魔界王女と第三話


 教室を出た俺、ローザ、牙央、親鳥は学校内にある食堂にやって来た。

 だがすでに食堂は喧噪に満ちており、四人分の席が空いているかどうか。


「あちゃ~。これ席空いてっかな~」

「あはは。凄い人だね」

「人間がゴミのようね」


 これは俺が最後まで渋ったからだよな。罪滅ぼしも兼ねて俺が先に席を取りに行くか。


「あー。じゃあ俺が先に席を確保しておくから、三人は先に食券買って並んどいてくれ」

「お。それなら俺も優人と席を確保するぜ」

「お前は別に来なくても」

「なに言ってんだよ……ちょっと耳をかせ」


 女子二人に背を向けてヒソヒソと囁く。


「俺一人で女子二人と一緒に居られるかっての。な。だからいいだろ?」

「そうだったな。分かったよ」

「さすが。俺の相棒だぜ」


 相棒になった覚えは無いけどな。


「ヨシッ! それじゃあ俺たちが席を確保してくるから、お二人さんは先に列に並んでいてくれ。な?」

「……あぁ」


 牙央は、俺に視線を投げかける。

 ほんと。調子良いよなこいつ。


「うん。ありがとう」

「絶対にアタシの席を確保するのよ。いい? 下僕?」

「はいはい」


 俺と牙央は女子二人に再び背中を向けて、今度は席を探しに人の海へ出航した。


 しばらく航海を続けていたら、ポツンと孤島のように空いていた席を見つける。

 丁度四人分だ。


「お。空いてんじゃ~ん」


 言いながら牙央は手前の席に座って、ブレザーを右隣の席に掛けた。

 俺は牙央の右隣の対面に座り、ブレザーを隣の席に掛ける。


 他愛無い会話をすること数分。

 女子二人がお盆を持ってやって来た。


「でかしたわ下僕。褒めてあげるわ。喜びなさい」

「どういたしまして」

「ふふん」


 何でお前が嬉しそうなんだよ。

 謎に嬉しがっているローザは、当然の様に俺の隣に座る。

 お盆の上には、ハンバーグにエビフライが付いたハンバーグ定食。


「結城くんと犬山くん。ありがとう」

「どういたしまして」

「いや~それほどでも~。へへっ」


 自然、親鳥は俺の対面の席に着く。

 テーブルに置いたのは日替わり定食。今日はサバの味噌煮のようだな。


「んじゃ、今度は俺たちが行くか」

「そうだな」


 牙央の声に立ち上がり、俺たちは食券を買いに行く。

 程なくして。


 お盆を持った俺はローザの隣に。牙央は親鳥の隣に。


「……それじゃあ、ダークネスロードさんの留学及び転校に。かんぱ~いっ!」

「「「かんぱ~い」」」

「んぐっんぐっ……ぷはぁっ!!」


 おいおい牙央。酒飲みみたいに。それビールじゃなくてただの水だぞ。


「オッサンかよ牙央は」

「はしたないわね」

「ふふ。仕事帰りのお父さんみたいだね。牙央くん」


 そろそろ食べるか。

 目線を下げれば、自分が頼んだトンカツ定食が映る。


 俺はソースの掛かったトンカツを一切れ、箸で掴んで口に運ぶ。

 サクッ。と噛んだ瞬間、軽い触感と共に豚肉の甘い脂とソースが混ざり合う。


 すかさず白米を口に放り込む。咀嚼して嚥下する。

 美味い。

 ほんとこの学校の定食は、店に出せる位に美味いと思う。


 チラリと皆を見遣る。

 牙央は生姜焼きを頬張り、白米を掻き込んでいた。


 親鳥は上品にサバの味噌煮を食べていた。


 そしてローザは、箸で持った一欠けのハンバーグを見つめたまま動きを止めていた。


「ローザ? どうしたんだ?」


話し掛けるとローザは、ビクリと肩を震わせたかと思うと急に此方を振り向いてきた。顔が少し赤いような?


「あ、あ、あ」

「あ?」


 なんだ? 金魚みたいに口をパクパクさせて。


「あ、あ~ん……ッ!!」

「え?」


 何をするかと思えば、ローザは自身の箸で持ったハンバーグの一欠けを、俺の顔の前に差し出してきた。

 なんで?


「え、え~っと」

「ほらッ! いいから早く口を開けなさいよッ! バカッ!」


 なんで罵倒されてるの?


「ほら早くッ!!」

「あ~」


 訳が分からないが、取り敢えず口を開ける。


「ん”ん”ッ”!?」


 いきなりハンバーグを口の中に押し込まれた。

 危うくそのまま喉に入るところだったぞ。


 涙目になりながらも、何とか咀嚼して嚥下する。

 当然だが、味を楽しむ余裕は無い。


 水を飲んで一息つく。


「ちょっと。下僕、大丈夫?」

「……ふぅ。お前のせいだろうが。いきなり口に突っ込む奴があるか」

「あ、アンタが早く口を開けないのがいけないんでしょッ!! ……全く。ほら、次は下僕の番よ。早くしなさい」

「は? 何でだよ」

「やられたらやり返すのは当たり前でしょ?」


 お前はどこぞの半沢かよ。

 まぁでも。言い返した所でコイツがもっと五月蝿くなるのは、この短い間でよ~く分かったからな。

 ここは言うと通りにするか。癪だけど。


「……分かったよ。やればいいんだろ」

「ッ! そ、そうよッ! 分かればいいのよ分かれば……」


 俺はトンカツを一切れ箸で掴んで、ローザの顔の前に差し出す。


「ほら。あ~ん」

「……あ、あ~」


 顔を赤くしながら、遠慮がちにローザは口を開けた。

 自分で言っといて遠慮すんなよ。それに怒り過ぎて顔赤くなってるぞ。


 小さな口から覗くローザの口内は赤く、てらてらと唾液で艶めいている。

 て。なにを考えてるんだ俺はッ!


 何故かこっちまで顔が赤くなっていく。そうだこれは横暴なコイツに怒っているのであって、コイツにドキドキしている訳じゃない。きっとそうだ。


「? 早くしなさいよはやふしなはいよ

「あ、すまん」


 口を開けたまま喋るローザ。

 その声にムズムズと変な感じを覚えるが、理性でそれをねじ伏せる。


 そうだ。これは雛鳥に餌を上げているんだ。


「ほら。行くぞ。あ~ん」

「あ、あ~ん」


 パクッ。トンカツがローザの口の中に消える。

 ゆっくりと、閉じられた薄桃の唇から箸を引き抜く。


「う、美味いか?」

「う、うん。美味しい」

「……そうか」


 俯いてモグモグと咀嚼するローザ。やがてこくんと嚥下した。

 俺たちの間に何とも言えない空気が漂う。


「なぁ。二人ってもしかして付き合ってんの?」

「い、犬山くんッ!?」


 牙央が怨念の困った低い声で問うてきた。

 親鳥は両手で顔を覆い、チラチラと指の隙間から此方を伺う。


「つ、付き合ってる訳ないだろッ! こんな奴とッ!」

「つ、付き合ってないわよッ! こんなヤツとッ!」


 こんな、人の頭を踏ん付ける暴力女なんかとッ!


「……そうか。……ならいいか……っておいぃぃぃッ!! 良くないだろッ!! じゃあ何で付き合っても居ないのに、あ~んなんてしちゃってるワケぇぇぇッ!?」

「まぁまぁ。落ち着こうよ犬山くん」


 親鳥は喚く牙央を優しくなだめる。


「これが落ち着いてられるかよッ!! だ、だってあ~んだぞッ!! 俺。まだしたこともされたことも無いのに……チキショーーッ!!」

「ほ、ほらっ! きっと二人はシェアしたんだよお互いのおかずを。だから落ち着こう? 犬山くん」

「そ、そうだよな。……はぁーー良かった。それならそうと早く言ってくれよ。全く」


 そうか。おかずをシェアしたのか俺たちは。


「そ、そうそうッ! シェアだよシェアッ! なッ! ローザ?」

「そ、そうよッ! シェアよシェアッ! 勘違いしないでよねッ!」

「ほらッ! もう一個やるよッ!」

「アタシももう一個あげるわッ!」


 言ってお互いのおかずをお互いの皿に移す。

 俺は受け取ったハンバーグの一欠けを頬張り、続けて白米を掻き込む。

 ローザも同じように食べていた。


 咀嚼し、野菜スープと共に飲み下す。


 ……あれ? そう言えばこの箸。ローザの口の中に……。じゃあこれって間接キスってコトォッ!?


「「ッ! ……ゲホッ……ゲホッ……」」

「大丈夫? 結城くん。ダークネスロードさん」

「おいおい大丈夫かよ」


 親鳥と牙央が心配そうに声を掛ける。

 俺は大丈夫だと片手を上げ、水を飲んで喉を落ち着かせた。


「……大丈夫。ちょっと咽ただけだから」

「……大丈夫よ。アタシも同じだから」


 何で同じタイミングでコイツも咽てんだ? まさか俺と同じことを考えて……?

 な訳ないか。きっとたまたまタイミングが被っただけだよな。


「……えっと、あの、その……」

「ん?」


 親鳥が何やら言い淀む。

 どうしたんだ一体。


「あ、あ~ん……ッ!」

「え?」


 すると、俺の目の前に箸が突き出される。

 箸の先には、味噌が絡んだサバの解された身。


 箸を突き出す親鳥の澄んだ黒い瞳には、冴えない顔の自分が映っていた。


 どうすればいいんだ。やっぱりあ~んしないと駄目なのか?


 そうだよ。これはシェアだ。親鳥も言っていたじゃないか。

 決してやましい気持ちがある訳じゃないんだ。


 それに親鳥は友人だしな。


「あ、あ~ん」

「結城くんっ、ど、どうぞっ」


 パクッ。

 サバの身を口に入れ咀嚼し嚥下する。


「お、美味しい?」

「おう」


 よし。今度はこっちの番だな。


「親鳥。お返しのあ~んだ」

「あ、あ~ん」


 親鳥はまるで雛のように口を開けた。

 よし。行くぞ。


 俺は箸で掴んだトンカツの一切れをゆっくりと親鳥の口の中に入れる。


「美味いか?」

「うん。美味しい……えへへっ」


 頬に手を当てて嬉しそうに微笑んだ。

 確かにこのトンカツは美味いよな。


「なッ! ななななにしてんのよッ!! ……ほらッ! もう一回あ~んしてあげるわッ!! だからさっさと口を開けなさいッ!! 下僕ッ!!」

「ちょ、待てってッ! もういいだろッ!!」

「いいから口を開けなさいッ!!」

「おいッ! そんなに振り回すなよッ!! 汁が飛び散るだろッ!?」

「……えへへ」

「あ、あの俺はあ~んしてくれないのでしょうか?」


 ローザは箸を振り回し、親鳥は今だ微笑み、牙央はがっくりと肩を落とす。

 こうして俺たちの昼休みは過ぎていく。





 ***





「……ただいま。……はぁ~、疲れた」

「何よ。情けないわね」


 後ろ手に遣戸を締め、疲れを吐き出す。

 これは、ほとんどお前のせいなんだがな。

 俺の膝に乗って来たり、あ~んして来たり。


 さらに転校初日でローザが教科書をまだ持っていなかったので、授業中に机をくっ付けて教科書を見せたりもした。

 その時、肩と肩がふとした拍子にくっ付いたりして変に意識したり。


 どっと疲れた気がする。主に身体ではなく、心の方が。


「下僕。アタシお風呂に入ってさっぱりしたいわ」

「あぁ……今風呂沸かすから、十五分ぐらい待ってろ」

「そんなに掛かるの? なら、紅茶でも用意しなさい」

「はいはい。居間で待ってろ」


 ローザは居間に続く板張りの廊下を歩く。

 歩く度にギシッと木が軋む音が鳴る。


 俺の住んでいる実家は、築百年以上の日本家屋だ。

 なんでも、人と魔の戦争を終わらせた勇者が子孫の為に立てた家らしい。


 ぼんやりとそんな事を考え、俺はお湯張りのボタンを押して、お茶を入れる為に台所へ向かう。

 そこは和風な外観と違って、現代的な洋風の台所だった。


 紅茶か。

 我が家にそんな洒落たものなんて無い。

 だから緑茶でも良いか。


 製造過程が違うだけで、どっちも同じ茶葉から出来てるしな。


 そうだ。たしかまだ羊羹が残ってたよな。それも出すか。


「ほれ。お茶だ」

「なによこれ。紅茶じゃ無いじゃない」

「そんな洒落たもの、この家には無い。それに緑茶も美味いぞ?」

「……」


 しばらく湯呑に入ったお茶に映った自分の顔を見つめ、やがて湯呑を両手で持って口を近付ける。


「……美味しい」

「だろ。あと緑茶に合う羊羹だ」

「……あむ……ッ! 美味しいッ!」


 気に入ってくれたなら良かった。


『お風呂が沸きました』

「あ。風呂が沸いたみたいだな」

「緑茶と羊羹、美味しかったわ。それじゃあアタシはお風呂に行ってくるわね。……良い? 絶対覗かないでよね? 分かった?」

「それ振りか?」

「な訳無いでしょッ! バカッ! 絶対に覗くんじゃないわよッ!」


 ドカドカと足音を鳴らして風呂に向かうローザ。


 まぁ。あんな貧相でチンチクリンなアイツの身体なんて、興味ないから覗かないが。


 さて。ローザが風呂に入ってる間に、晩飯でも作るかな。

 今日は疲れてるし、簡単なモノで良いか。


「――ふぅ。さっぱりしたわ」

「お前。何で制服着てんだよ。着替えは?」


 風呂から上がったローザは何故か制服のままだった。


「忘れたわ。別にこれでもいいでしょ?」

「忘れたってお前……。じゃあずっと制服で過ごすのかよ」

「そうよ。何か問題でもあるワケ?」


 大アリだ。制服が皺だらけになるだろうが。


「……はぁ。分かった。今日は俺のジャージを貸してやるからそれで我慢しろ。で、明日丁度学校も休みだし、お前の服を買いに行く。いいな?」

「……デート」

「ん? 何か言ったか」

「わ、分かったわッ! 買い物に付き合ってあげるッ!」


 お前の服を買うのに、何で上から目線なんだよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る