最終章 魔界王女と勇者の末裔

魔界王女と第十九話


 今日は十二月二十四日。

 クリスマス・イブ。


 子供たちが、サンタにプレゼントを貰えるように良い子を演じ。

 親たちは子供の夢を守る為に奔放し。

 恋人たちは互いに愛を囁き合う。


 日本中が活気にあふれる日。

 聞いた所によると、クリスマス・イブを祝うのは日本ぐらいなものらしい。


 海外ではクリスマス・イブが無いのだ。

 寧ろ二十五日、クリスマス当日に祝うという。

 まぁ、当たり前か。


 その日は、とある宗教の聖人の生誕祭だからな。

 前日に祝うのはおかしいよな。


 何故、日本ではクリスマス・イブを祝うのか。

 経済効果を見込んだ企業のキャンペーンや、日本人の何かと祝いたがる気質が関係しているらしい。


 だが最近は、海外でもクリスマス・イブを祝う人達が増えてきているという。


 ま、そんな事は今はどうでも良くて。


「「「「――メリークリスマスッ!」」」」


 俺、ローザ、牙央、親鳥の四人は乾杯する。

 グラスに入っていたコーラを一口飲む。


 口の中で炭酸が弾ける。

 何でこう、たまに飲むコーラってこんなに美味いんだろうな?


 ちゃぶ台の上には、骨なしチキンやナゲット、フライドポテトやピザなど。

 ジャンクフードが並んでいた。


 そう。

 この日、俺の家ではクリスマスパーティーが開かれていたのだ。


「牙央くん。はい、あ~ん」

「あ~ん」


 目の前では牙央と親鳥がイチャついていた。

 クソッ! 見せ付けるんじゃねぇよッ!


 俺の家に上がった時も、二人で恋人繋ぎしていたし。

 そんなにイチャつきたいなら、二人だけで過ごせばいいのに。


 と俺の家で四人でパーティーを開こうとなった時、二人にそう言ったらこう返って来た。


 イチャつく様子をローザに見せれば、二人の仲が進展するかもしれないと。


 いやいやいやッ!! 何でお前らがイチャついている様子を見せたら、俺とローザの仲が深まるのッ!?


 意味わかんないだろそれッ!!


 ……はぁ……はぁ。

 何だか一人で脳内ツッコミしてたら、疲れたな。


 俺はコーラをもう一口飲む。

 ちらりとローザの様子を伺う。


 ローザはナゲットをBBQソースに付け、イチャつく牙央達とそのナゲットを見比べていた。

 その顔はとても羨ましそうにしている。


 手にしたナゲットをパクりと頬張るローザ。


 一体今、ローザが頭に思い浮かべているあ~んしたいされたい相手は誰なんだろう?

 まさか俺か? ……いや無いな。俺とローザは、唯の同居人兼友人みたいなものだ。そんなことはあり得ない。


 じゃあ一体、相手は誰なんだ。


 きゅっと胸が締め付けられる。

 何だこれは。


 まさか俺は嫉妬しているのか?

 ローザが思い浮かべているのが俺じゃなく、他の男だという事に?


 いいだろう。

 なら思い浮かべている相手が誰であろうと、俺の事で上書きしてやるよ。


 俺はナゲットを手に取り、BBQソースを付ける。

 ナゲットを持ったままローザに声を掛けた


「……ローザ。ほら、あ~んだ」

「ッ!? な、何でよッ!?」


 ローザの顔は瞬時に赤くなった。

 そんなに怒るほど嫌なのか?


 ……でも関係ない。怒っているという事は俺を見ているって事だ。

 ならもっと俺を見てくれ。


「いや。ローザが羨ましそうに見ていたから。だから俺がお前にあ~んをしてやる。ほら、口を開けろ」

「べ、別にアタシは羨ましがってなんかッ!」

「いいから。ほら」

「うぅ……わ、分かったわ……あ~」


 ローザが口を開ける。

 俺はその口の中にナゲットを入れた。


 もぐもぐと頬が動く。


「美味いか?」

「……う、うん……ッ」


 嚥下したローザは俯いて言う。

 よし。これで俺に上書き出来たはずだ。


「……ね、ねぇ」

「何だ?」

「……お返しのあ~ん……してあげるわ」

「良いのか?」

「えぇ。だってユウトも……その……羨ましそうにしてたから」


 羨ましそうにしてたか。

 確かに俺は、ローザにあ~んをして欲しい。


 だって俺の好きな人なんだから。

 でもローザがあ~んしたい人はきっと、俺じゃないんだと思う。


「は、はい。あ、あ~ん」


 ローザはナゲットにBBQソースを付けて差し出してきた。


「あ~」


 俺は口を開ける。

 ローザはその中にナゲットを入れた。


 もぐもぐと口を動かす。

 そのナゲットの味は、自分で食べるよりも美味しく感じられた。


「ど、どう?」

「美味いよ」

「……そう。……えへへっ」

「ッ!?」


 なんで笑うんだ?

 あ~んしたいのは他の男じゃないのか?

 もしかして本当は……。





 ***





 ちゃぶ台の上のジャンクフードを片付け、ケーキを食べ終えた後。

 プレゼント交換会が始まる。


 ちゃぶ台の上には四つのプレゼントが。

 それぞれ贈る相手を決める為、くじ引きをした。


 結果。

 俺はローザに。ローザは俺に。牙央は親鳥に。親鳥は牙央に。


 しかし俺は知っている。

 このくじ引きは八百長である事に。


 そう。

 初めから贈る相手は決まっていたのだ。

 牙央と親鳥が、俺の為に準備してくれたお陰で。


 だからこのプレゼントは、ローザただ一人の為に選んだモノ。


「よし。それじゃあプレゼント開封~ッ!」


 牙央の掛け声に俺達は一斉にプレゼントを開けた。


「……これは」


 ローザから貰ったプレゼントの中身は、黒い毛糸の手袋だった。


「ユウト。手袋持って無かったでしょ? だからあげるわ」

「え。ありがとう……」


 あげるも何も、お前は誰に渡るか知らない筈だろ?

 他の奴だったらどうすんだよ。


「ねぇユウト。コレ、マフラーよね?」

「あぁ、誰に渡るか分からないからな。無難にベージュのマフラーにしたんだ」


 勿論、嘘である。

 最初は赤いマフラーにしようとしたが、それだと顔周りに赤色が集中してしまう為、無難な色だがベージュにした。


「……そっか。ありがとう、ユウト」

「おう」


 ローザはマフラーを大事そうに抱き締める。


「ねぇ。早速着けて見ても良いかしら?」

「あ、あぁ。良いぞ」


 と言ってローザはマフラーを首に巻く。

 やっぱり赤にしないで正解だったな。


 深紅の髪とベージュのマフラーが互いを引き立てていて、とても良く似合っていた。


「ど、どうかしら?」

「あぁ。良く似合っているぞ」

「本当ッ! ……えへへっ」

「ッ!?」


 可憐で清純な、聖女の様な笑顔だった。

 心が浄化される。

 あぁ、俺はこの笑顔を守りたい。


 この笑顔を俺だけのものにしたい。

 だから……。


「ローザッ!」

「な、何よ? いきなり」

「俺は……お前の事が……」


 好きだと言おうとする。

 だがそこで、家のチャイムがタイミング良く鳴った。


「いや。何でも無い」

「そ、そう……」


 たく。

 もう少しっていう所だったのに。

 こんな時間に誰だよ全く。


 言おうとした言葉を飲み込み、俺は来訪者の元に向かう。


「はーい。どちら様ですか?」

「夜分遅くに失礼致します。私は魔王一族に仕えるメイドが一人。リースで御座います」


 玄関の遣戸を開けると、そこには。

 クラシックなメイド服を着た、黒髪で妙齢ぐらいの女性が居た。

 女性は折り目正しくお辞儀をする。


「あー。確か体育祭の時の」

「はい。その節はローザディア様が大変お世話になりました」

「いえいえ。こちらこそ」


 体育祭の時、ローザの父親である魔王の傍に控えていた女の人だ。

 こうして声を聴くのは初めてだが、見た目通り真面目で落ち着いた声色だった。


「それで、何のご用ですか?」

「はい。ローザディア様とお話をさせて頂きたく、参った次第で御座います」

「そうですか。ちょっと待ってください。今、ローザを呼んで来ますので」

「はい」

「あ、寒いから中で待っててください」

「お気遣い感謝します」


 リースさんは遣戸を閉め、戸口から玄関の中に入った。

 それを横目に俺は軋む廊下を渡り、リビングに向かう。


「おーい、ローザ。リースさんって言うメイドの人がお前と話したいってさ」

「……え。……だってまだ時間は……ッ」


 ローザは勢いよく立ち上がり、俺の横を走り抜ける。


「どうしたんだ? あんなに慌てて?」

「さぁ?」


 牙央の問いかけに俺は疑問符を付ける。


「リースさんって確か。ローザちゃんのお父さんの隣に居た人だよね?」

「そうだな」





 ***





 アタシは早足に玄関に向かう。

 どうしてどうしてどうして?


 タイムリミットは明日の筈。

 なのに何で、リースが来るのよッ!


「ローザディア様。お久しぶりで御座います。お元気そうで何よりです」

「そんな事どうでも良いわよッ! それより何でアンタがここに来てんのよッ! タイムリミットは明日の筈でしょッ!?」


 アタシはリースを怒鳴りつける。

 だが当の本人はどこ吹く風で、眉一つ動かさない。


「確かにローザディア様の言う通り、タイムリミットは明日です」

「だったらッ!!」

「……ですが、結婚の儀には準備が必要です。その為、ローザディア様には今すぐ魔界にご帰還して頂きたく。こうして参った次第で御座います」

「そんなの……ユウトがアタシの事を思い出すんだから要らないわよッ!」


 そうだ。

 たとえ今日思い出さなくても、明日には絶対に思い出すんだからッ!


「そうですね。でも、今までローザディア様がずっと傍に居られたのに、ローザディア様の事は未だ思い出してはいないのですよ? なのに明日のたった一日で思い出すとお思いで?」

「ッ!? ……そんなの」


 思い出すに決まっている。

 そうじゃなきゃいけないんだッ!


「……ローザディア様。貴女も分かっている筈です。優人様はもう貴女を思い出すことは無いと」

「……そんなこと……」


 そんな事を認めてしまったら。

 アタシの思いを……。


「……ローザディア様」

「……」


 アタシのこの恋心を。

 否定するって事だ。


 そんなの出来るはずがない。

 ……でも。


 心の何処かでは、幼い頃から抱くこの思いは。

 決して叶わないものだと、思っていた。


 当然よね。

 だってアタシとユウトは、あの頃よりも心も体も成長したんだから。


 真っ白で純粋だったあの頃よりも、色んな色を知った。

 いい色も、悪い色も。

 楽しい色も、悲しい色も。


 だから幼い頃の約束なんて。

 いろんな色と混じり合って、真っ黒に塗り潰されていて覚えている筈が無い。


 本当。

 アタシってバカだなぁ。


 幼い頃の恋心を、何時までも引きずって。

 いい加減大人になりなさいよ。


 あ。

 そうか。

 これが大人になるって事なんだ。


 何かを捨てて、前に進む。


 ……きっついなぁ。


 でも何時かは、大人にならないといけない。

 こんな所で立ち止まっては居られない。


 早く、大人にならないと。


「――分かったわ。ユウトのことはもう忘れて、お父様が決めた許嫁と結婚するわ。……これで良いわよね? リース?」

「はい。勿論で御座います」

「そ。じゃあアタシは荷物を纏めて来るわ」

「畏まりました」


 アタシは軋む廊下を足早に歩き、自分の部屋に荷物を取りに向かう。

 リビングを横切る途中、ユウトとすれ違う。


「おい。ローザ」


 ユウトの声を無視して進む。

 返事を返してしまえば、この決意が薄れてしまうから。


 自分の部屋の襖を乱暴に開ける。

 とそこで思い出した。

 魔界から持ち込んだ私物が一つも無い事に。


 部屋にあるのは、どれもこれもユウトとの思い出が詰まったものばかり。


 ユウトに可愛いと言ってもらえた白いワンピース。

 クレーンゲームでユウトが取ってくれた、この町のマスコットキャラクターのドレイクンぬいぐるみ。


 夏祭りにユウトが射的で取ったクマのぬいぐるみ。

 文化祭でユウトが手作りしてくれたネックレス。


 そして今、首に巻いているマフラー。


 アタシはマフラーを、強く強く握り締める。

 何処かに行ってしまわない様に。


 それでもアタシは、ユウトとの思い出を忘れたくは無い。

 忘れてしまいたくは無い。


 だってアタシは。

 ユウトが好きだから。


 気付けばアタシは泣いていた。

 ポロポロと手で拭っても拭っても、涙は止まらない。


 何で止まらないのよッ!

 せっかくユウトから貰ったマフラーが汚れちゃうじゃないッ!

 早く、止まりなさいよッ!


 そんな内心とは裏腹に、涙が零れて止まない。


 アタシがこんな思いをするのも、ユウトが全部悪いんだ。


「おい、ローザ」


 背後からユウトの声が聞こえる。

 アタシは振り向く。

 涙が溢れて仕方ない、金の瞳で睨みながら。


「お前……何で泣いて……」

「アンタのせいよッ!! アンタがアタシの事を思い出さないからッ!! こんなに近くに居るのに何で思い出さないのよッ!!」

「なに言って……」

「アタシはユウトのことが好きなのッ!! 大好きなのよッ!! ……なのになんで思い出さないのよッ!! このバカッ!! バカバカのバカッ!! もう知らないッ!!」

「うぉッ! あ、おいッ! 待てってッ!」


 アタシは首に巻いていたマフラーを乱暴に外し、ユウトの顔面に投げ付けた。

 その隙にユウトの脇を走り抜け、玄関に向かう。


 もう後ろは振り返らない。

 振り返れば、立ち止まってしまうから。


 アタシはもう子供じゃ居られないから。


 玄関に付いたアタシは、ブーツに足を入れる。

 追いついたユウトが、しゃがむアタシの肩を掴んだ。


「急にどうしたんだよローザッ!」

「アタシに触らないでッ!!」


 乱暴に腕を振り払い、ブーツを履き終えたアタシは遣戸を勢いよく開けて外に出た。そして音を立てて遣戸を閉める。


 これ以上、ユウトを近付けさせないように。





 ***





「おい、ローザッ!」

「それ以上はお止め下さい。優人様」


 俺は後を追い掛けようとするが、メイドのリースさんが目の前に立ちはだかった。

 苛立ちを隠さずに言う。


「あんたには関係に無いだろッ! そこを退けよッ!」

「いいえ。退きません。それにローザディア様は、私が仕える魔王の一族のお方。これ以上進むというのなら、実力行使させて頂きますよ?」

「あぁ、やって見せろよッ!」


 リースさんの挑発に俺は真っ向から挑んだ。

 何たって俺は勇者の末裔だ。

 泣いている女の子一人守れないでどうする。


 それに確かめたいこともあるしな。


 俺は身構える。

 どんな攻撃にも対処出来るように。

 だが。


「ぐはッ!?」


 気付いた時には、俺の鳩尾に掌が触れていた。

 痛みは身体の内側から来ていた。


 俺は鳩尾を抑え、膝を付いて蹲る。


「な、にを……した?」

「浸透頸です。知りませんか? 人間界の中国と言う国に伝わる拳法の技術です」


 知っている。

 打撃のインパクトを身体の内側に伝える技術。

 どんな生物でも、身体の内側を鍛える事は出来ない。


 それ故、高いダメージを与えられる技。


 日本にも似たような裏当てという技がある。

 まぁ、どこでも考える事は同じという訳だ。


「綺麗な花には棘がある様に、メイドを見縊らない方がいいですよ? 勇者の末裔である優人様?」

「……くッ!」


 確かにその通りだな。

 俺はリースさんを見縊っていた。


 まさかこんなに強いとは。


「それでは失礼致します……と言いたいところですが、それでは少々情が無いというもの。ですので、ユウト様にはこれをお渡し致します」


 と言ってリースさんは蹲る俺の前に、白い封筒を置く。


「……これ、は?」

「はい。ローザディア様と許嫁であるヴァン様の、結婚の儀への招待状です」

「ッ!?」


 結婚ッ!?

 ローザからそんな話は一度も……。


「では、今度こそ。失礼致します、ユウト様」


 リースさんはそう言うと、遣戸を開けて外に出る。

 外には背中を向けたローザが居た。


 遣戸が閉まる。


 ローザの姿が見えなくなった。

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