魔界王女と第七話


「宣誓ッ! 我々はスポーツマンシップに則り、清く正しい競技を心掛けるよう生徒一同、ここに誓いますッ! 令和〇年、六月〇日、生徒代表――」


 生徒代表による宣誓が終わり、いよいよ体育祭が始まる。

 俺達が所属する紅組は行進をして、指定された応援席に向かう。


 青組と黄組もそれぞれの応援席に戻る。

 やがて最初の競技である、百メートル走に参加する選手たちを呼ぶアナウンスが流れた。


 参加選手であるローザは席から立ち上がり、此方を向く。

 因みにローザの席は一番前であり、この事に本人は魔王の娘だから当然よねと言っていた。


 だが応援席の席順は背の順であり、ただ単にローザがクラスで一番背が低いからだという事は、本人の名誉の為に言わないで置いた。


 俺は此方を向いたローザに声を掛ける。


「ローザ。転ぶなよ」

「転ばないわよッ! ……良い? そこでアタシの雄姿を目に焼き付けなさい、ユウト」


 ビシッと人差し指を俺に突き付けるローザ。


「はいはい。頑張れよ」

「ふん。……あと、はいは一回よ」

「はい」


 そっぽを向き、ローザはそのまま選手入場ゲートへと向かう。


「なぁ優人。お前たち何かあったのか?」

「ダークネスロードさん、嬉しそうだったよ?」


 左隣の席に居る牙央と、俺の前の席に居た親鳥がそう言った。


「そうか?」


 とてもそうは見えなかったが。


「まぁ、何かあったと言えばあったかな?」


 ちょっとした喧嘩をして、仲直りした程度だが。


「何かって……。ハッ!? ま、まさかお前等もうヤったのかッ!?」

「何かって……。ハッ!? ふ、不純異性交遊は駄目だよッ!?」


 牙央と親鳥の声がハモる。

 俺とローザが? まさか。絶対無いだろそんな事。


「な訳あるか。ただ少し喧嘩して、それで仲直りしただけだって」

「何だよ全く。驚かせるなって。……それにしても、俺も美少女と喧嘩する青春を送りたかったな~。うわ~ん」

「大丈夫だよ牙央くん。青春はまだ終わってないよ」


 泣き真似をする牙央と、その肩に手をとんとんと当てて励ます親鳥。

 にしても親鳥って世話焼きだよな。


 小芝居してる牙央に付き合うし、クラスで浮いているローザにも積極的に声を掛けるし。胸も大きいし。


 ん? 牙央も話し掛けてるって? あぁ、アイツはただの下心だろ。


 そんなこんなで俺達は言葉を交わす。気が付けば男子の百メートル走が終わり、女子の百メートル走が始まろうとしていた。


 選手達はそれぞれ軽く準備運動をして、開始に備える中。


「フレーッ! フレーッ! ローザッ! フレッ! フレッ! ローザッ! フレッ! フレッ! ローザッ! 頑張れーッ! 頑張れーっ! ローザッ! 頑張れ頑張れローザッ! 頑張れ頑張れローザッ!」


 黒コートを羽織った長髪の赤髪イケメンが、サイリウムを手にオタ芸を披露しながらローザを応援していた。

 傍には何故か、クラシックなメイド服を着た黒髪の妙齢女性が、手持ち太鼓を叩いて音頭を取っている。


 何だあのカオス空間は。それにローザって親し気に名前を呼んでるし、髪と瞳の色がローザと同じだし。


 ローザの父親か? だという事は……。


 魔王。


 魔界を統べる、最強の魔族。


 その魔王があんな姿で良いのか?


 まぁ。勇者であるうちの親父も、仕事と称して遊び呆けてるから人の親をとやかく言う資格は無いか。


 俺は試しに親父を探すが、何処にも見当たらない。だと思った。息子の行事を見に来るような性質タチじゃないしな。

 寧ろ息子より、女の尻を追い掛けるほうが大事な男だ。


 きっと今も何処かで、女の尻を追い掛けているに違いない。


 と父親に応援されたローザは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 無理もない。父親にあんな目立つ応援されるなんて、堪ったもんじゃ無い。


「――位置に付いて」


 そして開始の合図が。


「よーい」


 今。


「――」


 撃ち上がる。


 空砲を合図に、走者達が一斉にスタートする。

 だが、ローザは一歩遅れを取った。

 きっと父親の応援でペースを乱されたのだろう。


 応援が足を引っ張るなんて皮肉だな。


 しかしローザは驚異的な追い上げを見せ、終盤に差し掛かる頃には三番手に付けていた。そのまま三者はほぼ同時にゴール。


 走り終えたローザは膝に手を当て、荒い呼吸を整える。


 やがて一位が発表された。


 呼ばれた名前は……ローザ。

 腰に両手を当て、ローザは胸を張る。

 未だその肩は呼吸を整える為、上下していた。


 あと、ローザの父親は本人以上に嬉しがっていた。


 紅組の応援席に戻って来たローザに、俺は声を掛ける。


「転ばなかったな」

「ふん。当然でしょ? アタシを誰だと思っているの?」

「口うるさい同居人?」

「口うるさく無いわよッ!」


 暴力女とはもう言わない約束だしな。


「まぁでも。よくあそこから頑張ったな」

「べ、別に褒めても何も無いんだからねッ! ふんッ!」


 最近分かった事だが。ローザは時折、嬉しい時にそれを隠そうと正反対の言葉を言う事がある。所謂ツンデレって奴だ。最近、あまり目にする事が減ったツンデレである。


 まさかこんな近くに、それも創作物じゃ無いツンデレが居るとはな。


「ありがたや~、ありがたや~」


 ローザに向かって拝む牙央。


「拝んでんじゃ無いわよッ!」


 牙央の拝んでいた手をローザは叩く。


「あ、ありがとうございますッ! ありがとうございますッ!」


 土下座して感謝する変態が居た。


「あはは……」


 これには、苦笑いを浮かべるしか無い親鳥。


 こうして最初の競技は終わった。





 ***





 その後も順調に玉入れ、綱引きと続いて、今現在は昼休憩になった所だ。


「腹減った~。なぁ、早くメシにしようぜ優人」

「私も一緒に食べてもいい? 結城くん?」

「あぁ。ローザもそれで構わないよな?」

「えぇ、だけどその前に、少しお父様と話をしてくるわ」


 声音には怒気が籠っている。

 きっとあの応援について話をするに違いない。


「そうか。ならそれまでの間に場所を確保しておくか」

「だな」

「そうだね」

「良い? アタシが戻ってくるまで食べるんじゃ無いわよ?」

「はいはい。分かってるって」

「はいは一回よ。……じゃあ行ってくるわね」


 ローザは足早に父親の元に向かった。


「なぁ優人。ダークネスロードさんの父親ってあの人か?」

「みたいだな」

「凄いカッコイイ人だよね。それに何歳ぐらいなんだろう?」

「さぁな」


 魔族は、見た目にあまり老いが現れ無いと言われている。

 にしても若いな。一体いくつなんだ?


 ま、それはさて置き。さっさと場所を探さないとな。


 昼休憩の間は校庭内であれば、好きな場所で昼食を食べられる。

 人気の場所は、木陰などの陽を遮ってくれる所。


 そろそろ夏に向かう、六月の太陽は身に堪えるからな。

 まだ空いていると良いのだが。


「お、ラッキー。ここ空いてるぜ」

「良かったね。空いてて」

「そうだな」


 丁度空いていた木陰に、俺達はレジャーシートを敷いて座る。

 あとはローザを待つだけだ。


 暫くするとローザが戻って来た。

 父親とメイド服の女性を引き連れて。


「紹介するわ。アタシのお父様とメイドのリースよ」

「うむ。我が名はディブロア・ダークネスロード。魔界を統べる魔王である」


 ローザの父親が名乗り、リースと呼ばれたメイドが折り目正しくお辞儀をする。

 こうして近くで会うと、はっきりと分かる。


 まるで周囲の重力が増したような、近くにいる者をひれ伏せさせるオーラ。

 生物としての格が違う、絶対強者のソレ。


 そのオーラが目の合った俺に、全て圧し掛かって膝を地面に付かせようとする。


 何故だか分からないが、そのオーラに決して屈してはいけないという思いが湧き上がった。


「お主が、我が娘が世話になっているという人間か」

「……はい。結城優人です」


 曲がりそうになる膝を必死に堪え、平静を装って声を出す。


「中々見どころのある人間だな。これからも娘の事を頼むぞ」

「……はい。分かりました」


 次の瞬間。今までの重圧が嘘の様に消え去った。


「そしてお主達が娘の友人か」

「犬山牙央ですッ!」

「初めまして。親鳥姫奈です」


 牙央はへこへこと頭を下げ、親鳥は丁寧にお辞儀をする。


「お父様。良かったら一緒にお昼を食べないかしら?」

「うむ。そうしたいところだが、この後仕事があってな。もう帰らないといけないのだ」

「そうなのね……」


 ローザは肩を落とす。

 そんなに楽しみにしていたのか。

 でも正直俺は、少しほっとしている。


 魔王と一緒に昼食を摂るなんて、俺の身体が持たないからだ。


「そう言う事だ。すまんなローザよ」

「ううん。そんなこと無いわお父様。こうして来てくれただけでも嬉しいわ」

「ハハハッ。そうかそうか」


 言ってローザの父親は、ローザの頭を優しく撫でる。

 くすぐったそうに緩むローザの頬。


「陛下。そろそろお時間が……」


 と今まで一言も発していなかった、後ろに控えているメイドがそこで初めて口を開く。


「む。もうそんな時間か。では、我をここで失礼する。……くれぐれも娘の事を傷つけてくれるなよ。そして約束を思い出せ」


 誰にも聞こえぬ様に、ローザの父親は彫りの深い顔を俺に近付け、耳元で囁いた。

 約束? 一体何のことだ? ローザの事を頼むってことか?


 ローザの父親は顔を離し、コートの裾を翻してその場を去って行った。

 メイドは最後に一礼をして、ローザの父親の後を追う。


「……ねぇ、お父様と何を話したの?」


 首を傾げ、此方を見上げるローザの金の瞳。


「……いや別に、大したことじゃない」

「ふーん? そう」


 約束を思い出せ、か。

 でも思い出すも何も、俺はローザの父親と話したのはこれが初めてだぞ。

 一体何を思い出せば良いんだ?





 ***





「第四競技は借り物競争です。参加選手は入場ゲートにお集まりください」


 昼休憩が終わり、次の競技のアナウンスが流れた。

 参加選手であるローザと親鳥は入場ゲートへと向かう。


 ふと隣を見れば、牙央が船を漕いでいた。

 全く。こんな環境でよく寝れるな。


 と、そろそろ親鳥の出番か。

 友人として、その雄姿を見届けよう。


 視線をスタート位置に向け、親鳥の姿を見つける。

 胸元の体操服が窮屈そうだ。


「しかしでけぇな。いや、本当にでけぇな」


 さっきまで寝ていた筈の牙央がそう言った。

 本当にコイツは……。三大欲求に忠実な奴だな。


「――それでは。位置に付いて、よーい」


 パンと空砲が鳴り響き、煙が空に立ち上る。


 走者が一斉にスタート。

 コースの中間にある、お題の紙が入った箱を目指して走る。


 お題の箱に最後に到着した親鳥は、最後に残っていた紙を取り、書いてある内容を確認。見る見るうちに顔が赤くなる。


 ふるふると頭を振り、一つ頷くと、首を巡らせて俺と目が合う。

 親鳥は大きな胸を揺らしながら、こっちに走って来た。


「ハァ……ハァ……。ゆっ、結城くんッ。いっ、一緒に来てくださいッ」

「俺か? 分かった」

「あっ、ありがとうッ」


 はぁはぁと息を荒げながら言った、親鳥の言葉に俺は二つ返事で了承する。

 友人の頼みだからな。当然だ。


 俺は親鳥のペースに合わせながら、ゴールに向かって走っていく。

 ゴールへと付くが、どうやら俺達が最下位らしい。

 親鳥は審査係の生徒にお題の紙を渡す。


 紙に掛かれたお題を確認した審査係の生徒は、俺と親鳥に視線を注ぐ。

 モジモジと恥ずかしそうに親鳥は、身体をくねらせる。

 一体どんなお題なんだ?


「……合格です」


 審査係はそう言った。

 どうやら大丈夫だったらしい。


「なぁ、どんなお題だったんだ?」

「ッ! ……そっ、それは……内緒です……ッ!」


 内緒か。そう言われると余計に気になるな。

 まぁでも。親鳥が言いたくないなら仕方がない。


 言って早足に親鳥は、参加選手の待機列に戻っていく。

 残された俺は、後ろ髪を引かれつつも応援席に戻る。


「おう優人。お疲れちゃん」

「あぁ」


 応援席に戻った俺の肩を、馴れ馴れしく叩く牙央の手。

 スタート位置には、次なる参加者たちが並んでいた。


「次はローザか」


 ローザは尻に食い込んだブルマを直す。

 胸元の体操服は平坦だった。


「しかしぺったんこだ。いや、本当にぺったんこだ。だがそれもまた、味があって良い」


 うんうんと頷く牙央。

 本当にコイツは……。


 気が付けば開始の合図が響き、走者が一斉に走り出す。

 ローザは今度は遅れることなく走り出し、一番にお題の箱に到着。

 箱の中の紙を一つ取り出す。


 書いてある内容を見たローザの顔が、瞬間湯沸かし器の様に一気に赤くなる。

 ふるふると深紅のツインテ―ルを揺らし、一つ頷くと、俺の方を向いた。


 このパターン。さっきも見たな……。という事は。


 予想通り、ローザはこっちに向かって走って来た。


「ユッ、ユウトッ! いっ、一緒に来なさいッ!」

「……またか」

「何よまたかってッ! 姫奈は良くて何でアタシは駄目だって言うのよッ!」

「いや、別にそう言う意味じゃ……」

「だったら早くしなさいよッ! バカッ!」

「分かったって……ちょッ!?」


 言うや否やローザは俺の手首を掴むと、いきなり走り出す。

 俺は転ぶまいと必死に足を動かした。


「いきなり走るなってッ!」

「アンタがグダグダ言ってるからでしょッ! 喋る暇があったら足を動かしなさいッ! 足をッ!」


 そんなこんなで、俺達は一番乗りにゴールする。

 ローザは、持っていた紙を審査係に渡した。


 審査係は紙に落としていた視線を、此方に寄越す。

 ツインテ―ルの毛先を、くるくると指で弄るローザ。

 顔は今にも火が吹き出そうなほど赤い。


 一体どんなお題なんだ。


「……合格です」


 審査員はそう言った。

 どうやら大丈夫だったらしい。


「なぁ、どんなお題だったんだ?」


 二人して同じような反応。俺、気になります。


「ッ! ……ア、アンタには関係ないわッ!」


 いや、関係あるだろ。

 お題を見て俺を連れて来たんだから、何か俺に関係する事だろ。


 ローザは早足に、参加選手の待機列へと戻っていく。

 気になるが、これ以上聞いた所で教えてくれないだろうし。

 何より、ローザの機嫌が悪くなってしまう。


 俺は後ろ髪を引かれつつ、応援席に戻る。


「するいぞ優人」

「何がだよ」

「二人に連れてかれたことだよ」

「別にずるくないだろ。俺が単にお題に関係してただけだろ。それに無駄に疲れただけだぞ?」

「んー。ま、そっか。だよな」


 それに、二人の役に立てたから良しとしよう。



 ……。



 ちなみに優人が知りたがっていた二人のお題だが。

 二人とも同じお題だった。

 それは。


 ――好きな人。

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