魔界王女と第十八話


 ――そして、遂に文化祭が開催される。


 俺のクラスの出し物はメイド喫茶だ。しかし唯のメイド喫茶では無い

 猫耳メイド喫茶だ。


 さらには執事も居る。

 羊の巻き角を付けた執事が。


 ――喫茶・シープ&キャット。

 それが店の名前だ。


 午前は執事が。午後はメイドがそれぞれ接客を行う。


 つまり。

 俺は今、巻き角を頭に付けて執事の恰好をしていた。


 教室は西洋風の内装で、多くの女性客で賑わっている。

 ある一角では、牙央が親鳥に接客をしていた。


 実に楽しそうだった。正直、羨ましい。

 あんな風に俺もローザとしたい。


「お嬢様のお帰りでーすッ!」


 と、何時までも羨んでいては駄目だ。

 お嬢様へご奉仕しなくては。


 手の空いていた俺は、喫茶店に入って来たお嬢様に挨拶をする。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 恭しくお辞儀をして。

 顔を上げる。


「へぇー。意外と似合うじゃない」


 深紅の髪をツインテ―ルに纏め、吊り上がった目尻を持つ金の瞳。

 薄い胸と小さい背丈に見合わないようでいて、その実、妙に堂に入った尊大な態度。


 そこに居たのはローザだった。


「何だ。ローザか」


 気合を入れて損したな。


「ほら、こっちだ。席に案内する」


 畏まった口調を改め、いつもに調子でローザに語り掛けた。


「何よ。アタシはユウトの主人なのよ? 執事がそんな態度でいいのかしら?」


 ローザは、ニヤニヤと悪ガキの様な笑顔を浮かべる。


「くッ! ……こ、こちらですお嬢様。席にご案内致します。……これで良いか?」

「及第点ね。まぁ、良いわ。アタシは優しい主人だからね? これくらいの無礼、許してあげるわ。さぁ、席に案内しなさいユウト」


 クソ。いい様に扱いやがって。

 覚えていろよ? 必ず仕返ししてやるからな?


 クックックッ! お前がメイドになった時が楽しみだなぁ?


 心の中の悪役ヒールがアップを始める。

 しかしその様子をおくびにも出さず、ローザへのご奉仕を続けた。


「ご注文は何に致しますか? お嬢様」

「そうね……ミルクティーとマカロンを頂けるかしら?」

「畏まりました。少々お待ちくださいませ」


 注文を受けた俺は、一礼してバックヤードに向かう。

 何が頂けるかしら? だ。お嬢様になったつもりかよ全く。

 俺をおちょくるのも大概にしろよな。


 て、そうだった。ローザは正真正銘のお嬢様だったなそう言えば。

 いや、お嬢様どころかお姫様か。


 何たって魔王の娘だもんな。


 待てよ? という事はだ。

 ローザに仕える使用人たちは、こんな思いを毎日しているのか?


 ……何と言うか。

 お疲れ様です。本当に。


 俺は調理係に用意してもらった、ミルクティーとマカロンをトレーに乗せる。

 バックヤードを出て、ローザが待つテーブルに向かう。


「お待たせしましたお嬢様。こちらがミルクティーとマカロンで御座います」

「ありがとう」

「ではごゆっくりどうぞ」


 と言って俺は立ち去ろうとする。

 だが、ローザは俺を呼び止めた。


「ちょっと待ちなさいよ」

「まだ、何か?」

「食べさせてくれるかしら? このマカロンを」

「は?」


 何言っているんだこのお嬢様は?

 食べさせる? マカロンを? 一体どうやって?


 ハッ!?


「……まさか」

「あーん、するのよユウトが」

「待て待て待てッ!? 何でそんな事をしなくちゃいけないんだッ! そんなオプションはこの喫茶店には無いぞッ!」

「あら? 主人に向かってそんな態度でいいのかしら? ほら、あ~。早くしなさいはやふひらはい


 ローザは無防備に、口内を外気へと晒す。

 この光景、前にも見たな。


 ……それに周りの視線が痛い。

 何時までもこうしてられないな。


 ええいッ! ままよッ!


 俺はマカロンを手に取った。


「あ、あ~ん」


 と口に出し、ローザの口の中にマカロンを優しく入れる。

 手を引き抜く瞬間。

 ローザの口が閉じられ、軽く俺の指先が唇に触れた。


 柔らかい。ものすごく、柔らかかった。

 何時までも、その感覚が指先に残る。


 ……ローザの唇。

 好きな人の感触。


 胸がドキンと高鳴る。


 頬が熱を持つのが分かった。

 クソ。こんな思いを受けるなんて。


 全くローザめ。人の気も知らないで。


 ローザの顔を見遣る。

 だが、ローザの顔はティーカップに口を付けている為、俯いていた。

 なので、その表情を計り知る事は出来なかった。





 ***





 昼が過ぎ、喫茶・シープ&キャットはメイドがご奉仕する時間になる。

 シフトを終えて自由の身となった俺と牙央は、三年一組の教室の前に居た。


 だがそこは今や、アクセサリーを手作りできる工房に変わっている。


 ――ドラゴンのアトリエ。


 三年一組の出し物だ。


「よし。ここだな。良いか優人? 俺は姫奈に。優人はダクネスちゃんに。手作りのアクセサリーをプレゼントする」

「……あぁ」


 そう。

 俺はここで作ったアクセサリーを、ローザにプレゼントする。


「それじゃあ。入るぞ」

「あぁ」


 俺達は工房に入った。


「いらっしゃいませ~。どうぞこちらに」


 店員に案内され、空いている席に座る。

 目の前に出された、様々な種類のアクセサリーから形を選ぶ。


 奇しくも俺達は、同じネックレスタイプを選んだ。


 首を通す紐に、縁取られた楕円形の金属板が付いていた。


 この金属板に、自分が好きに選んだ素材を使って彩るらしい。


 テーブルに出された、様々な素材を手に取って確かめる。

 ローザに似合いそうなモノはどれだろう?


 んー。やっぱりローザには赤が似合うよなぁ。


 考えた末、赤と黄色のビーズを使ってネックレスを作ることにした。


「――出来た」


 手の中には、揺れ動く炎をイメージしたネックレスが。


「お? 良く出来てんじゃん」

「そう言う牙央はどうなんだよ?」

「俺? 俺のはこれだ」


 牙央が見せて来たネックレスは。

 凪いだ海を思わせる、優しい青のネックレス。


「へぇー。意外と上手いな」

「意外とって何だよ、意外とって」

「牙央ってこういう細かい作業、苦手そうだったから」

「へッへッへッ。俺ちゃん実は、テクニシャンなんだよね~」


 両手をワキワキさせる牙央。

 その姿は、何だかとても気持ち悪かった。





 ***





 そして場面は最初に戻る。


「……お、お帰り……ニャさいませ……ご、ご主人様。ご、ご注文は……何に……致しますか……に、にゃんにゃん……ッ!」


 フリフリのミニスカメイド服に、黒のニーソックスが生み出す絶対領域。

 深紅のツインテ―ルの間には、黒い猫耳カチューシャが可愛さを示す。

 尻からは黒い猫の尻尾が、悪戯に揺れていた。


 顔の横で招き猫の様に、手を曲げるポーズを取る。

 顔から火が出そうなほどに赤面していた。


 そう。

 そこに居たのは、猫耳メイドのローザだった。

 とても可愛かった。


 猫耳が良く似合っている。

 やはりローザは猫が良く似合う。


「……可愛い」


 気付けばそう口にしていた。


「かッ!? かわッ!? べ、別にアンタに褒められても、嬉しくなんか無いんだからねッ! フンッ!」


 顔を逸らすローザ。

 その声音は嬉しそうだった。


「ほ、ホラッ! 早く注文しなさいッ!」

「……そ、そうだったな。えーっと。紅茶とあにまるクッキーをくれ」

「分かったわ。ちょっと待ってなさい」


 とそこで俺は、あの時の仕返しをする事を思い出す。


「おい。メイドがそんな態度で良いのかな? ローザにゃん?」

「ッ!? ……か、畏まりましたに……にゃ。……し、少々……お待ち下さい……にゃ」

「よしよし。俺は寛容だから、これくらいの無礼、許してあげるよ。ローザにゃん?」

「……くッ! 覚えてなさい……ユウト」


 そう捨て台詞を吐いて、バックヤードへと消えていくローザ。


 クックックッ。まだまだ仕返しは終わっては居ないのだよローザくん。

 お楽しみはこれからだ。


 暫くしてローザが戻ってくる。


「お、お待たせしました……にゃ。こ、紅茶とあにまるクッキーです……にゃ」

「ローザにゃん。ありがとう。それじゃあ美味しくなる魔法、掛けてくれるかな?」

「くッ!! ……分かったわ……いや。……分かりました……にゃ」


 そう。

 メイド喫茶と言えばこれだ。


「お、美味しく……なぁれ……も、萌え……萌え……き……きゅん……ッ!」


 両手でハートマークを作り、言葉と共に左右に振って突き出す。

 ローザの顔はリンゴの様に真っ赤だった。


 ぐッ!? 何て破壊力なんだッ!?

 これが美味しくなぁれの魔法なのかッ!!


 上級魔法の比じゃないなッ! 


 耐えてくれ俺の心臓ッ!

 まだ最後の仕返しが残っている。


 と、恥ずかしさに耐えかねたのかローザが、立ち去ろうとした。

 俺は腕を掴んでそれを阻止する。


「ちょっとッ! 離しなさいよッ!」

「まぁ落ち着けって。まだ残ってるだろう? アレがな?」

「ッ!? ……まさかッ!?」

「そう。あ~んだ」

「ッ!?」


 ローザの顔が一段と赤くなった。

 まるであの時の俺の様。


 俺は口を開ける。


「あ~」

「……分かったわ。……やれば良いんでしょやれば」


 ん? やけに素直だな。

 もっと抵抗するかと思ったが。


 ……なるほど。

 早く終わらせてしまおうと言う魂胆だな。

 ま、それぐらい許してやるか。


 俺は寛容な主人なんでね。


「あ、あ~ん」


 ローザは猫の形をしたクッキーを取り、俺の口に入れる。

 口を閉じる瞬間。ローザの指が唇に触れた。


 小さく細い指が触れた。


 味もよく分からぬまま、クッキーを咀嚼して嚥下する。

 熱くなった頬を隠す為、俺は紅茶に口を付ける。


 ローザの顔をまともに見れなかった。


 何なんだ一体。

 これじゃあ仕返しするつもりが、俺が仕返しされているみたいじゃないか。


 ……でも。

 何処か嬉しい気持ちの自分が居る。


 いや、どちらかと言うと嬉しい自分の方が多かった。


 じゃあローザは?

 ローザは今、一体どんな気持ちで居るんだ?





 ***





「あ、あ~ん」


 アタシは猫の形をしたクッキーを手に取り、ユウトの口の中に優しく入れた。

 指を引き抜く瞬間。

 ユウトの唇が閉じられ、アタシの指先に軽く触れる。


 好きな人の唇の感触。

 気付けば、その指を自分の口へ。


 て、何やってるのよアタシはッ!?

 アタシは慌ててその指を離す。


 これじゃあアタシが変態じゃないッ!!

 バレていないか、ユウトの顔を伺う。


 ユウトはティーカップに口を近付けていた。

 そのため顔が俯いており、アタシがしようとしていた事は気付いていないようだ。


 ほっと胸を撫で下ろす。

 良かった。

 如何やらバレていない様ね。


 未だアタシの指先には、ユウトの唇の感触が残っている。

 この指先はもう一生洗わないわ。

 と言うのは大げさかも知れないけど。


 それほど好きなのだアタシは。

 目の前にいるユウトが。


 なのに。


 ユウトは何とも思わないの?

 このアタシが、あ~んしてやったっていうのに。

 将来、アンタと番になると約束したこのアタシがやったのに?


 ……あぁ、そうか。

 ユウトはまだ、その約束を思い出していないんだ。


 アタシがこんなに近くに居るのに。

 一緒に暮らしているのに。

 何で思い出さないの?


 早く思い出してよユウト。

 じゃないとアタシとの約束は。


 ユウトとアタシが番になる約束は――。


 ――無かった事になる。


 そしてお父様が決めた、許嫁と結婚する事になる。


 タイムリミットは十二月二十五日。

 アタシの十七回目の誕生日だ。


 だから、早く思い出してよ。


 ……ユウト。





 ***





 文化祭が終わった。


 下では後夜祭が始まったのか、軽音部の軽快な音が聞こえてくる。

 俺とローザは今、学校の屋上に居た。

 屋上は夕日で赤く染まっている。


「ユウト? どうしたのよ一体? 屋上なんかに来て?」

「……あぁ」


 俺はポケットから小さい紙袋を取り出す。


「……ローザ。コレ、お前にあげるよ」


 そして、紙袋をローザに手渡した。


「? 何よコレ?」

「いいから開けてみろ」


 ローザは紙袋を開け、中に入ったものを取り出す。


「ネックレス?」

「そうだ。俺が今日手作りしたネックレスだ」

「え」

「ローザに似合うように炎をイメージした」

「……な……んで? コレ……を?」


 驚きと困惑が、綯い交ぜになったような顔をするローザ。

 ローザの疑問に俺は答えた。


「いや。何だ。何時ものお礼って言うかなんて言うか」


 告白する勇気はまだ無い。

 告白してしまえば、この関係が崩れてしまうんじゃないか。

 という思いが心を縛っているから。


 それに告白する機会ならまだまだある。

 だからそれまでに、この心を縛る思いを断ち切ればいい。


「……そう……なんだ……ッ」


 といきなりローザが泣き出す。

 夕日に照らされた涙が、ポロポロと零れ落ちる。


「だ、だよなッ! 気持ち悪いよなッ! ならそのネックレスは捨ててくれて構わないからッ!」

「……ち、違うッ! 気持ち悪くなんてないわッ! ……これは嬉し涙よ」

「……そ、そうか」


 ローザは目元を乱暴に拭う。


「……ね、ねぇッ! コレ、付けて良いかしら?」

「……あぁ」


 と言ってローザは、ネックレスのストラップを外し、両手を首の後ろに回す。

 ストラップを嵌め、肩に掛かった両のツインテ―ルを振り払う。


「……ど、どうかしら?」


 首に掛けられたネックレスは、キラキラと夕日に輝いていた。


「……似合ってる」


 本当に良く似合っていた。


「ッ!? ……あ、ありがとう……ッ」


 夕日に照らされたその笑顔は、どんな輝きにも負けないぐらい眩しい笑顔だった。


 その笑顔が自分に向けられているという事実が、俺の心を高揚させる。

 だからか、思わず告白の言葉が口をついて出そうになった。


「ろ、ローザッ! ……俺は」


 慌てて踏み止まる。


「? どうしたのよ?」


 首を傾げるローザ。

 俺は言葉を飲み込み、別の言葉を紡ぐ。


「いや、何でも無い。……それより早く戻ろう。後夜祭も始まったみたいだし」

「そうね。……ありがとうユウト。――大好きだよ」

「ん? 今何か言ったか?」

「いいえ。何も言ってないわ。さ、早く戻りましょうユウト」

「……あぁ」


 視界の端を深紅のツインテ―ルが横切り、俺は振り向く。

 屋上の出入り口に向かう、ローザの小さな背中。


 今、俺の聞き間違えじゃ無ければ、大好きと確かに小声で言っていた。

 ローザが? 俺の事を? 大好き?


 いやいやいやッ! そんな訳無いッ!

 俺を好きな素振りなんて、今まで微塵も無かったぞ。


 そうだッ!

 きっと俺がローザに告白しそうになって、気が動転して聞き間違えたに違いないッ!


 俺のローザが好きって気持ちが、ローザにそう言わせたに違いないッ!


「何してんのよ。置いてくわよ?」

「あ、悪いッ!」


 ローザが振り返る。

 俺は駆け足で近づく。


 俺はローザが好きだ。

 その気持ちは変わらない。

 だけど。


 何なんだ一体。

 このパズルのピースが一枚掛けたような感覚は……。

 俺は何か、大事な事を忘れている?

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