第五章 魔界王女と文化祭

魔界王女と第十七話


「……お、お帰り……ニャさいませ……ご、ご主人様。ご、ご注文は……何に……致しますか……に、にゃんにゃん……ッ!」


 フリフリのミニスカメイド服に、黒のニーソックスが生み出す絶対領域。

 深紅のツインテ―ルの間には、黒い猫耳カチューシャが可愛さを示す。

 尻からは黒い猫の尻尾が、悪戯に揺れていた。


 顔の横で招き猫の様に、手を曲げるポーズを取る。

 顔から火が出そうなほどに赤面していた。


 そう。

 そこに居たのは、猫耳メイドのローザだった。

 とても可愛かった。


 猫耳が良く似合っている。

 やはりローザは猫が良く似合う。


「……可愛い」


 気付けばそう口にしていた。


「かッ!? かわッ!? べ、別にアンタに褒められても、嬉しくなんか無いんだからねッ! フンッ!」


 顔を逸らすローザ。

 その声音は嬉しそうだった。


「ほ、ホラッ! 早く注文しなさいッ!」

「……そ、そうだったな。えーっと。紅茶とあにまるクッキーを――」


 ――時は遡る。

 そう、文化祭が開催される二週間前に。





 ***





 衣替えの季節になり、制服が冬服に変わった。

 秋の気配が忍び寄っては、夏の暑さがぶり返す十月のある日。

 今年の文化祭で、クラスの出し物を決める会議が行われていた。


 そしてその会議は今、大詰めを迎えている。

 お化け屋敷とメイド喫茶。

 どちらにするかを。


「それじゃあ皆。机に顔を伏せてくれ。そして良いと思う方に手を上げてくれ」


 教壇に立っていた、文化祭実行委員の男子がクラスの皆に言った。

 言われた通り俺は、机に顔を伏せる。


「じゃあまずは。お化け屋敷が良いと思う人」


 お化け屋敷か。

 正直、お化けの類は見慣れている。


 それも実物をだ。

 俺は勇者の末裔の一族であるため、そう言う化生のものとは何度か戦った事がある。


 だからお化け屋敷は別にやりたいとは思わないかな。

 俺は手を上げなかった。


「次に。メイド喫茶が良いと思う人」


 メイド喫茶か。

 メイド。

 ローザのメイド姿。


『ご主人様?』


 脳内で、メイド服を着たローザが首を傾げる。

 ……見てみたいな。


 俺は手を上げた。


「……よし。皆、顔を上げていいぞ」


 顔を上げる。


「……それじゃあ、発表するぞ」


 クラスメイトたちが固唾を飲んで、待つ。


「うちのクラスの出し物は……」


 出し物は?


「……メイド喫茶に決定したッ!」

「「うおォォォォォォッ!!」」


 主にクラスの男子たちが歓声を上げる。

 女子の反応は様々だった。

 喜ぶ者。気合を入れる者。落胆する者。男子たちを冷めた目で見る者。


 かく言う俺はと言うと、平静を装っていた。

 しかし内心では、ガッツポーズを取っている。


「何をそんなに喜んでいるのかしら? メイドなんてただの使用人じゃない」


 ローザは呆れた様子だった。

 そうか、ローザは王族だもんな。

 メイドなんてそれこそ、産まれた時から目にしているもんな。


 でもなローザ。

 普段から目にしているからこそ気付けない、メイドの魅力っていうものがあるんだよ。


 それは――。


「――チッチッチッ! 分かってないなダクネスちゃんはッ!」


 牙央は席を立ち、ローザに語り掛ける。


「メイドはメイドと言うだけでそれはもう魅力的なんだッ!! 分かるか? メイドって言うのは主人に仕える者だろう? つまりッ! 主人の命令は絶対ッ! あんな事やこんな事をしてもOKなんだッ!! さらにさらにッ! 上の立場である主人が、メイドにコキ使われる主従逆転もまた良いッ! 俺はメイドさんに、軽蔑した眼つきで罵倒されたいッ!!」


 おい。

 最後のは自分の欲望じゃあないか?


 牙央は、ぐっとローザに身を近付ける。


「ち、近付くんじゃ無いわよッ!? 変態ッ!」

「あ、ありがとうございますッ!!」


 ローザの罵倒に感謝をする牙央。

 そこにはドMの変態が居た。


「……牙央くん」


 俺達から少し離れた席に居た親鳥が、何やら決意に満ちた声で呟く。

 おい、親鳥。

 いくら自分の彼氏だからって、無理にそんな趣味に付き合わなくても良いんだぞ。


 ……そう。

 あの事件で俺にフラれた親鳥は、同時に牙央の一世一代の愛の告白を受け。

 俺への恋心をキッパリ忘れ、牙央の彼女になったのだ。


 とは言え、二人が恋人同士になっても俺達との友情は消えた訳ではなく、今でも友達のままである。


 だが、俺は。

 二人の仲睦まじい姿を見ていると、モヤモヤとした気持ちが日に日に増していくのだ。


 俺もあんな風にローザと恋人になりたいと。

 恋人になれたらどんなに幸せかと。


 でも。

 この気持ちをローザに伝えたら。

 今までの関係が崩れてしまうんじゃないかと、臆病風に吹かれていた。


 それでも日に日にローザへの思いは膨らんでいく。

 一体、俺はどうすれば良いんだ?


 とここ最近、頭を過るのはその事ばかり。

 気が狂いそうだった。


「コホンッ! 盛り上がっている所悪いが、まだ話し合いは終わっていない。特にそこ、静かにしろ」

「あ、ごめんちゃい」

「……ふんっ」


 牙央は席に座り、ローザは不服そうに鼻息を鳴らした。


「……よし。それじゃあ、メイド喫茶のコンセプトを今から決めたいと思う。何か意見がある人はいるか?」


 ざわざわと近くの人と相談し合う中、牙央が手を上げる。


「はいはいッ!」

「はいは一回だ」

「はいッ!」

「で、犬山の意見はなんだ?」


 実行委員の男子が続きを促す。

 犬山は言った。


「おうよッ!! 猫耳メイド喫茶だッ!!」

「なん……だと……ッ!?」


 某死神〇行が言いそうな科白を、実行委員の男子は口にする。


「……メイドはそのままでも勿論良い。がッ! そのメイドに猫耳を付けると如何だ? ……そうッ! メイドの魅力に猫耳の萌え要素がプラスされて、最強になるのだッ!! まるで合体ロボの様にッ!!」

「「おおォォォォォォッ!!」」


 男子たちの叫びが教室中に響き渡る。


 猫耳メイドか。

 ……ローザの猫耳。


『に、にゃあ……ッ!』


 くっ!?

 俺は想像しただけで、心臓を鷲掴みにされた様な気持ちになった。


 不味いな。すさまじい破壊力だ。

 想像でこれなら、実物を見たら一体如何なってしまうんだ?


「ちょっと男子~。男子ばっか盛り上がんないでよ~」

「す、すまん。……で、山田の意見は何だ?」


 クラスで一大女子グループの、リーダー格である派手な見た目の女子が言う。


「そんなの決まってんじゃない。あーしたちがメイドをやるなら、男子たちもそれ相応の姿ってもんがあるでしょ?」

「……まさか」


 実行委員の男子が、察しを付ける。


「そうよッ!! 男子たちが執事になるのよッ!!」

「「きゃァァァァァァッ!!」」


 今度は女子たちの歓声が上がった。

 反対に男子たちは、先程とは打って変わってテンションがダダ下がりだ。


 俺が執事か。

 自分がローザに仕えているイメージを浮かべる。


 ……うん。

 今までとほとんど変わらないな。


「そ、それだけは……」


 勘弁願いたいと、実行委員の男子は言葉を漏らす。

 その呟きに男子たちは首を縦に振る。


「なに? 男子だけが甘い汁を吸おうって気? そうは行かないっしょ? あーしらが猫耳メイドをやるってんなら、あんたらは執事になるしかないっしょ。それが交換条件なわけ。分かった?」

「くッ!! ……分かった。これも猫耳メイドの為だ。お前らもそれで良いよな?」


 おい。

 何だかんだ、アンタが一番楽しみしているじゃねえか。


 男子たちは渋々と言った様子で頷く。


 こうしてクラスの出し物が決まり、引き続き詳細を詰めていった。


 結果。メイド喫茶の名前はこうなった。


 ――喫茶・シープ&キャット。


 執事と羊を掛けてシープにし、動物で統一感を演出。


 その都合で男子たち執事は、羊の巻き角を付ける事になった。

 さらに、午前は執事が。午後はメイドが。お客様に奉仕する事になった。





 ***





 文化祭まであと一日。

 準備は大詰めを迎え、生徒たちが忙しなく働く放課後。


 作業がひと段落付いた俺は、中庭の一角にある自販機でホットコーヒーを買う。

 近くにあるベンチに座り、コーヒーのプルタブを開ける。


 一口飲む。

 芳ばしい香りが鼻を通り、コーヒーの苦みが口に広がる。


「……ふぅ」


 一息吐き、空を見上げる。

 空はすっかり暗くなっていた。


 一番星が町の灯りに負けずに輝きを放っていた。

 まるでローザみたいだな。


 意思が強くて、負けず嫌いで。

 人一倍強く輝いている。


 俺にとっての一番星。


 その輝きを独り占めしたくて、俺は夜空に手を伸ばす。

 空に浮かぶその一番星を握り締める様に、開いていた手を閉じる。


 俺はローザが好きだ。


「――何よ。黄昏ちゃって」


 ぺチンと、空に突き出した俺の拳を叩く小さな手。


「……ローザか」


 手を後ろで組んだローザが居た。

 丁度お前の事を考えてた時に、いきなり現れるなよ。

 ビックリしただろうが。


「ユウト。コレ、アンタにあげるわ」


 と言って目の前に小さな紙袋を突き出す。

 俺は受け取る。


 ローザは紙袋を渡すと、俺の隣に腰掛けた。


「何だ? これは?」

「クッキーよ。生地が余ったから焼いたの」

「へぇー。……にしても本当にびっくりだな。お前がお菓子を作れるなんてさ」


 そう。

 ローザは喫茶店で出すお菓子を作る、調理班として働いていたのだ。


「な、何よッ! アタシがお菓子を作るのがそんなに可笑しいって言うのッ!」

「え、いや。逆だよ。褒めているんだよ」

「へ?」


 何時もは横暴で我が儘な所もあるのに。


「こんな女の子らしい所もあるんだなって」

「ッ!? ……あ、ありがとう」

「何だ。たまには素直になれるんだな、ローザも」

「べ、別にありがとうなんて言って無いわよッ! そ、それより早く食べなさいよねッ!」

「……そうだな」


 ん? 待てよ。

 このクッキーを焼いたのってローザだよな?

 という事は、ローザの手作りってコトォ!?


 好きな相手の手作りクッキー。

 ごくり。


「……いただきます」


 紙袋を開き、クッキーを一枚取り出す。

 仄かに温かい、まだ出来てからそれほど時間が経っていないクッキー。


 口に放り込み、咀嚼する。

 口の中に小麦粉とバターの風味が広がる。


 丁度いい甘さだ。

 それに何よりも、好きな相手の手作り。


「……ど、どうかしら?」

「……美味いよ。甘さも丁度良いし」


 そんなの美味いに決まっている。


「本当ッ!? よ、良かったわッ!」


 一番星の様に輝く笑顔を浮かべるローザ。

 俺の心臓は流星の様に堕ちた。


 頬の熱を誤魔化す様に、手にしていたコーヒーを飲む。

 しかしそのコーヒーはホットだった為、舌を火傷する。


「熱ッ!?」

「ちょっと大丈夫ッ!? そんなに一気に飲むからよ、全く。……ほら。口にコーヒーが垂れてる」


 と言うとローザは、スカートのポケットからティッシュを取り出す。

 ローザが此方に身を寄せ、手にしたティッシュで俺の口元を拭いた。


「……よし。これで綺麗になったわ」

「……ローザ」


 気付けば俺は、ローザのティッシュを持ったままの手を掴んでいた。


「……な、何よ……?」


 本当だ。俺は一体、何をしているんだ?


 しかし、その思いとは裏腹に俺の顔がローザに近付く。

 ローザが目を瞑った。


 このままではキスをしてしまう。

 理性では止めようとするが、本能が邪魔をする。


 さらに顔が近付く。

 ローザの桜色をした、小さな唇。


 と、近くの茂みがガサゴソと揺れ動いた。

 慌てて俺達は身体を離し、音のする方を振り向く。


 茂みからは、黒髪の頭と色素の薄い髪の天パ頭がはみ出していた。


「……な、なぁ姫奈。俺達バレてないよな?」

「……う、うんッ。大丈夫なはずだよ、牙央くん」


 いや。

 全然、大丈夫じゃ無いからな。

 思いっ切り頭が出てるぞ。


 尻隠して頭隠さずだぞお前ら。


「……な、何してんのよアンタ達」

「……た、探偵の真似事か?」


 茂みに向かって声を掛ける俺達。

 隠れているつもりだった二人が顔を出す。


「何だよッ! バレてんじゃねーかッ!!」

「あはは。バレちゃった?」


 牙央は大げさなボディーランゲージをし、親鳥は頬を掻く。


「で、お前ら何してんだ?」

「そうよ。なんでそんなとこに隠れてたのよ?」


 まさか。勇者の末裔である俺への諜報活動か?

 にしてはガバガバすぎるが。


「えーっと、それはだな……」

「えーっとね? 私達、貴方達を呼んでくるように言われて……。だけど何だか二人が良い雰囲気だったから。……邪魔しちゃいけないかなって思って」


 言い淀む牙央に変わって親鳥がそう言った。


「なッ!? ア、アタシ達はそんなんじゃ無いわよッ! そ、それでアタシを呼んだ理由は何よッ!」

「えーっと。今から後片付けをするから、ローザちゃんにも来て欲しいって……」

「そうッ! ならアタシはもう行くわッ!!」


 と言い残して走り去っていくローザ。


「……なんか悪いな邪魔しちまって」

「気にするな」

「気にするよ。……だって結城くんは、ローザちゃんの事が……」


 そうだな。

 確かに好きだ。

 でも……。


「あぁ。でも、家に帰ってもローザとは顔を合わせるし。……だから気にするな。俺は平気だ」

「そう?」

「なら良いけどよ」


 俺は至って平気だ。

 決して、もう少しでキス出来たのにとか思っていない。


 もう一度言う。

 決してだ。

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