「ふん。アタシは一等を当てたかったのよ」
「だろうな」
「だったらッ!」
と福引きの店員が声を掛けてくる。
「まぁまぁお二人とも。……それに彼女さん。この招待券があれば、彼氏さんに水着姿を見せられるんですよ?」
「か、かれッ!? べ、別にアタシ達は……まだ、そ、そう言うのじゃ……でも……」
彼女? ローザが? ……そうか。周りからはそう見えるのか。
それにまだって。じゃあいつか付き合うってことか?
いやいやいやッ! 何考えてんだッ! 俺がローザと付き合うなんて、そんな事……。
「水着、見せたいですよね?」
「……」
店員から招待券を無言で受け取るローザ。
水着。ローザの水着……。
「ゆ、ユウト。……い、行くわよッ!」
「ッ! ……お、おう」
我に返った俺は、前を行くローザの背中を追い掛けた。
***
そして時は現在に戻る。
「そ、それでユウト……。アタシの水着……ど、どうかしら?」
俺の前に出てきたローザ。
手を後ろに組み、モジモジと身体を揺らす。
身体を揺らす度に白いフリルが踊る、チューブトップの赤いビキニ。
すらりと伸びた白い足に、女性らしい丸みを帯びた腰つき。抱き締めれば、折れてしましそうなくびれ。小さな胸の膨らみ。
起伏の乏しい身体が、その水着の魅力を引き出していた。
「……か、可愛いと……思うぞ」
「ッ!? ……そ、そう……えへへ」
正直、めちゃくちゃ可愛い。
女の子は水着を着ただけで、こんなに変わるものなのか。
男なんて大して変わらないのに。
因みに俺の今着ているのは、ボクサー型の黒い水着に灰色のパーカーだ。
な? いつもと大して変わらないだろ?
「あ、あのッ! ……私の水着は……どう、ですか? 結城くん……」
と親鳥がローザの前に出てくる。
手を前で組み、それによって寄せられた大きな胸が、深い谷間を作っていた。
烏の濡羽色の髪によく合う、白いビキニ。
柔らかそうな太腿に、肉付きの良い腰つき。なめらかな流線を描くウエスト。
エベレスト級の巨峰は親鳥が身じろぎする度に、ぷるんと揺れ動く。
起伏のハッキリした身体が、白のビキニによって映えていた。
「……可愛いと……思うぞ」
正直、エロい。
思春期男子には刺激が強すぎる。
思わず俺の聖剣(意味深)が、ちょっと反応してしまった。
「ッ!? あ、ありがとう……結城くんも……その……カッコいいよ?」
「え。あ、ありがとう……」
そうか?
まぁでも。女子に褒められて嬉しくない男子なんていない。
俺は頬を掻き、褒められた恥ずかしさを誤魔化す。
「いてッ。なんだよローザ」
「ふん。別に……」
いつの間にか横に来ていたローザが、俺のビーサンで剥き出しの足を踏んづけて来た。俺は抗議の声を上げるが、ローザは腕を組んでそっぽを向く。
「どうしたんだ? いきなり不機嫌になって?」
「不機嫌になんてなってないわよ。……ほら、さっさと行くわよ」
「おい、待てって」
明らかに不機嫌な声で言い捨て、早足にその場を離れていくローザ。
慌てて俺は後を追い掛ける。
何だってんだ一体。どうしていきなり不機嫌になったんだ?
はぁー。これだから、女子の考える事はよく分からない。
「あっ、結城くんっ。待ってくださいっ」
「お、おいッ! 俺を置いてくなってッ! ……あっ、ヤベ――」
ちらりと後ろを見遣れば、牙央が頭から派手に転んでいた。
***
レジャーシートを引き、荷物を置いてひとまず腰を落ち着ける。
「いてて。全く。早く遊びたいからって、俺を置いて行くなよな」
牙央は天パの頭を掻きながらそう言った。
「あはは。……犬山くん、怪我は大丈夫? かなり派手に転んでいたみたいだけど」
「あぁ。大丈夫だぜ。これくらい、唾つけときゃ治るだろ」
「駄目だよ。ちゃんと手当しないと。ほら、その怪我見せて」
髪を掻き上げて、額の傷を見せる牙央。
親鳥は荷物の中から救急箱を取り出し、ガーゼと消毒液、絆創膏を取り出した。
「はい。ちょっと染みるからね」
「痛て”ッ”!」
ガーゼに染み込ませた消毒液で、傷口を消毒。
続いて絆創膏を傷口に貼る。
それにしても……。
「親鳥。やけに手馴れてるな」
「うん。私、小学生の弟と妹が居てね。で、いつも怪我をして帰ってくるんだその子達。だから手当するのは得意なんだ。だからね、結城くんも怪我をしたら私に言ってね? 手当してあげるから」
「お、おう……」
言って親鳥は、四つん這いになって俺に近付く。
つんつんと指先で鼻をつつかれた。
四つん這になった事により、親鳥の大きな胸が重力に従って垂れる。
今にも零れ落ちそうだった。
と今まで無言だったローザが突然立ち上がり、何処かに行こうとする。
「どこ行くんだよ。ローザ」
「……トイレよ」
「そうか」
此方を振り返ることも無く、ローザの背中が徐々に小さくなっていく。
ん? あっちにトイレなんてあったか?
過去の記憶を引っ張り出しても、あっちにトイレは無かったはず。
じゃあ一体どこに行くつもりなんだ?
なんだか心配になってきた。
仕方ない、後を追い掛けるか。
「俺もちょっとトイレ行ってくる」
「あ、うん……」
「おー。いってらー」
二人にそう言い残し、早足にローザの後を追い掛ける。
全く。一体どこに行くつもりだよ。
さっきからずっと機嫌悪いし。
俺。何か悪い事でもしたのか?
んー。分からないが、せっかくたつのこリゾートに来たんだ。
楽しまなくちゃ損だろ。
ここは、単純だが甘いものでも与えて機嫌を直してもらうか。
***
なによなによなによッ!
鼻の下伸ばしちゃってッ!
あんな脂肪の塊のどこが良いワケッ!
……はぁ。ユウトってああ言う大きな胸が好きなのかしら……。
視線を下げれば、自分の控えめな胸が控えめに主張している。
今。アタシは優人にトイレに行くと嘘をついて、人目に付かないベンチに座っていた。
でも。アタシの水着姿を可愛いって言ってくれた。
可愛いって。
ユウトの口から、初めて可愛いって言ってくれた。
「ッ~~!」
足をパタつかせ、熱くなっていく頬を両手で覆う。
アタシは脳内でユウトの言葉を再生し、一人悶える。
***
あ。居た居た。
ん? 足をパタつかせてなにやってんだアイツ?
近付いても気付かないようなので、俺は声を掛けた。
「おい。こんな所で何やってるんだよローザ。ん? おーい聞いているのか? おーい」
「はにゃんッ!?」
ローザは身体を大きく跳ね上がらせ、奇声を上げた。
「何だよはひゃんて。魔界の猫の鳴き声か?」
「な、ななな何でユウトがここに居るのよッ!」
「何でって。お前のことが心配だったからだ」
「え?」
キョトンとした顔でローザは、俺を見つめる。
俺が心配するのがそんなに以外か?
「だってこんな美少女が一人で居たら危ないだろ? 変な虫が寄ってくるかも知れないし。実際、何回か変な虫が寄って来てたしな」
「びッ! びしょッ! ……な、何よッ! アンタはアタシの保護者かなんかなワケッ!」
保護者か。
まぁ似たようなものか? 食事を作ったりして世話してるし。
ん? この文脈だとローザはペットになるのか?
そうか、ローザは猫だったのか。はにゃんて声を上げていたし。
「似たようなものかな。……と。ほら、ソフトクリームだ」
「……何よコレ」
「お前。不機嫌だったろ? だから甘いものでも与えて、機嫌を直してくれないかなって。それにせっかくここまで来たんだからさ。楽しまないと損だろ?」
不機嫌になった理由までは、分からないけど。
「こ、こんなものでアタシの機嫌が直ると思ったら、大間違いなんだからねっ! ふんっ!」
口ではそう言いつつ、ローザはソフトクリームを俺から引っ手繰る。
そしてピンク色の舌先でペロペロと、ソフトクリームを舐め始めた。
俺はローザの隣に腰かけ、食べる様子を観察する。
その顔は綻んでいた。何だよ。機嫌直ってるじゃないか。
やっぱり女子って甘いものが好きなんだな。
しかし、ますます猫みたいだな。
舌で舐め取って食べるとことか、正に猫そのものだ。
試しに俺は、脳内でローザに猫耳と尻尾を生やしてみる。
にゃ~ん。
意外と似合うな。猫耳ローザ。
「……何よ。じーっとこっちを見て」
「いや、別に?」
「……もう仕方ないわね。食べたいならそう言いなさいよ。はい」
と、食べかけのソフトクリームを俺に差し出すローザ。
「え? いや別に食べたい訳じゃ……」
「何よ、アタシのは食べれないワケ?」
「そういうわけじゃ……」
「なら何なのよ?」
そりゃあ、お前。これが間接キスだからだろ。
そんなの無理に決まってるだろ。
いや、無理と言っても決して嫌という訳ではないが。
寧ろ嬉しい。
て、いやいやいやッ! 何考えてるんだ俺はッ! ローザと間接キスして嬉しい? 俺はローザの事を気に入ってはいるが、別にそういう感情では無い筈だ。
なのに何故だ? この胸の高鳴りが収まらないのは。
ローザは首を傾げ、横に居る俺を見ている。
お前はなんとも思わないのか? 間接キスだぞ。
くそッ! 俺だけこんなに取り乱して、馬鹿みたいじゃないか。
ええいッ! こうなったら自棄だッ!
こんな思いをするなら、一思いに終わらせてやるッ!
「分かった。食べればいいんだろ。食べればっ」
俺は口を開け、ローザが持っている食べかけのソフトクリームに齧り付く。
「ちょッ! ちょっとッ! 食べ過ぎよユウトッ!」
「……んぐ」
口内で味わう事もなく、俺は一息に飲み込んだ。
勝った。俺はこの戦いに勝ったんだ。
満身創痍の勝利だったが、勝ちは勝ちだ。
みんな。俺、やったよ……。
「バカッ! アイスがもう殆ど残っていないじゃないッ! 全く。……はむっ! はむッ! ……んぐ」
「あ……」
ローザは、残ったコーンを勢いよく食べた。
間接キス……。やっぱりローザは何とも思っていないのか。
……くっ、一体何なんだこの胸のざわつきは。
「ふぅ……。全く、油断も隙も無いわね。そんなに食べたかったなら、自分の分も買いなさいよね」
「……そうだな」
「ん? ユウト。口元にアイスが付いてるわよ。……ほら」
「え?」
おもむろに俺の頬へとローザは、その白い指先を触れさせてクリーム取る。
その指先に付いたクリームを、ローザは舐め取った。
「……ん。はい、綺麗になったわよ。全く。子供じゃないんだから」
いや。俺達、大人からしたらまだ子供だろ。
て、そうじゃ無くてッ!
「い、今。お、お前……」
「え? なによ…………ッ!?」
ローザの顔が一気に茹で上がる。
「な、何よッ! 何か文句あるワケッ! ほ、ほらッ! さっさと戻るわよッ! あの二人が心配する前にッ!」
「お、おう……そうだな」
ベンチから立ち上がると、ズカズカと大股で歩いて行くローザ。
慌てて後を追い掛け、ローザに気付かれない様に俺は自分の胸に手を当てる。
――どうして俺の心臓の鼓動は、こんなにも早いんだ?
まさか、これが恋って奴か……?
俺はローザに恋をしているっていうのか?
……いや、まさかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます