第四章 魔界王女とそれぞれの想い

魔界王女と第十一話


 八月下旬。

 地球温暖化により連日、猛暑日を記録していた。

 こんな熱さでは、何もやる気が起きない。


 という訳で俺とローザは冷房が効いた部屋で、カップアイスを食べながらゴロゴロしていた。

 全く。文明の利器は最高だなッ!


 ふと、家のチャイムが鳴る。

 誰だ、こんな時間に。今は夜の九時だぞ。


「ユウト。早く出なさい……」

「……分かってるって」


 俺は亀の様にのっそりと、畳の床から立ち上がる。

 軋む廊下を進み、電気を付けて玄関を開けた。


「はいはい。何ですか?」

「お届け物です。こちらにハンコをお願いします」

「あー。ちょっと待ってください」


 玄関脇にある棚からハンコを取り出して、押す。


「はい。ありがとうございました」

「どうも。お疲れ様です」


 平たい段ボールの荷物を受け取る。

 一体誰からだ?

 ディブロア・ダークネスロード?


 ローザの父親か。


「おいローザ。お前の父親から荷物だ」

「ん? お父様から? 一体何かしら」


 ローザはカッターでガムテープを切り、段ボールを開けた。

 中には一枚の手紙と何やら赤い衣装が入っていた。


 手紙に目を通すローザ。


「何て書いてあるんだ?」

「近々、この町で祭事が行われるらしい。これを着てローザも楽しむがいい。そう書いてあるわ」


 この町で近々行われる祭りって言ったら、龍王祭か。

 龍神を奉り、五穀豊穣を願う祭り。


 龍を象った山車が町を練り歩き、大通りにはたくさんの屋台が並ぶ、この町の夏の風物詩だ。


 ならこの衣装は浴衣か?


 ローザは赤い衣装を取り出し、立ち上がって掲げた。

 その衣装は思った通り浴衣で、赤く染まった生地に花火の模様が描かれたものだった。


「ユウト。お祭りって何時、開催されるのかしら?」

「あー。後三日後だな」


 カレンダーを見て日付を確認。


「そう。ならその日、お祭りに行くわよ いい?」

「あぁ、そうだな。牙央と親鳥も誘って行くか」

「……そうね」


 と俺のスマホが鳴く。


「おっ? 噂をすれば……もしもし?」

『よう優人ッ! 今年はダクネスちゃんを入れて四人で祭に行かねぇか?』

「あぁ。丁度今ローザと話してた所だ」

『おぉーッ! なら話は早い。親鳥さんにもそう伝えてくれ優人』

「何でだよ。牙央が伝えればいいだろ?」


 これじゃあ、二度手間じゃないか。


『だって俺。女子と話すの苦手だし……』

「は? 親鳥とは最近、普通に話せてるだろ?」

『そうだけどよ。電話越しだとまた違った緊張が……』

「……はぁー。分かったよ。親鳥には俺から伝えとく」

『ありがとうッ! 心の友よッ!』


 お前はジャ〇アンかよ。


「それじゃあまたな」

『おうッ! またなッ!』


 そこで電話が切れた。

 今度は親鳥に電話を掛ける。


「あ、もしもし? 親鳥か?」

『うん。どうしたの結城くん?』

「あぁ。今度の祭りに、ローザを入れて四人で行かないか?」

『え、あ……うん。勿論良いよ。……お祭り、楽しみだね結城くん』

「そうだな。じゃあそう言う事だから。またな、親鳥」

『……うん。またね結城くん』


 俺は通話終了のボタンを押す。


 夏祭りか。

 去年は牙央と親鳥の三人で行ったっけな。


 その時も楽しかったが、今年はローザが居る。

 俺の好きな相手が。


 ここで言う好きは、LikeではなくLoveの方だ。

 その事に最近になって気が付いた。


 ……でも。

 ローザにこの気持ちを告白する勇気は無い。


 怖いのだ。

 告白することによって、今までの関係が崩れてしまうのが。


 だから、このまま俺の気持ちは。胸の奥にそっと仕舞っておいた方が良い。

 そう、思う。


 たとえ自分が苦しむ事になっても。





 ***





「……うん。またね結城くん」


 プツリ。

 電話が切れる。

 スマホをポケットにしまい、掌を翳す。


 無茶な都市開発により、建設が中止になった四階建ての廃ビル。

 私は今、その廃ビルの四階にいた。


 頭に浮かんだ言葉を口にする。


魔剣呪縛ソウル・バインド――蛇魔影剣カルンウェナン


 満月に照らされた私の影が蠢く。

 瞬間。いくつもの線になって、翳した掌に集まる。


 やがてそれは、波打つ刀身を持つ短剣へと姿を変えた。

 磨かれた刀身に、自分の顔が映り込む。


 と廃ビルに拍手の音が反響する。


「素晴らしいッ! これほどまでに、魔剣と適合する人間は初めてだッ!」


 柱の陰から姿を現したのは、褐色の肌の男。

 あの時、私にこの力を授けてくれた胡散臭い男。


 男は仰々しく両手を広げ、芝居がかった口調で言った。


「あぁッ! ようやくッ! これで貴女はッ! 願いを叶えられるッ! ――そうッ! 貴女様の貴女様による貴女様だけの恋愛劇ラブストーリーをッ!」


 そうだ。ようやくこれで私は……。

 私だけの結城くんを、取り戻せるんだ。


 だから。


 待っててね。


 結城くん。


 いや。


 ……優人くん。





 ***





 祭り当日。

 支度を終えた俺は、ローザに私室として与えた部屋の前にいた。

 閉め切られた襖に向かって声を掛ける。


「おーい、ローザ。準備出来たか?」

「五月蝿いわねッ! いちいち話し掛けんじゃ無いわよッ! 女はね、準備に時間がかかるもんなのよッ! だからアンタは外で待ってなさいッ! 分かったッ?」


 襖の向こうから、ややくぐもったローザの声が響く。


「はいはい」

「はいは一回ッ!」

「はい」


 しょうがない。言われた通り、外で待っているか。俺は廊下の悲鳴を聞きながら、玄関に向かった。

 スニーカーを履き、遣戸を開けて外に出る。


 むわぁと、ジメジメとした夏特有の熱気が肌を包み込む。日が沈んだっていうのに、この暑さ。

 勘弁して欲しいものだな。


 Tシャツをパタパタ扇いでから、ジーンズのポケットに両手を突っ込む。

 顔を上げれば、空に浮かぶ兎。

 あぁ、今日は満月か。


 遠く耳元では、祭囃子が騒ぎ立てていた。


 ガラガラと遣戸が開く。

 視線を転じれば、ローザの姿。


「待たせたわね。……ど、どう? 似合うかしら?」


 ローザは浴衣の裾を持ち、顔を赤らめながら上目遣いで伺う。

 深紅のツインテ―ルは後ろで一つに束ねられ。花火の柄の赤い浴衣には、黄色い帯が締められており、それが全体を一つに纏め上げていた。


 ドキリと心臓が跳ね上がる。


「……似合ってる」

「……そう。……えへへっ」

「ッ!」


 心臓が鷲掴まれる。

 その笑顔は、まるで天使のよう。


 赤くなった頬を隠す様に俺は視線を逸らす。


「あー。それじゃあ……行くか」

「うんっ」


 俺達は待ち合わせの場所に向かう。

 カランとローザの下駄が、歩く度に音を奏でる。


 暫く歩いて、待ち合わせの場所に着く。

 既にそこには、牙央と親鳥が居た。


「よッ! 優人ッ! ……ってダクネスちゃんの浴衣姿だーッ!? うおーッ!!」

「五月蝿いわね。全く」

「そうだな」

「あはは。私の時もこんな感じだったよ」


 そう言う親鳥の恰好は、朝顔の柄の白い浴衣だった。

 帯は紫で、長い黒髪はシニヨンで纏めている。


「結城くん。……どう? 似合っているかな?」

「あぁ、似合っているぞ」

「えへへっ。ありがとう」


 と肘で脇腹を小突かれる。

 目を遣れば、そこにはローザがいた。


「なんだよ?」

「……別に? ほら、お祭りに早く行くわよ」


 遠ざかっていく小さな背中。

 だがその歩みは慣れない下駄を履いている所為か、いつもより遅い。





 ***





「ユウトッ! アレやりたいわッ!」

「射的か」

「よーしッ! 俺様の射撃の腕を似せる時が来たようだなッ! おっちゃんッ! 一回やらせてくれッ!」

「はいよ」


 金を払い、銃とコルクの弾を五発貰う犬山。


 犬山は銃口に弾のコルクを詰める。

 そしてクマのぬいぐるみに狙いを定め、撃発トリガ

 しかしぬいぐるみはびくともしなかった。


「まだまだッ!」


 続いて撃つが、またしてもぬいぐるみはびくともしない。


「くッ! ここからだッ!」


 と意気込むが二発三発と撃ってもぬいぐるみを落とせず、最後の一発になっていまう。


「これが最後の一発……すぅーはぁー……墜ちろぉぉぉぉぉぉッ!!」


 ロボットのパイロット並みに叫んだ所で、結果は変わらず。

 クマのぬいぐるみは撃墜しなかった。


「クソッ! どうせ俺なんて……どうせ……う”ぅ”っ”」

「そんなに落ち込まないで。犬山くんは良くやったよ?」

「ほ”、ほ”ん”と”に”?」

「うん。本当に良く頑張ったよ」

「う”わ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ん”ッ”!!」


 犬山は親鳥に慰められ、子供の様に泣きじゃくる。

 まぁ、ウソ泣きだけどな。


「犬山の死を無駄にはしないわッ! アタシが仇を取ってあげるッ!」


 おい。ローザ。

 お前も犬山の小芝居に付き合うのかよ。

 ていうか犬山は死んだのか。ナムサン。


 ローザは銃に弾を込め、クマのぬいぐるみに照準を合わせ。

 撃発トリガ


 しかしぬいぐるみは墜ちない。

 続けて二発三発と撃ち込むが、まるで墜ちる気配が無い。


 後一発になり、そこでローザは魔法を使おうとする。

 俺はローザの肩に手を置き、耳元で囁く。


「……ズルはするな」

「……分かったわよ」


 ローザは練り上げていた魔力を霧散させ、普通に撃った。

 結果は撃墜ならず。


「くッ! 後は任せたわ。ユウト」

「俺の仇を取ってくれ、優人。ガクッ……」

「頑張って結城くんッ!」


 ローザ、牙央、親鳥は期待の籠った眼差しを俺に注ぐ。

 俺にこの小芝居に参加しろと?

 ……仕方ないな。乗ってやろう。


「あぁ、任せろ。お前たちが築いたこの道。決して無駄にはしない」


 銃に弾を込めた俺は、クマのぬいぐるみを狙う。

 息を吸って吐いて吸って、止めて。撃発トリガ


 ぬいぐるみが僅かに後退する。

 続けて撃ち、クマのぬいぐるみを後ろに下げていく。

 そして最後の一発。


 ローザ、牙央、親鳥、店主。

 皆が固唾を飲んで見守る中。


 俺は精神を統一。

 ふっと周りの音が消える。


 銃と一体となり、自然に引き金を撃発トリガする。


「……お前ら。仇は取ったぞ」

「「「「おぉぉぉぉぉぉッ!!」」」」


 結果はヘッドショットで撃墜。


「あんちゃんッ! 中々やるねッ! はい、景品のぬいぐるみだよッ!」

「どうも」


 クマのぬいぐるみを射的の店主から受け取る。


「俺、復活ッ! やるじゃねえか優人ッ!」

「中々やるじゃない」

「やりますねぇッ! 結城くんッ!」


 おい。お前ら語録で喋るんじゃねえよ。


「……ほら。コレはローザにやるよ」

「え?」


 言って俺はクマのぬいぐるみをローザに渡す。


「……何でよ?」

「あ? だってお前。コレが欲しくて射的をしたんだろ?」

「ッ!? べ、別に欲しくなんて無いしッ! ……まぁ、でも? くれるって言うなら? ありがたく頂戴するわッ! ふんッ! ……えへへっ」


 ローザはクマのぬいぐるみを抱き締め、口の端を緩める。

 良かった。ローザが喜んでくれたなら、この小芝居に付き合った甲斐があったって言うもんだ。





 ***





ゆうほユウトふひは次はあれはへらひあアレ食べたいわ

「おい、まだ食うのかよ」

「凄いなダクネスちゃん」

「ふふっ。そうだね」


 既に口にはイカ焼き、右手にはたこ焼き、左手にはフランクフルトと焼き鳥が握られていた。それに加えて、デザートのつもりかチョコバナナまで食べようとするとは。


 ていうかそれ以上持てないだろ。


らひお何よらんは何かもんふあふの文句あるの?」

「大アリだ。既に両手いっぱいに食べ物を持っているのに、まだ買おうとして。それに食べながら喋るのは行儀が悪いぞ。先ずは、手に持っているのを全部食べてからだ。その後でチョコバナナを買えばいいだろ?」

ほへもそれもほふへそうねわらっはあ分かったわ

「なら、あっちで休憩しようぜッ!」


 と言った牙央は、その場所を指で指し示す。

 そこは路地裏にちょっと入った所にある駐車場だった。


 まぁ、こんな人でごった返す所で食べるよりはマシか。


「そうするか」

「うん。そうだね。私も歩き疲れちゃったし」


 俺達は牙央が言った駐車場に行く。

 ローザと親鳥が車止めに腰を下ろし、俺はフェンスに寄り掛かり、牙央はヤンキー座りをした。


 膝を伸ばしたローザはその上にタコ焼きを置き、空いた手で口元のイカ焼きを持って食べ始める。

 食べ終わると次に、焼き鳥に手を付け、フランクフルトを頬張って、たこ焼きを飲み込む。


 やがて完食したローザは満足そうにお腹を擦り、こう言う。


「ユウト。チョコバナナを買って来なさい」

「へいへい」


 雑用係ですか俺は。


「そうだ、親鳥の分も買ってこようか?」

「ううん。私は大丈夫」


 親鳥は左右に顔を振る。


「そうか。ならちょっと行ってくる」

「あ。俺はちょっとトイレいってくるわ」


 牙央はそう言って、近くにある仮設トイレに向かった。

 俺は再び人垣に戻り、チョコバナナの屋台に向かう。





 ***





 お祭りの喧噪をBGMに、私は隣に居るダークネスロードさんに話しかけた。


「……やっと二人きりになれたね」

「? どういう意味よそれ?」


 ダークネスロードさんは小首をかしげる。

 私は後ろ手に、自分の影から蛇魔影剣カルンウェナンを取り出す。


「こういう事だよ」

「なッ!?」

「喋らないで」


 首筋に蛇魔影剣カルンウェナンを突き付ける。


「ッ!?」


 足元の影が蠢き、ダークネスロードさんの身体を蛇の様に這いながら、締め上げていく。膝、太腿、腰、胸、首筋と影の蛇は這いあがり、やがて口元を塞いだ。


 私はそこで蛇魔影剣カルンウェナンを首元から離す。


「んーッ! んーッ!」


 ダークネスロードさんが藻掻く。

 だがその身体はびくともしない。


「無駄だよ? この魔剣で貴女を縛っているから。影縛りって言うんだっけ? こういうの」

「んーッ! んーッ!」


 無駄なのに。いくら藻掻こうが。

 私はダークネスロードさんの耳元に口を寄せる。


「大丈夫だよ。安心して? すぐには殺さないから」

「ッ!? んーッ! んーッ!」


 目を見開いて、怯えた表情を見せるダークネスロードさん。


「アハッ! 良いよその表情。……っとゆっくりしていたら皆が戻って来ちゃうね。それじゃあ行こっか。ダークネスロードさん?」

「んーッ! んーッ!」


 私たちはそのまま足元の影に、沈み込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る